193.エルフになりたい④断り切れない
わたしの両手を握っていたクロスの手に、力が込められた。
「言ったな」
「あ、うん……。全てが解決したら……ね」
「言質は取ったからな」
クロスはわたしという人材を諦めるつもりはないらしい。
今度こそ断り切れなかったわたしは、曖昧に肯定の返事をした。
アルトお兄様には、心配をかけたくない。
どこかの集落で田舎暮らしをするよりも、アレスニーアの魔法学園に通っているほうが、お兄様が安心するというなら、そうしてもいい。
もし、魔法学園でハーフエルフということで迫害されても、わたしさえ黙っていれば丸く収まる。
亜人種の妹がいるという事実は、お兄様の足枷になってしまうから、実家に戻るという選択肢だけはない。
(できたら、辺境まで行って色々なことが解決するころには、今日の話を忘れてくれるといいのだけれど……)
解決のために助力してもらっておいて、約束を反故にするのは気が引けるけれど、言い出した側が忘れていたせいで編入話が流れたとなれば、わたしに責任はない。
もしくは、お祖父様の介護があるからと言って編入を辞退しよう。
お祖母様がエルフだったというのなら、ハーフエルフのわたしもお屋敷に置いてもらえるかもしれない。
(……うん。きっと、大丈夫)
問題は、いつになったらレッドを奴隷身分から解放してあげられるか──ということだ。
成り行きで王都から連れ出してしまったけれど、次の契約更新の時期がきたら、また奴隷商会に契約料を支払いに行って、契約更新をしなければならない。
契約の更新手続きや支払いは王都以外の支店でもできるから、辺境に行った後でも、近くの町で済ませられる。契約更新の時期が来たら、再び王都まで戻らなければならない、ということはない。
(それは心配いらないのだけれど……)
旅の途中、不慮の事故でわたしが死んでしまった場合、残されたレッドは奴隷商会に連れ戻されることになる。
契約奴隷としては普通のことだ──むしろ、一般的な奴隷とはそういうものだ──けれど、わたしはレッドが商会に戻らなくて済むようにしておきたい。
基本、奴隷は使い捨てだ。
契約している奴隷が死んでも、少額の補償料だけで済んでしまう。
もしくは、使えない、態度が悪いなどと難癖をつけて、期間満了を待たずに契約を打ち切ることもある。
かつて、レッドがされた仕打ちは後者だった。
用が済んだら、怪我を理由に契約を切られたのだ。
盗賊たちは、ダンジョンで盗掘するときにだけ、レッドのような奴隷冒険者と契約し、仲間に入れる。
獣人奴隷ならば、普通に人間の仲間を募るよりも安上がりであるし、戦闘中に死んだとしても後腐れがない。遠慮なく囮に使うこともできる。
そして目的のダンジョン探索が終わったら、負傷して使えなくなった奴隷は不要だとして打ち棄てるのだ。
しかし、契約を切られて放り出された奴隷は、商会に帰ったところで、すぐに次の主人が見つかるわけでもない。
それどころか、契約期間の途中で商会に戻されるような奴隷は、役立たずとして評定を下げられる。
契約奴隷は、契約した人間に商会へ金を落としてもらうために働き、気に入られることが仕事なのだ。すぐに突き返されるような者は商会に利益をもたらさないため、最後には在庫処分が待っている。
評定が一定のラインより下がった者は格下げされ、買い切り奴隷として市場で投げ売りされることになる。
奴隷たちが恐れるのは、この格下げと、投げ売りなのだ。
商会に所属していれば、ある程度は商会が守ってくれる。
ブラックリストに載っているような変態や、大きめの生き餌が必要な何かを飼育している者、大量の生贄を求める宗教団体、魔法や錬金術の実験を目的とした購入者などは、あらかじめ商会が選別しているのだ。極端に問題のある人間に買われることはない。
最低限の尊厳や、生命くらいは保証される。
(レッドの話では、その“最低限”がどの辺りを指すのかまではわからなかったけれど……)
が、一括購入を前提として投げ売りされるということは、完全に商会の管理を離れることになるため、どこでどんな目に遭っていようと誰も関知しない。
買い上げられた後、一切の消息が途絶えた者などザラにいるらしい。
(今思うと、よく門前払いにされなかったものよね……)
後でレッドから商会のシステムを聞いて、自分でも感心したのを覚えている。
レッドを連れて契約の書き換えを要求しに行ったのは、わたしではなく“アイリス”なのだ。
(正確には、装身魔法で姿を変えたわたしだけれど)
とにかく“アイリス”は悪評が高かった。
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