65.事情聴取
昼間は快方に向かっているように見えたレッドだったけれど、夜になるとまた熱が上がって、起きられなくなってしまった。
「ごめん……アリア……迷惑かけてごめん……」
譫言で口走るのは、わたしへの謝罪と、すぐ治るから捨てないでという懇願だった。
それに対して、わたしは手を握って励ますことしかできない。
「大丈夫だよ。絶対に捨てない。商会に戻したりもしない。レッドのことは、いずれわたしが買い上げて、絶対に奴隷身分から解放してあげるから」
うなされているときに手を握ると、毎回、強く握り返してくるから、半獣化している鋭い爪がわたしの両手に食い込んだ。
眠るまで待って、ようやく手を離してもらうような状態だった。
熱は上がったり下がったりを繰り返し、具合がいいときには起きて話したり、食事を摂ったりすることもできるけれど、高熱でうなされている間のことは、ほとんど覚えていなかった。
「置いて行ったりしないから安心して」
「迷惑だなんて、思ってないから」
「寝込んだことも黙っておくわ。商会でのレッドの評価が下がるようなことは、絶対に言わないから」
何を言っても、聞いてはいないし覚えてもいないだろう。聞いているのは、部屋を出入りするクロスとリオンの二人だけだ。
だからわたしも言わないでおく。
熱が上がる度に傷つくわたしの手が、熱が下がって意識が戻るまでの間に、毎回、跡形もなくきれいに治っていることを。
二人にも、レッドには言わないでほしいと頼んでおいた。
(きっと、後々まで気に病むだろうから……)
わたしの手の傷が、いつの間にか治っていることには、二人とも気づいている。
リオンは治癒魔法だと思っているだろうし、クロスは怪しんでいるだろうけれど、結局は治癒魔法だと結論づけるしかなくて、無理やり自分を納得させていることだろう。
(あの聡い人が、魔法が使われた気配がないことに、気づいていないはずがない)
いつまでも誤魔化し続けることはできないだろう。
(でも……)
できるなら、この体質のことは言いたくなかった。
(知られたら、また、化け物扱いされる)
この二人は、お父様やお継母様とは違う。獣人のことも差別しない人たちだから、大丈夫かもしれない。
――でも、大丈夫じゃないかもしれない。
そんなこと、誰にもわからない。
絶対なんてどこにもない。
自分から話して嫌われるのも、バレて嫌われるのも、大差ない。ただ“化け物”と罵られるのと、嘘吐き呼ばわりされた上で“化け物”と罵られるのも、大差はない。
少なくとも、レッドが元気になるまでは、今の環境を利用させてもらおう。それまでの間、隠し通せればそれでいい。
親切面して近寄って来たのは向こうだ。わたしは悪くない。
その日の夕方には、地元の自警団だという人たちが来た。
村に着くまでの間に不審な人物を見なかったか、変わったことはなかったかなどを聞き込みして回っているのだという。
「さあ? 特に何もなかったよ。いつもより魔獣の数が多かった気はするけど、そういう日もあるよね」
二人組の自警団の人たちには、にこにことリオンが愛想よく応対していた。
「あんたたち、運が良かったな」
「君たちのすぐ後に街道を通った馬車が、盗賊に襲われてな」
「らしいね。俺も食糧を買いに出たときに聞いてさ、驚いていたところだよ」
「えーと、君たちは昨夜からの逗留か――ずいぶん遅い到着だったんだな?」
年配の男性のほうが、借りてきた宿帳を見ながら質問する。
「ああ。途中で仲間が倒れちゃって、動けなくて休んでたんだ」
「獣の出る森の中でか?」
「ああ。俺たち冒険者だよ? 魔獣や魔物を追っ払ってから露営するなんて、よくあることさ」
「この付近の魔獣をものともしないとは、ずいぶんと腕が立つんだな」
「うちのパーティーは優秀な魔法使いが揃っているからね」
部屋の中をのぞき込んだ自警団員たちが、ぎょっとしていた。
人間のわたしが床に座り込んでいて、獣人奴隷のレッドが寝台で休んでいるからだろう。
「動けなくなったのはあれ、」
リオンが“あれ”と言って物のようにレッドのことを指し示した。
「うちのお姫さまの、大事なペット。お姫さまの世話係とか荷物持ちとか、色々やってもらってたんだけどね……ちょっと無理させ過ぎたみたいだ」
お姫さま、ってわたしのことか?
「ずいぶんとまあ……」
奴隷にいい待遇を与えてやるもんだな、という好奇の視線である。
「王都ではわりと流行ってるよ、連れて歩けるペットを飼うの。犬猫なら安いから」
さっきから、レッドに対するリオンの言い様がひどいけれど、仕方がない。
田舎では獣人は労働力としか数えられないから、見知らぬ他人に違和感なく納得してもらうためには、こういう扱いになる。獣人奴隷は、れっきとした冒険者パーティーのメンバーであっても、一番格下というのが常識なのだ。
つまりは“小娘の気まぐれで大事にされている奴隷”という体裁を取ろうというのだろう。
そして同時に、王都から来たという事実で“田舎の自警団ごとき”をさりげなく威圧しようというのだ。
こういう、自然に他人を見下す態度を取れるところは、やはり貴族出身であることを感じさせる。
それでも基本的に外面が好いというか、他者に好印象を与える雰囲気が備わっているので、嫌味にならないところが流石ではある。
(たぶん、もとから“人あしらい”が上手い人なんだろうなぁ……)
記録を取るための帳面を構えたほうの青年が、鼻をひくつかせながら尋ねる。
「なんか香ばしい匂いがするけど、これ何の匂いだ?」
「コーヒーだよ。知らない? 味見する?」
リオンが、カップの底に残っていたコーヒーの液を見せると、青年は顔を引きつらせて遠慮していた。
知らない人から見たら、ただの“真っ黒い煮出し汁”だろうから無理もない。
「えー、残念だなあ。美味しいのに……。向かいの通りで売ってるパンとよく合うよ」
さらには、村に現金を落としていく貴重な客であることも主張する。
言葉にはしなくても、コーヒーが高価なものであることは、商人が出入りする村なら知っている者もいるだろう。むしろ、当たり前のこととして言葉にしないことで、逆に“知らないなんて田舎者だな”という雰囲気を醸し出せる。
たぶんこれで、何をやっても多少の不自然さは「これだから都会者は」の一言で片付けられるようになる。
最後に、パーティーメンバーの構成や旅の目的などを確認して、簡単な事情聴取は終わった。
もちろん事前に言われていた《条件》の通り、わたしも一緒に王都から来たと肯定する。
旅の目的については、ここでもリオンの持っていたギルドの依頼書――原初のダンジョン(仮)の調査依頼が役に立った。
「これのために、あちこち探索中。この辺りの森らしいって噂を聞いたんだけど、地元の人なら何か知らない? 急に強い魔物が出るようになった場所があるとか、ギルドに古代遺物の買い取り依頼が来たとか……」
ついでにこちらからも情報を聞き出そうとする辺り、リオンの対人スキルは本当に流石としか言いようがない。
おそらく、このパーティーは「我が侭な小娘のせいで、ペットの体調がよくなるまで足止めを余儀なくされた不幸な都会者たち」という評価になるのだろう。
不本意だけれど、レッドのためになるなら、仕方がない。怪しまれて追い出されたりしたら、寝込んでいるレッドが困るのだから。
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