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【不遇令嬢はエルフになりたい】〜介護要員として辺境の祖父の屋敷で働くよう命じられたが、ざまぁする間もなく実家が没落した件〜  作者: 一富士 眞冬
第1章

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47.食事会改め生活魔法講義③

 わたしは二人を放っておいて、教わった魔法式を魔法陣の中に組み込んだ。

 それからお冷やの生活魔法を発動すると、革袋いっぱいのワインがいい感じに冷えた。

 初期状態の生活魔法では、こうは冷えなかっただろう。本来、コップ一杯分程度にしか効かない魔法だ。

 程よく冷えたところで、二人にワインの革袋を突きつけた。

「さすがクロスさん、教えていただいた魔法式を組み込んだら、こんなに早く冷えました」

 対象を液体ではなく、個体に書き換えれば、金属製のカップを冷やすこともできる。


(嘘、このカップ銀製……?)

 何気なくカップを手に取って、驚いた。

 魔法が成功してよかった。こんな高価なものを壊したら、弁償できない。


「リオンさんも、ほら、ワイン冷えましたからどうぞ。――玉子焼きいただきますね。美味しそうです」

 冷えたカップを渡して、ワインを注ぐ。


 お酌の仕方や男性との会話のノウハウは、近所のお姉さんたちに教わった。

 彼女たちも、裕福ではない。

 売るものが“自分”しかなかったから、花街で働いているのだ。

 ご近所のよしみで薬草や化粧品を安く分けてあげていたら、予想外に仲良くなった。

 そして、話のネタにお店での口説きのテクニックや接客マナーなどを教えてもらったのだ。

 若い子は“若い”というだけでお客がつくらしいけれど、古参にもなると別の接客技術や話術が必要になってくるらしい。


 これは意外と有益な話だった。

 お姉さんの上客に下級貴族の人たちがいるらしくて、そういう人たちを相手にするには、貴族風のお上品なマナーが必要だという。

 場末の歓楽街にお忍びで遊びに来るような放蕩貴族は、上流社会の風習に飽きたから、わざわざ平民女性がもてなす店に来るのだ。

 だから社交界のパーティーでやるような、完璧なカーテシーは必要ない。彼らはそんな挨拶は見慣れていて、触手を動かしたりはしない。けれど、あまりにガサツで田舎くさいのも駄目。

 平民女性が慣れないカーテシーをたどたどしい仕種でやってみせるのがウケるといい、ちょっと崩れたカーテシーが流行(はや)っているとのことだった。


 わたしが知っているのは、寄宿学校の授業で習った本格的な礼儀作法だけだ。

 貴族出身の子女は、社交界にデビューしても困らないだけの所作を強制的に身に付けさせられる。数少ない必修科目の一つだ。

 ローランド寄宿学校に送り込まれるような貴族の子女にも、家督を継ぐ兄弟のスペアとしての役目がある。

 そのため、さしたる学歴にはならない寄宿学校でも、上流社会で通用するように礼儀作法と、一部の教養だけは厳しく仕込まれるのだ。


 なので、立ち居振る舞いや話し方、話題の選び方、食事のマナーなどにしても、自分が知っているそのままを城下でやってしまうと、すぐに出自がばれてしまう。


 困ったときは、お姉さんたちの真似をしておけば何とかなった。

 そんなわけで、じゃれ合いという名の言い合いを中断させるべく、強引に話しかけてはみたものの――直後に激しい自己嫌悪に陥った。


(わたし、何やってるんだろう……?)


 ローランド寄宿学校(監獄)に放り込まれた令息や令嬢が、貴族社会に返り咲こうとする場合、いくつかの方法がある。

 一つ目は、好成績を修めて学内外で名を上げることだ。

 芸術方面に進む者は、この道を選ぶことが多い。大成はしなくとも、実家の親兄弟に恥をかかせない程度には成功する。

 二つ目は、後援者(パトロン)を見つけることだ。

 家格が低くとも、爵位を持つ貴族の子女であるというだけで、価値を見出(みいだ)される場合がある。あわよくば、貴族とつながりも持ちたいと思っている、成り上がりの平民はいくらでもいる。

 三つ目は、婚姻を利用することだ。

 学内外の催しやパーティーを通じて、家格と釣り合う相手を見つけ、既成事実の一つでも作ってしまえば、寄宿学校(監獄)と卒業後の政略結婚からは逃れられる。

 あとは、たまに自分で事業を興したり、投資で稼ぐ生徒がいるくらいだ。

 どの方法も、とんでもなく元手がかかることは請け合いだが……。


(わたしも、この容姿さえなければ、冒険者として稼ぐ以外の道を選んでいたかもしれない)

 亜人種(ハーフエルフ)のように見える、虹彩異色(オッドアイ)の瞳さえなければ――。


(でも、選ばなかった)


 選べなかったのではなく、選ばなかったのだ。

 選べないから選ばなかったのではなく、(はな)から考えもしなかった。

 たとえ虹彩異色(オッドアイ)亜人種(ハーフエルフ)もどきでも、後ろ盾が伯爵家であることは間違いないのだ。本当に後援者(パトロン)が欲しければ、やり方はいくらでもある。


 自分に、伯爵家の娘であるということ以外に価値がないことを認められたなら――。

 お継母(かあ)様から命を狙われていなかったら――。

 属性魔法が使えないというだけで、人権を認められないような扱いを受けることを、容認できたなら――。


(わたしはどれも嫌だった)


 他人の顔色をうかがって、誰かに媚びて命をつなぐくらいなら、全力で(あらが)おうと思ったのだ

 その結果、荒野で野垂れ死ぬのだとしても。

誇りと自尊心(プライド)だけは売らない)


 そう思って生きてきたのに、今は愛想笑いをして酌婦の真似事だ。

 酒場で酌をする女性も、パーティー会場で媚びを売る令嬢も、やっていることは同じである。

 社交場と身分が違うだけだ。


(そういうのが嫌で、冒険者の道を選んだはずだったのに――)


 内心、どんよりと自己嫌悪に陥っていることを気づかれないように、傍らのレッドのことを考えて、無理やり気持ちを切り替えた。

(とにかく、レッドが回復するまでは……)

 そしてレッドが元気になったら、一緒にお祖父様のところに行こう。

 辺境まで、また一緒に旅を続けよう。

 そんな決意に呼応したのか、レッドがうなされながら目を覚ました。

 かすれた声で、わたしを呼んだ。

ここまでお読みくださってありがとうございます。

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