35.魔法使いと猫/クロス視点
「うわごとだったのかよ……」
リオンが呟いた。
「すまん。体調が悪かったんだろうに、全然気づいてやれなかった」
リオンの馬に乗っていた少年が、意識を失って落馬した。
慌てて馬を止めて、少年の様子を見に降りるが、オレの後ろに乗っていた少女は、馬が完全に止まるのも待たずに飛び降りて、倒れている少年に駆け寄った。
「おい、危ない。勝手に降りるな」
足元だってろくに見えていないくせに――いや、あれは見えているのか。
とっくに日は暮れた。ここは森の中で、月明かりもほとんど届かない。光源はオレの光魔法だけのはずだった。
だが少女は、夜の闇に躊躇することもなく、駆け戻って従者の少年を抱き起こそうとした。
オレは光魔法で作り出した光球を手元に呼び寄せ、自分たちの周囲に灯りを集中させた。
これでは、魔物のいい標的だ。光を恐れないどころか、光に吸い寄せられる種類の魔物もいるのだから。
「レッド!」
アリアと名乗った少女は、少年の傍らに跪き名を呼び続ける。
「待て、あまり動かすな」
仕方がないので様子を見てやると――まったく、こういう貧乏くじはいつもオレだ――少年の体温が異常に高い。人間なら普通に熱が高い、と言い切るところだが、生憎、猫族獣人の平熱を知らない。
種族特性として、普段から体温が高めなのではないかと推測するが、人間と比べて判断が難しい。
すると、傍でアリアが治癒魔法をかけると言って、魔力を練り始めた。
「治癒魔法をかければ、きっとよくなるわ……」
そう言いながらも手が震えている。
オレは少女の肩に手をやって止めた。
「やめておけ。これ以上、治癒魔法を使うな」
馬上で聞いた話によると、途中でずいぶんな無茶をしたらしい。
乗っていた馬車が盗賊に襲われ、乗客の大半が犠牲になったのだという。普通ならまとめて殺されていたところだが、アリアには獣人族の従者――レッドがいたため、彼に守られながら他の乗客たちとは別に逃げることができた。
少年はアリアを守って怪我をし、その度に治癒魔法を使って治しながらここまで来たのだろう。
それなら話が通らなくもない。
沼蜥蜴と交戦して死んだ冒険者たちは、馬車の護衛だったのだろう。不利な状況でも逃げなかったのは、乗客たちを守るためだ。
だが、護衛の主力が離れた隙に、馬車は盗賊に襲われてしまった。
(十中八九、陽動だろうな)
たかが盗賊に、沼蜥蜴を使役できる術者がいるとは思えないが……。
「ここに来るまで、何回くらいこいつに治癒魔法をかけた?」
「……」
「覚えてないわけないよな」
この娘は、予想以上に高い魔法知識を持っている。
魔力残量の把握のため、使った魔法の種類と回数を数えていないはずがない。
アリアは、俯いたまま首を振った。
「本当に覚えてないの……。十三回目までは数えていたけれど……。たぶん、その倍以上はかけてると思う……。上級と最上級を含めて」
さすがのオレも、ため息しか出なかった。
「わかった。なら、もう絶対、自然回復するまで治癒魔法はかけるな。これ以上、こいつに魔力を流し込めば、最悪、魔素中毒で死ぬぞ」
「!」
顔を上げた少女の目は――左右の色が違って見えた。光の加減かもしれないが、まるでハーフエルフのような虹彩だ。
やめろ。そんな顔をしてこっちを見るな。
魔力中毒に治療法はない。自然に過剰な魔力が抜けるか馴染むかするのを待つしかないんだ。
「とにかく、早く村に行って、ちゃんとした場所で休ませるしかない。――リオン、そいつを前に乗せてやれ。オレは、こいつを抱えて走る」
「ああ」
意識の無い奴は、前に乗せて抱えるしかない。馬に乗り慣れない女も同様だ。後ろに乗せていたら、早駆けした瞬間に振り落とされるだろう。
アリアに拒否権はない。
言葉を紡ぐ間も与えず、オレは自分の馬にアリアを乗せた。さっきまでと同じ横乗りの体勢だが、今度は自発的に掴まっていてもらうだけでは不安である。片手で抱き寄せ、体が密着するまで抱き締めてから馬を飛ばした。
「喋るなよ。舌を噛むぞ。――どこでもいい、しっかりつかまっていろ」
慣れた奴なら馬のたてがみにでも掴まらせておくが、女と子供は仕方がない。
仕方がないんだ。
「邪魔だ。頭も下げてろ」
アリアがきゅっと身を縮めて、オレの胸元に擦り寄った。
光魔法の光球を整列させ直し、道の両脇を真っ直ぐに照らす。ついでに光球自体もいくつか追加してやった。
これで日中とほぼ同じ速度で走れるだろう。
途中で何体かのはぐれウルフを跳ね飛ばしたが、無視して駆け抜けた。
横のリオンを見ると、同じような体勢で猫族の少年を抱えて走っていたが、どことなく不満そうだった。
「どうせ抱えるなら、俺、アリアちゃんがよかったー!」
「言うと思ったよ」
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