50.辺境の真実
リオンさんにレッドの着替えを渡して、散らかした荷物を元のように仕舞おうとしたのだけれど、全部を上手く収納できない。
(レッドったら、どうやってこれだけのものを詰め込んだのかしら)
長期クエストの経験の差が、こうした些細な荷造りの技にも表れている。
旅慣れたレッドが一緒だったからこそ、ここまで来れたのだ。わたし一人だったなら、馬車が中継地の村に着く度に、右往左往しなければならなかっただろう。安全な宿屋の見極め方一つ、わからない。
野宿の仕方なんか、なおさらだ。
ドレスがかさばって旅行鞄に入らない。
うんうんと悩んでいると、後ろからすっと伸びた手が、わたしのドレスに触れていた。
「これは?」
クロスさんだった。
彼は、ドレス一面に付いている魔石(の偽物)のビーズが気になったようだった。
「わたしの、デビュタント・パーティーのときのドレス。……もう着られないのにね」
前は、失われていたビーズを付け直せばよかっただけだったけれど、今は生地そのものが染みで駄目になってしまっている。生活魔法で染み抜きを試みても、時間が経ってしまったから完全にはきれいにならないだろう。
レッドが、わたしにとって事なものだと思ったみたいで、無理して荷物に詰め込んでくれていたのだと話すと、クロスさんは首をかしげた。
「なぜ、奉公に行くのにこんなものを持っていく? 実家に置いておけばいいだろう。――いや待て、そもそもデビュタント・パーティーということは」
デビュタント・パーティーに出るのは、貴族の子女か、平民の中でも貴族のように裕福な家庭の者だけだ。
「クロスさん、わたしにもレッドにも親切にしていただいて感謝しています。でも、詳しいことをお話しするつもりはありませんので」
拒絶した。親しげに呼び捨てにしてあげる気は、毛頭なかった。家のことを話すつもりもなかった。
ヴェルメイリオの家からわたしのような者が生まれて、それを家長が辺境に放逐したなどと知れれば、醜聞になる。
ドレスを広げてしまったのは、わたしの失敗だ。
「アリアちゃん、実はそのことなんだけどね」
リオンさんが申し訳なさそうに切り出した。
「辺境のお屋敷に奉公に行くと言った時点で、だいだい身分はバレてるからね」
え。
「辺境、奉公人が必要なお屋敷なんて、一軒しかないから。他には獣人の集落とエルフの集落しかないから」
「そうだな。森を抜けて、街道沿いに行けるところまで行こうというなら、目的地は大森林だろう。あの辺りは、いくつかのダンジョンと魔獣の出る森と、魔獣の出る渓谷と、魔獣の出る山しかない」
お父様は、魔獣しか出ないような土地へわたしを追放しようとしたのかと、失望を通り越して、もはや笑いさえ込み上げてくる。
そこまで嫌われていたとは、思わなかった。
辺境とはいえ、お祖父様が暮らしているというから、田舎の村くらいだと思っていたのに……。
「ああ――あと、魔鉱石が取れる鉱山があるとかないとかいう噂だったな」
「人間が住んでいるのは、ヴェルメイリオ辺境伯の家屋敷がある丘と、その周辺の村だけだよ。そこも、人間は辺境伯の部下や奉公人だけだ。他はほとんど獣人とエルフだよ」
ひょっとして、何も知らなかったの? とリオンさんが驚いた様子でこちらをのぞき込んでくる。
「辺境とはいえ、曲がり形にも伯爵家の別邸に奉公に出るんだ。それ相応の家柄だと思われても仕方がないぞ。辺境伯なら、人間を雇いたいと思えば近くの村からいくらでも人を集められる。そうせずに、あえて王都から人を呼ぶのは、村人では駄目な理由があるはずなんだ」
今、さりげなく辺境の村人のことを“教養のない田舎者”と言ったように聞こえた。
「それでね、言いづらいんだけど……」
リオンさんが切り出した。
クロスさんはドレスの魔石ビーズを検分している。
「大森林入り口までの、直通の馬車はないんだよ」
「それは知っているわ。地図に書いてあったもの。終着点より先は、レッドと二人で歩いて行くつもりよ」
「馬鹿か。死ぬぞ」
クロスさんが、虹色魔石から視線をそらさずに一刀両断、吐き捨てた。
それをリオンさんが苦笑いしながらたしなめて、本当に何も知らないで行くつもりだったんだねと呆れ――いいえ、残念な子を見るように困っていた。
「終着の村から大森林入り口までは、荒野の谷が広がっている」
荒野? 谷?
「谷のように、こちら側と大森林周辺を分断している不毛の大地だ。荒野を含めて、人が暮らすには過酷な地を、一括りにして辺境と呼んでいるんだ」
それなら、お祖父様たちはどうやってそこに移り住んだの?
なぜそんな過酷な場所に暮らしているの?
日々の生活はどうしているの?
「辺境伯の責務は、荒野と大森林の魔物を間引いて、王都に近づけさせないようにすることだよ。毎日が戦闘の繰り返しで、討伐部隊はAランクの冒険者集団に匹敵する」
お祖父様は、騎士様かAランク冒険者か何かなのだろうか?
「わからない女だな。お前とその猫族じゃ、荒野を渡るには力不足だ。途中でサンドワームに食われて死ぬのがオチだ。やめておけ」
「荒野の谷を渡るには、最低でもギルドランクA以上の冒険者が必要だよ。俺たちが送り届けてあげられたらいいんだけれど、力不足なんだ」
ごめんな、とリオンさんが謝った。
「一度、この村を離れて大きめの町で護衛してくれる冒険者を探せ。それか、帰って家の人に事情を説明して、もっと腕の立つ従者を用意してもらえ」
「……」
帰る場所なんてない。
護衛も従者も、支度金も説明も、何もなかった。
レッドは家じゃなくて、わたし個人の従者だ。
新たに冒険者を雇うお金なんて、ない。
「お金も帰る場所も、ないわよ……っ!」
気づいたら叫んで部屋を飛び出していた。
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