59.昼食と糾弾
目が覚めたので、のろのろと起き出した。
少し眠ったおかげで、だいぶ疲れが取れた気がする。
窓から外を見ると、すでに日は高く登っていた。
(少し寝過ぎたかな……?)
向かいの木には、どこかで見たような大形の鳥が一羽、くつろいだ様子で止まっている。
軽く身繕いをしてから廊下に出ると、隣の部屋の扉をノックした。
レッドの容態はどうなっただろうか……?
(少しは熱が下がっているといいのだけれど……)
*
「ありがとう。交代するわ」
隣の部屋に入ると、一瞬、妙な空気を感じた。
(あ……これ拙いかも……)
何か、悪いことが起きているような気がする。
わたしが入室した瞬間、話していた二人が急に押し黙ったような、わざとらしい沈黙があった。
空気が重い。
「どうかした……?」
こんなとき、重苦しい空気に負けたら終わりだ。
この後も、ずっと訳を聞けないまま、気まずい雰囲気で過ごす羽目になる。
「さっき、昼食を買いに出たときに聞いたんだけど……」
リオンさんが切り出した。
見ると、空いている寝台の上にはパンの包みが広がっている。
よく王都の屋台で売られているような食事パンだ。
お店によって、中に挟んでいる具の種類や量が違っていて、それが個性になっている。
わたしとレッドにとって屋台の食事は、一番安いものでもご馳走だった。
けれど今、手が届くところにあるパンには、具材が三種類以上挟まっているように見える。
たぶん値段も量も、いつものパンの三倍以上はするだろう。
「街道に盗賊が出た、って」
「……そう」
意外と情報が早いのだな、と思った。
当然と言えば当然かもしれない。今は昼を回っている。田舎の人は朝が早いから、早朝に見つけたなら、村まで取って返して話題にする時間は十分にある。
もしくは、見つけたのは村人ではなく、行商の人たちかもしれない。
「で、自警団の人たちが出張って調べているんだけど……」
「うん」
「もしかしてアリアちゃんたちは、あの盗賊から逃げてきたのかい?」
リオンさんは、破壊された馬車と、辺り一帯で死んでいた盗賊と、殺された乗客たちのことを掻い摘んで話してくれた。
とても的確に詳細を省いてくれて、血なまぐさい話や刺激の強い話題が苦手な人向けに、十分に配慮されていることを感じられた。
(どこがどう端折られているか、わかってしまうから余計に、ね……)
その分、何が目的で何を問われているのか読み取りにくい。
まさか、外で聞き込んできた噂話を披露したいわけでもないだろう。
(それなら、こんな居心地の悪い雰囲気にはならない)
噂話なら、たとえ誰かがギロチン刑に処されるような話題でも、もっと軽率に話されるものだ。
ここは慎重に答えるべきかもしれない。
わたしは無言でうなずいた。
隠したところで、この人たちが相手ならすぐにバレてしまうだろう。
そもそも、日暮れも間近という頃合いに、馬車道を歩いて移動中であること自体が不自然なのだ。最初から、訳ありだろうと察しは付く。
逃げてきたのは本当だから、肯定するのは別にいい。
この親切な人たちに、あまり嘘は吐きたくなかった。
「レッドが血路を切り開いてくれたの。何回も死にそうになりながら戦って……」
これも本当のことだ。
「その度にわたしは治癒魔法をかけたわ。だから……」
レッドを魔素中毒にしてしまったのは、わたしだ。
その事実だけは、言葉にできなくて言い淀んだ。
「ごめん。つらいことを思い出させたね」
リオンさんがそう言ってくれて、気遣われていたのだということに、ようやく気づいた。
空気が重苦かったのは、わたしを糾弾するためではない。
どうやったら、わたしを傷つけずに話すことができるか、真剣に悩んでいたらしい。
(不思議な人たち……)
冒険者とは、ガサツでデリカシーのない人ばかりだと思っていた。
根がざっくばらんというだけで、悪い人たちばかりではないのは知っているけれど、遠慮がない分、きつい言葉を投げかけられることも、多々あった。
それで傷つくのはわたしの心が弱いからであって、冒険者として半人前だからだと、ずっと思ってきた。
冒険者としてのレベルがもっと上がれば――採取と納品だけでは、いつのことになるかわからないけれど――強くて丈夫な心が手に入るのだと思っていた。
(だってそうでしょう?)
依頼を受けて、討伐対象に負けて死んだら、それは自分のレベルが低くて弱かったせい。
役立たずと罵られ、パーティーから追い出されるのは、自分が弱くて仲間に迷惑をかけるせい。
(冒険者って、そういうものでしょう?)
中には、気心の知れた仲間同士で、和気あいあいと依頼をこなしているパーティーもあるかもしれない。でも結局のところは命がかかっているのだから、言葉尻も厳しくなろうというものだった。
使えない新人には容赦がない。
そういう叱咤激励を乗り越えた者だけが、一人前の冒険者になれるのだと思っていた。
けれど、リオンさんのように最初から気遣いができる冒険者もいることを知ってしまうと、自分の世界の狭さを思い知らされる。
ひょっとして、他の地域には、新人を怒鳴らないで育てる風習があるのだろうか?
(わたしは、王都の冒険者ギルドしか知らないから……)
それも、その中で極限られた種類の依頼を、限られた一部の受付さんにしか担当してもらっていない。他所のパーティーに入ったことも、数えるほどしかない。
かつて、入れてもらったパーティーで酷い目に遭ってからは、一人でできる採取と納品しか受けていない。
「あの馬車に、冒険者はわたしたちだけだった。でもわたしとレッドは、身を守る手段を持たない他の乗客を見捨てて、自分たちだけ逃げたのよ」
状況から見れば、そういうことになる。
「そんなの……当然じゃないか!」
「乗客を守るのは護衛の仕事で、冒険者の義務ではない。臆病風に吹かれて、助けられるものを見捨てたというならまだしも、猫族一人で盗賊団を相手取るの不可能だろう。逃げて正解だったと思うぞ」
二人はわたしを責めなかった。
それはわたしにとって大きな驚きだった。
てっきり、卑怯にも自分たちだけ逃げ延びたことを批難されるのだと思っていたからだ。
ダンジョンで仲間を見捨てた者は「なぜ逃げた」「なぜ最後まで一緒に戦わなかった」と責めたり、責められたりするのが冒険者の間での常識だ。
ダンジョンで仲間を見捨てて逃げた者は、理由の如何を問わず、後々まで評判を落とす。
「馬車に護衛はいなかったのか?」
「最初はいたわ。でも途中で、魔物が出たとかで馬車を離れたの。盗賊が襲ってきたのは、その後だった……」
「どうやって逃れた? あの現場には……」
クロスが問いかけ、それを「思い出させるな」と言ってリオンさんが引っ叩いて止めていた。
「言いたくなかったら言わなくていいよ。――ほら、ここ座って」
リオンさんがわたしを誘導して寝台の端に腰掛けさせ、パンの包みを一つ手渡してきた。
「どうぞ。食べてる間は、喋らなくて済むよ。今、コーヒーを淹れるからお昼にしよう」
どうやって逃れたのかという問いは、必死だったからよく覚えていないと言ってお茶を濁した。
あまり詳しく語ると、後でボロが出るかもしれない。
目覚めたレッドが、何をどう喋るかもわからないのだ。口裏を合わせないうちは、不用意に返答できなかった。
お言葉に甘えて、喋らなくて済むよう、豪華屋台サンドを頬張らせてもらうことにした。
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