76.アリアと毒親
——というわけで、わたしが新たな言葉を与えたことで、レッドの呪いは完全に上書きされた。
鑑別石の履歴情報に、呪いが無効化された旨が一行追加されたことを確認して、やっと一息つくことができた。
身体の怠さや熱っぽさが消えたと言ってはしゃいでいるレッドに、だからと言ってすぐ出発するわけではないから、もう少し安静にしているようにと言い聞かせ、わたしは石版を持ってクロスのほうへ向き直った。
用が済んだ石版からは、じきに輝きが失われ、ただの半透明の石になる。
わたしは、暇そうに魔法書を読み始めていたクロスに石版を突き付けて、こう言った。
「これでわたしも鑑定してほしい」
クロスがパタンと魔法書を閉じて、懐に仕舞った。
「いいのか? 鑑定魔法が使える魔法学者の間でも、よほど親しい者同士でしかやらないぞ」
それはそうだろう。わたしもさっき、初めて内容を見たけれど、名前や年齢、ジョブやレベルなどの基本項目に加え、経歴や賞罰も記されている。スリーサイズまで丸見えなのだ。
「構わないわ。わたしは子供のころの“鑑定の儀”以来、一度も鑑定を受けたことがないの」
冒険者でなければ、そう珍しいことでもない。
けれど、冒険者でありながら、登録時に申請したジョブと、ギルドランクだけを頼りに活動している者は珍しい。最低でも、一度や二度は教会で鑑定魔性を受けているものなのだ。
自分の特性を正しく理解していなければ、安全に、効率よく戦うことはできない。それに、戦闘でレベルが上がった手応えを感じれば、確認せずにはいられないものだからだ。
(わたしは最初から属性がないとわかっていたから、安全な採取と納品の依頼ばかり受けていたけれど……)
鑑定魔法の仕組みを知ってしまった以上、全てが信じられなかった。
媒介となる石版の名前や、使用の決まり事までが、どこか与り知らないところで、知らない誰かの都合によって適当に決められている。
「鑑定結果が古代語の読解力に左右されると知ってしまった今、わたしは教会を信じられない」
子供のころに見た、おぼろげな記憶の中の司祭様は、威厳のある老人だった。どこの教会だったかは覚えていないけれど、あのころはまだ令嬢として扱われていたから、連れて行かれたのは王都で一番大きな教会だろう。
老司祭は、鑑定石を捧げ持ち、傍らに分厚い本を置いていた。
(ずっと経典だと思って疑いもしなかったけれど……)
この世は欺瞞に満ちているのだというクロスの言葉が、頭から離れない。
「わかった。今この場所で鑑定していいのか?」
「レッドになら聞かれても平気よ。信頼できる従者だもの」
クロスが石版を受け取って、魔力を流した。
石版が輝き、こちら側からでも表面に文字が浮かび上がっているのが透けて見えた。
「レベル12、ジョブは——毒薬使い? また随分とピーキーな」
「うそ!? 新人のままだと思ったのに……!」
「称号がある。“毒蜘蛛の魔女”か——どこかで聞いたな」
わー!!
「やめて! そこは見なくていいから、次行って、次! 属性はどう?」
「ちょっと待てよ」
今まですらすらと石版を読み進めていたクロスが、急に読解の速度を緩めた。
どことなく、緊張した空気が漂う。
(レッドだって、ないと言われていたスキルが見つかったんだから、わたしだって属性が見つかるかもしれない)
ふむふむと石版の文字を指で追いながら、行きつ戻りつしながらゆっくりと読み進むクロス。
「スキルは“応急処置”だな。属性は……ああ、これは仕方がない」
胸が、ズキリと痛んだ。
やっぱり、属性はなかったんだ……。
「天属性。これは非常に珍しい属性だ。一般の司祭が読めなかったとしても仕方がない。一説にはエルフ固有の属性とも言われていて、今日では文献でしかお目にかかれない属性だ」
ショックでぼんやりしていると、レッドに肩を揺すられた。
「アリア、属性あったじゃないか! よかったな!」
「え……なに……?」
「人に鑑定させておいて呆けるな。よく聞け。お前は天属性という非常に珍しい属性だ。全属性に加え、精霊に干渉する権限を持つ、魔力属性の中では最上位の属性だ」
「え……? えっ?」
「古代語の訳語リストには載っていない単語だ。なぜなら、亜人種——エルフ固有の属性だと思われているからだ。子供のころにお前を鑑定した司祭は、単純に読めなかったか、後援者の娘に対して亜人種属性だとは言えなかったんだろう。“属性がない”と言うだけなら子供自身の問題になるが、亜人種発言をしてしまうと親子共々を侮辱したことになるからな」
「うそ。だって……司祭様が“この子は該当する属性がない”って言ったってお父様が……それからずっと……」
“魔力属性がないということは、この世の主たる四大属性の精霊たちから完全に見放されているということだ”
“近寄るな! 汚らわしい化け物め!”
“このような不吉な人間が由緒あるヴェルメイリオ伯爵家から生まれるなど、恥さらしもいいところだ”
“しかも、亜人種のような醜い瞳の色! お前のような汚らわしい娘、政略結婚の道具にも使えん”
穀潰し。
出来損ない。
生きている価値もない。
世界にも精霊にも、誰にも愛される価値のない不吉な娘。
この親不孝者め。
役立たず。
みっともない。
恥ずかしくて表に出せない。
顔を見るのも疎ましい。
さっさと視界から消えてくれ。
ずっと、罵られて生きてきた。
罵られ、蔑まれ、最後には完全にいないものとして扱われた。
寄宿学校に押し込めただけでは飽き足らず、卒業が間近になると、死ねとばかりに今度は辺境に送り出された。
たった一言、属性なしを言い渡された“鑑定の儀”に、わたしの人生は弄ばれた。
知らないうちに、ぼたぼたと涙が頬を伝っていた。
やっと乾いたと思った涙が、再び溢れて止まらなかった。
借りたハンカチを握り締めていることも忘れ、唇を噛みしめ声もなく泣いた。
滴る涙に慌てふためいたレッドが、わたしの手からハンカチをもぎ取って、代わりに涙を拭こうとしてくれていた。
「アリア、アリア、どうしたんだよ。泣くなよ。ほら、ハンカチ持ってるんだろ、涙拭けよ」
それから、握り締めたわたしの手を取って、やんわりと指を開くように促してくる。
「アリア、そんなに手をきつく握りしめちゃ駄目だ。怪我するから……」
その手にまた、涙が落ちた。
悲しくなんてなかった。
悲しいなんて、思えなかった。
ただ、ただ悔しかった。
「力がないというのは、そういうことだ。無知であるということは、無力であるということ。子供だったからというのは言い訳にならない。子供が無力な存在であるのは、無知であるからだ」
クロスが何か言っていた。
「悔しかったら学べ。力を——知識を身につけろ。少なくともオレはそうしてきた。二度と、邪教徒どもにいいようにされないよう——復讐するためにな」
わたしは手を差し伸べてくれたレッドにすがって、今度は声を上げて大声で泣いた。
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