165.村の子供たち/レッド視点
応接室から出ても、行くところなんてなかった。
ここは亜人種──主に獣人族が住まう集落だけど、オレには縁のない場所だ。
(この村の住人には、みんな家族がいる)
オレは猫族だから、猫の獣耳と尻尾がある。
やろうと思えば半獣化して、本物の猫のように爪を伸ばして戦うこともできる。
村の中を歩いていても、特に視線を集めることはなかった。
せいぜい“知らない顔だけど、旅人だろうか”と思われる程度だ。
門番が許可して中に入れている獣人族だから、警戒の対象にはされていないようだ。
「あっ、ぼうけんしゃのお兄ちゃんだ!」
「さっきやくばにいたよね?」「ヒト族と旅してるのー?」
「人間ってこわくないの??」
ぶらぶらしていると子供たちに見つかって、口々に喋りかけられた。
わらわらと集まってきた子供たちは、全員が無邪気な顔をしてオレを取り囲む。
全員が四、五歳の獣人族の子供だ。
これだけの同族の子供たちを見るのは、奴隷商会で暮らしていたとき以来だ。
あそこの子供たちは、全員もっと切羽詰まった顔をしていて、無邪気に笑ったりなんかしない。
奴隷落ちした者たちが集められている宿舎では、大声で騒いで走り回ったりしていれば、機嫌の悪い先輩奴隷からぶん殴られる。
契約先でも似たようなものだ。
気配を消して、静かに、小さく、目立たないようにしていなければならない。
奴隷は道具や調度品と同じなのだから、主人の邪魔になってはならないのだ。
言われたことをやって、言われないこともやって、命令には絶対服従。
気を利かせたつもりで命じられたこと以外をやれば、余計なことをするなと殴られて、やらなければ気が利かない奴だと殴られる。
これだから畜生は、と唾を吐かれることなんか日常茶飯事だ。
子供らしく遊んでいられる時間なんてない。
時間があったら、少しでも食べられる物を探さないと、すぐに空腹で動けなくなる。
外から来た旅人が珍しいのだろう。
冒険者なの? 今までどんなところを旅してきたの? と目を輝かせて質問してくる子供たちを、オレは邪険にすることができなかった。
「オレは冒険者だけど、奴隷だよ」
契約の首輪を示しながら言う。
「あじんしゅ狩りにつかまったのー?」
「知らねえ。生まれも育ちも奴隷商会だからな」
「どれーしょーかい?」
目を丸くする子供に説明してやる。
親からは“一人で村の外に出ると、怖い亜人種狩りに捕まるぞ”と脅されていても、捕まったらどこに連れて行かれるかまでは知らされていないのだ。
「亜人種狩りにあって、捕まった獣人が集められる場所だ。そこで厳しく躾られてから、契約先に売られるんだ」
子供たちは互いに顔を見合わせて、少し怯えた仕草を見せた。種族ごとの獣耳が、それぞれ思い思いの方向に動く。
「そこでは獣人奴隷は家畜と同じだ。売られていく牛や馬を想像しろ。その先の運命も、だいたい同じだ」
などと喋っていると、やはりリオンがやって来た。
道の真ん中で、輪になって立ち話をしているんだ。すぐに見つかる。
「人間だー!」
「ヒト族だー!」
そう言って子供たちは、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
「レッドは子供に人気があるんだな」
「小さいのの面倒を見るのは慣れてる」
奴隷商会では、それが仕事の一つでもあった。
「そうか。俺はこれから、捕まったという亜人種狩りの顔を拝みに行くんだけど、一緒に来るかい?」
「……」
すぐ戻ると言った手前、このまま付いて行っていいものかどうか、一瞬悩む。
「アリアちゃんなら、クロスが一緒だから心配ないよ」
そう言われて、俺はリオンと一緒に外に向かうことにした。
道すがら、リオンと話をした。
「あの態度は良くなかったね。奴隷としても従者としても、許される態度じゃないよ」
そう言われると思っていたから、言い返しはしない。何も言い返せなかった。
「そもそも身分に関係なく、一人の男としても、女の子に対してあの態度はどうかと思うよ」
「……わかってる」
「アリアちゃんは君に甘いから、あれだけの反論で済ませたけど、本来なら」
「わかってるって!」
オレはリオンの言葉に、とっさに被せ気味に返した。
自分が悪いことはわかっている。
あんな態度を取るべきでなかったことも、わかっている。
今までなら──盗賊ギルドに使われてたころなら、絶対に取らなかった。たかが他人の身の上話に、感情的になることなんてなかった。
(アリアが悪いんだ)
アリアが、オレを対等な存在みたいに扱うから。
獣人奴隷は“従者”にはなれない。“従者”や“従僕”ていうのは人間がなるものだから、獣人がその職に付くことは一生ない。
それなのに、オレを“従者”として普通の人間みたいに扱おうとするから。
(──ずっと、自分が奴隷身分であることを忘れていた)
タメ口をきいても許される関係になれたのだと、誤解していた。
子供たちに問われて、本当は自分が奴隷であることを思い知った。
どういう呼び方をされても、契約の首輪がある限りオレは奴隷の身分のままなのだ。
アリアがオレを甘やかすから、つい、そのことを忘れそうになる。
「しっかり謝ったら、アリアちゃんなら許してくれるよ」
リオンはそう言ったけど、オレには信じられなかった。
オレは、否定するように何度か首を振った。
「駄目だ。きっと嫌われた」
それを聞いたリオンはおかしそうに笑った。
「嫌う? アリアちゃんが、君を?」
「何がおかしいんだよ」
「だって、あり得ないだろ!」
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