52.お茶会と奴隷制度
「事情を話すつもりはないのか?」
「話したところで、冒険者を雇うお金が湧いてくるわけじゃないわ」
事情を話して同情を誘う手も、ないことはない。
というか、普通はそうするのだろうし、この状況ならそうするべきなのだろう。
けれど、それは同時にこちらの弱味を晒すということだ。
(それだけではない)
お継母様の魔の手が、どこまで伸びているかわからない。
下手をすれば、この親切な人たちを巻き込む恐れがある。
こちらの部屋も間取りは同じだった。食事ができるようなテーブルとイスのセットはない。
申し訳程度の小さなサイドテーブルと寝台の上に、昨夜のデジャヴのように食べ物と食器が広がっていた。
食欲はなかったけれど、腹立ちまぎれに玉子焼きをつまんだ。
(甘い……)
熱で苦しんでいるレッドには申し訳ないけれど、冷えた玉子焼きは十分に甘くて美味しかった。
「上手いか?」
「うん……」
奢ってくれてありがとう、とボソボソとお礼を言った。
悔しいけれど、美味しかった。
「リオンは舌が肥えているから、あいつが美味いと言ったものはだいたい美味い」
「クロスは?」
「オレは食えれば何でもいい」
「レッドと同じようなことを言うのね」
ふふ、とわたしは笑っていたらしい。指摘されて初めて気がついた。
「腹が減っているから、気が立つんだ」
それなら、わたしとレッドはいつも怒っていなければならないだろう。
「なんだか失礼な言い草ね」
「そうか? オレの師匠は、空腹になると些細なことでキレるぞ。下っ端弟子の最初の仕事は、師匠に適切に飯を食わせることだ。そうしないと、師匠から無意味に怒鳴られた兄弟子が、今度はオレのところに怒鳴り込んでくる」
「楽しそうね」
他に返す言葉がない。
「魔法の研究は楽しかった。いつか、あの邪教徒どもを見つけてぶっ殺してやると誓ったからな」
「……」
玉子焼きを食べ切ってしまったので、保存容器からベリーを摘まんでいると、クロスがお茶を入れてくれた。
カップに無造作に茶葉を放り込み、魔法で水を出して注ぎ――驚いたことに、注ぐと同時に沸かして熱湯を作り出していた。
「それは……!?」
生活魔法なのか、属性魔法なのか、もはや見分けもつかない。
(水を出現させるところは属性魔法で、沸かすのは生活魔法の改変術式……?)
早くてよく見えなかった。
熱湯を作り出す術式は生活魔法には存在しない。
生活魔法は、総じて安全第一で創られているため、火属性を付加する場合には威力が最小に抑えられる。
液体の温度を上げ下げする生活魔法は、冷やすときと同様に、コップ一杯の水を温くする程度の威力しかない。
「これか?」
クロスは茶葉のことだと思ったみたいで――本物の茶葉はとても高価なもので、普通は庶民の口に入らない――言い訳を始めた。
「本当はもっとちゃんと淹れるものらしいんだが、茶器がないからこれで勘弁してくれ」
カップを渡されたので、受け取った。
「いただきます」
久しぶりすぎて、恐る恐る口を付けた。
この茶葉を見たのは、実家で使用人と一緒に働かされていたときが最後だ。
銀のティーポットで淹れて、来客に饗していた。
もちろん、客間に持っていくのはメイドの仕事だ。わたしは裏で湯を沸かしていた。銀食器一式を磨かされたこともある。
「聞きたかったのは、今の魔法のことよ」
淹れ方について文句はない。
ポットを使うほどでもない、安い代用茶の場合にはよくやる方法だ。葉が沈むの待って、上澄みだけ飲むのだ。
本物の発酵茶でやるのは、とてつもなく贅沢なことだとは思うけれど。
「――これは水魔法と火魔法の混合魔法だ。魔力消費がエグいんで、茶を淹れるくらいが限度だが」
そうか……。結局、それも属性魔法か。
「生活魔法の改良で、沸騰するまで温度を上げたりとかは……」
「それはやめたほうがいい。生活魔法は高温に耐えられるような術式にはなっていない。途中で魔法が分解するか……破裂するな」
クロスはそう言いながら自分の分のお茶を淹れていた。
「一応言っておくが、これはリオンの茶葉だから、勝手に飲んだことは内緒にしておいてくれ」
共犯にされた。
二人して、器用に食べ物と食器を避けながら、寝台の端に向かい合って座り、高級茶をすすった。
あまりお行儀がいいとは言えないけれど、本当に熱いから少しづつすするしかないのだ。
でもそうやって少しづつ味わっていると、口の中には懐かしいような悲しいような、何とも言えない味と香りが広がった。
「それより、随分と奴隷に肩入れしているんだな」
「悪い? ――一つだけ言っておくなら、レッドは、家の者が付けてくれた従者ではないわ。わたし個人の所有よ」
ご丁寧に従者を付けて送り出されたわけではない。
辺境へ行くのは、わたしの意思。
供も監視もなく放り出されたのだ。途中で逃げることもできた。
盗賊に襲われた時点で、死を偽装して姿をくらますこともできた。
それをしなかったのは、わたしの意思だ。
最初こそ、強制されたものではあったけれど、最終的にお祖父様に会いに行くことを決めたのはわたしだ。
お祖父様がどんな人かは知らないけれど、お祖母様には一度会ってお礼を言いたい。
今、わたしが生きているのは、子供のころにお祖母様が助けてくれたおかげなのだから。
お祖父様が困っているというのなら、助けになりたい。
「奴隷制度は嫌いなのかと思ったが」
「嫌いよ」
「そのわりに、個人所有の奴隷を連れ歩いているんだな」
「刑罰の一種として奴隷制度があるのは仕方がないと思う。――でもね、奴隷を商品として売り買いするのは違うと思うの」
「現在の法制度に楯突くような意見だな」
「奴隷の商取引はともかく、亜人種狩りは違法のはずよ」
「黙認はされてるがな」
商品として奴隷を取り扱うなら、どこかから仕入れなければならない。
奴隷商会はそのためにこそあり、犯罪奴隷以外の奴隷を作る一因となっているのだ。
違法に捕獲された亜人種を、商品として買い上げているのが奴隷商会なのである。
「それで、獣人奴隷を一人救って満足か?」
やけに絡んでくるなあ、この人。
「何を言わせたいのか知らないけれど、違法でないのなら奴隷の売買でも何でもすればいいわ。わたしにはそれを止める力もないし、止めようとも思っていない」
「ならば、なぜレッドに拘泥する? 主従ごっこか?」
この人は、わたしが平民ではないことを見抜いている。
その上で「ごっこ遊び」と軽んじた言い方をするのなら、わたしが本物の従者を持てない境遇であり、与えてもらえなかったことも看破しているはずだった。
「ごっこ遊びで命はかけないわ。レッドと契約したのは、成り行きよ。わたしはレッドの忠義に報いているだけ。――わたしが嫌いなのは、奴隷の命で儲けてる人間と、奴隷売買に出資する貴族よ」
ここまでお読みくださってありがとうございます。
よろしければ、下の方の☆☆☆☆☆☆を使った評価や、ブックマークをしていただけると幸いです。




