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【不遇令嬢はエルフになりたい】〜介護要員として辺境の祖父の屋敷で働くよう命じられたが、ざまぁする間もなく実家が没落した件〜  作者: 一富士 眞冬
第1章

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71.猫とスキル①/レッド視点

「その石版(アイテム)を使って鑑定したらしい。最初はオレの症状を調べるつもりで始めたみたいなんだが……」

 剣士(リオン)の奴が何があったのかと聞いてくるから、わかっていることだけ答えておいた。


「途中でアリアが自分も鑑定すると言い出して、」

「クロスが鑑定した(やった)のか」

 オレはうなずいた。

 鑑定魔法(と、それに類似する魔法)はアイテムの構造上、自分自身を鑑定することができない。

 石版を自分にかざしながら、同時に内容を読み取ることはできないのだ。

 で、クロスがアリアを鑑定して、結果を告げた。


「……それからアリアはずっと泣いてる」

 はっきり言って、オレにも何が何だかよくわからない。

「結果は……」

「それはオレからは言えねえよ。アリアに直接聞いてくれ。でも……」


 属性はあったんだ。

 ずっと、ないことを気にしていたのに、属性はあった。

 端から聞く限り、それほどひどい鑑定結果だとは思えなかった。

 それでもオレは、泣いているアリアを問い詰めてまで、事情を聞くことができなかった。


 “アイリス”と違って“アリア”は泣くことがきる。

 それでも、ここまで酷く泣いているのは見たことがない。

 例えるなら、奴隷落ちしたばかりの子供のような泣き方だ。

 親も兄弟も全員死んだか殺されたかして、一人ぼっちで人買いに連れられてきた子供は、たいてい夜中にこんな風に泣く。


 *


 寝てたら魔法使い(クロス)に叩き起こされて、鑑定結果とやらを告げられた。

 ――というより、非魔法使い(素人)が生兵法で何をやったか、と怒られた。

 理不尽なことをされたり言われたりするのは慣れているからどうでもいいが、その傍でアリアがしゃくりあげるように泣いている。


「ごめん……ごめんね、レッド。わたし、あなたを苦しめることしかしてない……。ひどい主人(あるじ)でごめん……」


 オレは魔法使いを見やった。この場には、こいつしかいない。

「アリアに何を言った? 何か責めるようなことを言ったんだろっ」

 アリアがオレに対して謝るのは、あの襲撃事件がトラウマになっているからだ。

 自分のせいで無関係な乗客が死んだこと、オレに治癒魔法を掛けすぎたこと、そうしなければ生き残れないような状況に追い込んだこと――全部を自分のせいだと思っている。

(オレは全然気にしないのにな)

 アリアのためなら、何度だって死んでやる。

 ――いや、本当には死なないけど。それくらいの心構えで、ってことで。


 アリアが言うには、甦生魔法は使えないから、本当に死んだら困るらしい。

(嬉しいな)

 “死んだら困る”っていうのは“死なないでほしい”って言われてるのと同じだ。

 必要とされている――使い捨てにされないと分かっているだけで、こんなにも嬉しい。

 オレはアリアのためなら手足が千切れても戦ってみせるし、辺境にでもどこにでも付き従うと、王都を出る前から心に誓っている。

 奴隷ごときの誓いや約束になんて、価値はないかもしれない。

 “命に代えても”と誓ったところで、安い命だ。エルフや鬼人族のような希少種でもない限り、亜人種奴隷の命なんか、馬車一台分よりも安い。


 だからオレは、アリアを泣かせる奴は許さない。

 満足に動けない身体でも、嚙み付いたり引っ掻いたりして傷を負わせるくらいはできる。

 何日か前に、アリバイ工作の話を聞いた。

 あの襲われた馬車に、オレたちは乗っていなかったことにする話だ。

 そうなると、荷物を残さず持ってきたアリアの判断は、とても正しかったと言える。

(オレの斬り飛ばされた右脚を焼き捨てたことも)

 拾ったそれを、躊躇なく残り火に突っ込むところを見たときには、ちょっと複雑な気分だったが……。

 で、オレたちはこの先も辺境までこいつらと旅を続けることになったから、仲良くしなければならないらしい。

 けど、アリアを泣かせるなら話は別だ。

 オレはクロスを睨んだが、奴は全く意に介さずに話を続けた。


「呪いは、魔法の中でも分野が異なる。ギルドの無料講習で習うようなものではない。どこでくだらん知恵を身に付けてきた?」

「だから、何の話だっつってんだよ! 魔法なんかギルドの講習でしか習ったことねえよ。奴隷がそれ以外に高等教育なんか受けれるわけねえだろ」


 奴隷商会ではときどき、クロスが持っているのと同じような小さい石版を使って、簡単な鑑定が行われていた。

 スキルや魔法適性がある者は、ギルドの講習に行かされて、冒険者として働かされるのだ。


 オレたちは“値付け”と呼んでいた。

 素質がある者は契約金が高くなるから、商会での待遇も少し良くなる。

 ただし、給金も上がるが危険度も増すから、日銭を受け取る前にダンジョンの中でポックリということもよくある。ダンジョンに連れて行かれる奴隷の使い道なんざ、いざというときの“(おとり)”以外の何物でもない。

(よくある話だ)

 オレも何度かやられたことがある。

(そのときは、自慢の逃げ足にモノを言わせて生き延びたが……)


 考えてみれば当然だ。大切な友人であり仲間であるパーティーメンバーの命より、消耗品と割り切って契約している奴隷の命の方が、安くて軽いに決まっている。

 そういう事情も込みで、契約奴隷(オレたち)の値段は付けられているのだ。“使える”奴隷は死なれたら商会の損失が大きいため、契約金も高くなる。

 置き去りにされても、自力で生還するような“優秀な”奴隷は、いずれ商会の稼ぎ頭になるからと大事にされる。

(オレも、もう少しで昇格できた(上がれた)はずだったんだけどな……)


 ――あの日、ろくでもない貴族の馬車に轢かれなければ。

 ――あの日、性質(たち)の悪い盗賊(シーフ)パーティーに出会わなければ。


 それでも、結果的には“アイリス”に拾ってもらえたから、幸運だったと言えるだろう。

 出会ったばかりのころ、何も知らないオレはアイリスのことが怖かった。

 どうせくたばるなら、ダンジョンで盗賊(シーフ)として死にたかった。毒薬の実験台になって死ぬのはちょっと嫌だな、と思ったものだ。

 でも一方で「仕方がないな」とも。

 奴隷の運命というのはそういうものだ。


 あの日アイリスは、みっともなく地面に転がっていたオレを、石ころでも見るような感情のない目で見下ろした。

 オレのことを「これ」と物のように呼び、粗大ゴミでも引き取る調子で盗賊相手に交渉した。

 ゴミ扱いは構わない。物扱いも構わない。奴隷の扱いなんて、そんなものだ。

(だって、物扱いされるということは、まだ物として価値があると思われているということだ)

 だから、何の感情も浮かばない目で見られるのは、恐ろしかった。


 アイリスは絶対に泣いたりしない。

 感情の起伏が少なく、怒ったところも笑ったところも、見たことがない。

 アリアとは真逆の人物だ。

 意識して、そういう性格を演じてきたらしい。

 アイリスは泣いたり怒ったりするより先に、冷静に音もなく反撃する。周囲に被害が及ぶことも気にしなかった。


 毒薬使いと呼ばれながら、実は魔法も使えるアイリスは、大きなアドバンテージを持っていた。

 大立ち回りができないような狭い室内ではもちろん、魔法が制限されるような局面でも、平然と敵を制圧した。

 本来なら、毒は撒くときに風向きを考えないとならないが、アイリスもアリアも人間用の毒くらいでは顔色一つ変えない。

 冷たい――というよりは、後悔は相手を殺してからするようなタイプだった。

 無表情で自爆テロのような攻撃をするものだから、ギルド界隈ではアイリスを——毒蜘蛛の魔女(ブラック・ウィドウ)を怒らせるな、という不文律ができあがっていたくらいだ。

(アイリス本人は知らないだろうけど)


 一方で“アリア”は普通の女の子だ。

 とても伯爵家のご令嬢とは思えないが、しっかり者で、よく泣いたり笑ったりする、普通のハーフエルフの女の子だ。

 オレは、アリアにはなるべく笑顔でいてほしいと思っている。アリアが笑ってくれるなら、オレが奴隷として仕えている意味が、少しはあるのじゃないかと思えるから。

(やりがい、ってやつかな)

 それなのに、ここのところオレはアリアを泣かせてばかりだ。

 オレの行動もその結果も、アリアを悲しませてしまう。

 アリアはオレを責めたりはしないけど、その分、自分が至らないせいだと言って泣くのだ。


(ごめんな、アリア……。本当は、弱くて“使えない”奴隷のオレが全部悪いのに……)

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