67.鑑定魔法と呪い
さっそく、鑑別石を使ってレッドに鑑定魔法を掛けることになった。
今回、わたしは見ているだけだ。慣れないわたしが使って、壊すといけないからという配慮だそうです。
(お心遣い、痛み入ります)
先の魔力移譲で怪我をしたり、させたりしている手前、何も言えない。
(見ているだけのほうが、鑑定内容に集中できるしね)
うとうとと眠っているレッドの傍に近付いて、手のひら大の石板を翳してみる。
クロスが石板に魔力を流すと、半透明の石の中にびっしりと文字が浮かび上がった。
「――レッド、猫族、十五、盗賊――この辺は飛ばすぞ」
冒険者カードにも表記されているような基本情報だ。
次の項目へ進む。
クロスはごく自然な動作で石板に触れ、次の項目を表示させたり展開させたりしているけれど、不出来な神官だとその技術さえ知らないらしい。
大型の鑑定石板を備えている教会でないと、詳細情報がわからないと言われているのはそのためだそうだ。
だからギルドには、昇格試験が存在するのだという。
誰もが気軽に鑑定魔法を受けられるわけではない。そのため、ギルドでは、依頼内容や達成率と照らし合わせ、だいたいのレベルを把握し、認定試験によってギルド独自の冒険者ランクを定めている。
つまり、ギルドランクと鑑定魔法による鑑定結果には、厳密な因果関係はないのだという。
「ギルドカードに記載される“冒険者ランク”は、ただの試験結果だ。魔法は介在していない」
さらには、冒険者カードにはレベルやスキルなどの詳細情報や、毒や呪いなどのリアルタイムの状態異常は表示されない。身分証以上の利用価値はない、とクロスは言った。
「それでも、依頼達成の成否や賞罰――称号なんかは、ちゃんと更新されているだろう?」
たしかに、誰かが監視しているわけでもないのに、依頼の達成率は正確にカウントされている。
悪事を働けば、誰も通報していなくても、悪行を冠した称号が付くという。善行もまた然り。
「それには大樹の記憶という最古の魔法が働いていると言われている。この鑑定魔法の仕組みも同じだ」
原初の大樹――わたしたちが向かおうとしている大森林地帯の最奥に、あるとかないとか言われている、幻の大樹のことだった。
一般的には、大樹にまつわる話は神話だとされている。
「やっぱりな……おかしいと思ったんだ」
下の項目には「レベル:35」「スキル:経験値倍加」「状態:呪い」の文字があった。もちろん古代文字で。
「呪いって何……?」
レッドの熱が下がらないのは、呪いのせいだっていうの?
さらに下の項目へ移動する。
そこから先は、わたしでも読み取るのに苦労するくらい、大量の文字で溢れていた。
「これ……生まれてから今までのことが、全部記されているの……?」
ところどころに年号を示す数字や記号が入っているから、そう思える。
「やはりそうか」
クロスでもそう思うらしい。
けれどそれは、クロスが博学であるからそう推測できるだけで、在野の神官では基本項目を読み取るだけで精一杯だという。
「鑑定の儀では、レベル、属性、スキル、称号までしか読み上げないだろう?」
知らない。わたしが鑑定を受けたのは、幼いころの一度だけだから、覚えていない。
「そういう慣習なんだ。状態より下の履歴情報は、ろくに読める奴がいないからな。古代語の文法は、万人が学べるほどには解読されていない。――だからアリア、古代語も古代魔法語も読めるというなら、それがどれだけ稀有な才能か、よく覚えておくといい」
「そんなこと、どうでもいいわ。古代語が読めたって読めなくたって、何も変わらない。――それより、呪いって何?」
日常生活で、鑑定や鑑別に立ち会う機会などない。教会の鑑定魔法は、一回が普通金貨で四枚以上はする。レベルの高い冒険者だと、足元を見られて大金貨を要求されるというのだ。
恐ろしくて、簡単に鑑定魔法など受けられるものではない。
仮に鑑定魔法を受ける機会があったとしても、こうして石板を覗き込めるわけではない。神官が読み上げた事柄を信じるしかないのだ。
魔法陣を構築している古代魔法語が理解できたところで、属性魔法が使えないのなら、冒険者としては無意味だ。魔法陣を改良できたところで、実験はできない。誰かに試してもらおうとしても、信じてはもらえない。
多少、無属性魔法が効率よく使えるようになったところで、依頼が増えるわけでもない。
そんな才能があったところで、収入にはつながらないのだ。
古代語なんか読めなくていいから、属性魔法――攻撃魔法が使える魔法使いになりたかった。
投げやりに言ったわたしに、クロスは残念な生徒を見る教師のような表情を浮かべた。
でも、彼は寄宿学校の教師ではないのだから、どう思われようと関係ない。
クロスと魔法学の話をすることは楽しかったけれど、わたしにとっては古代語も古代魔法語も、収入にはつながらなかったのは事実だ。
生きるのには多少、役に立ったけれど、それだけだ。
知り合いのお姉さんたちのように、美人であるとかスタイルがいいとか、愛想がいいとかいうことのほうが、よほどスキルとしては汎用性が高い。
ハーフエルフとバレないように、常に顔を隠してうつむいて生きてきたわたしにとって、容姿は使える武器にはならない。食うや食わずで生活してきた痩せっぽっちの小娘に、スタイルもへったくれもない。
寄宿学校でそこそこの成績を取っても、冒険者稼業をやる上では役に立たない。
回復薬や毒薬を調合して納品するだけの、地味な――地味どころか、毒薬を取り扱っている時点で怪しい――そんな女に“愛想を振り撒く”とか“媚を売る”というスキルはない。
これからは何を必要とし、何を重要と考えるかは、わたしが決める。
差し当たり、今重要なのはレッドの呪いを解明し、解呪することだ。
膨大な履歴情報を読み進めると、下の方――二、三年前の項目に新しいスキルが発生したことが記されていた。
「経験値倍加……何これ」
「聞いたことないな。冒険者のことはリオンのほうが詳しいから、後で聞いてみるか」
鑑定魔法を使ったことは伏せて、それとなく聞いてみる、とクロス。
「鑑定魔法のこと、バレたら怒られるの?」
リオンが怒る姿というのが、あまり想像できない。
「怒られるというか……あいつの立場上、違法行為を黙認していることがバレると拙いことになるから、知らせずに済ませたい」
身分の話が関係してくるのかな、と思った。
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