53.もう一つの依頼/クロス視点
アリアが眠ったので、オレはレッドとリオンがいる部屋に移った。
猫族の少年は、まだ熱が下がらなくて眠ったままらしい。
「彼は大丈夫なのか? このまま死んだりしないよな……?」
側に付いているリオンが心配そうに聞いてくるが、オレは医者でもなければ回復術師でもない。
「たぶん大丈夫だろう、としか言えん」
魔素中毒は、病とは違うために治療法がない。
回復術師は治癒魔法を使うために存在する。魔素中毒の上から治癒魔法を掛ければ、悪化するのは目に見えている。
魔法を使わない医師や薬師を呼んできても、それこそ意味がない。
結局、本人の体力だけが頼みで、周りができることは何もないのだ。
「オレが知ってるのは、弱い奴から死んでいくということだけだ」
捕えられた劣悪な環境と、わずかばかりの粗末な食事――。
思い出すのは、囚われていた邪教徒どもの巣窟。
「クソみたいな環境で、オレみたいなヒョロいガキが生き残れたんだ。こいつは健康で頑丈そうだから、大丈夫だろう」
本当のところ、生き残る条件は身体の頑強さでも何でもない。単に、何をしてでも生き延びると決意した醜い執着心だけだ。
*
「――で、少しは話せたのか?」
仲直りはできたのか? と、リオンが含みを込めた物言いをする。
「もともとクロスは女の子に対して辛辣だけど、特にアリアちゃんには厳しいよね」
「あれは駄目だ」
「黒なのか?」
とてもそうは見えないけれど、とリオンは驚いた表情をした。
自分が騙されていたことを信じられない――人を見る目には自信があったのに、という悔しくも残念そうな顔だ。
面白いのでしばらく勘違いさせておこう。
オレたちは現在、冒険者として二つの依頼を受けている。
一つは、リオンが「依頼A」と呼んでいる、面倒くさいが支払いのいい依頼。
リオンの“しがらみ”のせいで、断り切れなかった依頼だ。
もう一つは、ギルドで受けた「原初のダンジョン(仮)」の調査依頼。便宜上、こっちが「依頼B」に当たる。
今、話していたのは「依頼A」についての報告だ。
依頼Aは、ある人物の身辺調査だった。
断り切れなかったとはいえ、今では受けたことを後悔している。
(誰だ。彼女に“反逆の疑いあり”なんて言った奴――!)
あれは、反逆罪に問われるどころか、逆に陥れられて犠牲になる側だ。
おそらくは冤罪。
しかも、すでに手遅れかもしれない。十分に陥れられ、死を望まれている。
何者かが彼女に罪を着せた上で、葬り去ろうとしているのだ。
調査対象である“彼女”には国家反逆の疑いがかかっている。
今のところ公にはなっていないが、有罪が確定すれば、公開処刑は間逃れない大罪だ。
(時期が悪すぎる……)
王都では現国王の退位と、次期国王である嫡子、シュテファン・ウェスターランドの即位が間近に迫っている。
即位に際しては、とある勅令が発せられる予定であり、正式発表前に関係各所で内密に調整が進められている――というのが現在の政情だ。
その中で、発表前の勅令の内容を知っていながら、なおかつ勅令を真っ向から否定するような行動を取っていれば、疑われても仕方がない。
(勅令の内容は前々から貴族間では噂になっているから、知っていること自体は罪にはならないが……)
勅令の成立を妨害しかねない行為を繰り返すなら、叛意ありと見做される。
勅令の内容は、奴隷制度の段階的な撤廃である。
長きに渡り王国や王国の統治下にある諸国に、色濃く根付いたそれを完全に撤廃へと導くことができれば、王国史に残る偉業となるだろう。
だが、どこにでも王位を簒奪したがる者はいる。
決して勅令による触れが定着しないよう妨害し、シュテファン殿下の権威を失墜させようと目論む者たちがいるのは事実だ。
“彼女”にかけられた疑いは、違法な亜人種狩りによる奴隷売買の煽動であった。
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