164.言い争い
「──というわけで、シアンのことはずっと気になっていたから、会えたら嬉しいわ!」
わたしは、ダンジョンでの出来事をかいつまんで話した。
ダンジョンは今でも苦手だけれど、ノアさん、ジャックさん、シアンと過ごした時間は、わたしの貴重な経験であり財産でもある。
重傷だった獣人族の二人を全快させて感謝されたことと、シアンの長耳を元通りに治してあげられたことは、今でもわたしの誇りなのだ。
属性魔法が使えないことと治癒魔法しか使えないことで、何度も蔑まれてきたけれど、治癒魔法に特化していたことが、ダンジョン脱出の決め手になったことも確かだった。
途中で出会ったベテラン戦士二人を回復させられなければ、わたしだけではダンジョン脱出は不可能だった。
シアンが泣いて喜んでくれたことは、引け目に感じていた治癒魔法を、再び尊いものとして認識させてくれた。
少しだけ、自分のことを肯定できるようになったのだ。
追放同然の旅路なのに、途中で知り合いのいる村に立ち寄れるなんて、なんて幸運なのだろう──と喜びを噛みしめていたら、突然レッドがテーブルを叩いて声を荒げた。
「だからバカだって言ってんだよ! アリアみたいな鈍くさい女が一人で冒険者なんかやってたら、騙されるに決まってるだろ!!」
「!?」
「バカだとは思ってたけど、死にかけといて、へらへら思い出話かよ!」
猛然とレッドに怒られた。なぜだか、さっきからレッドの機嫌がものすごく悪い。
口が悪いのはいつものことだけれど、ここまで声を荒げて怒られる覚えはない。
今までになかったことなので、一瞬、驚いて唖然としてしまった。
従者に叱られる主人など、またクロスに笑われてしまう。リオンにも従者の躾がなっていない、と呆れられてしまうかもしれない。
「レッドにそこまで言われる筋合いはないわ。わたしが馬鹿で騙されやすいのは事実だけれど、ダンジョンで死にかけたことで、何かあなたに迷惑をかけた?」
「……っ!」
今度、息を呑むのはレッドの番だった。
「だいたい、レッドに出会う前の話よ。今のあなたには関係ないわ。他に気に入らないことがあるなら、はっきり言ってちょうだい」
「……」
レッドは、何か言いたそうに口を動かしかけたけれど、結局、何も言わず黙り込んでしまった。
テーブルを叩いた拳が、今も固く握り締められている。
「レッド?」
せめて、怒っている理由をちゃんと教えて欲しい。察するのにも限界がある。
がた、とレッドが立ち上がった。
「オレ……ちょっと外の様子を見に行ってくる。リオンとクロスがいるから、アリアは一人でも平気だよな」
「う……うん」
「すぐ戻るから」
うん、と返事をするしかなかった。
レッドは理由を言わないまま、さっと部屋を出て行ってしまった。
(どこに行くんだろう?)
そのレッドを追うように、リオンが席を立った。
「俺もちょっと、捕まったという亜人種狩りを見に行ってくるよ。クロスはここにいてくれ」
「ああ」
相変わらず書写を続けているクロスが、短く応えた。
顔も上げずに返事をするクロスだったけれど、慣れているのかリオンは気に止める様子もない。
レッドと違って、リオンは静かに部屋を後にした。
切りの良いところまで書き写し終わったのか、
「気にするな。レッドは子供なだけ、リオンのはレッドを追いかける口実だ」
「……」
「何だ?」
「クロスは、どうしてレッドが怒っていたか、知っているの?」
落ち着き払っている様子から、そう感じた。
クロスは少しの間を置いて、言葉を選ぶようにして応えた。
「宿で鑑定魔法を使ったときのことを覚えているか?」
「レッドとわたしを鑑定したときの、あれよね?」
「アリアの鑑定結果が出た後、俺が色々言っただろう」
実はあのときのことは、あまり詳しく覚えていない。
泣いて、泣いて、頭に血が上っていたからだろう。
「レッドが腹を立てているのは、あれと同じ原理だ。アリアが気にする必要はない」
「……わたしのせい、ってこと?」
「そうとも言えるし、そうでないとも言える」
「よくわからないわ」
「いいんじゃないか? 今すぐ理解できなくとも」
「レッドと仲違いしたままなのは嫌よ」
「あとは自分で考えろ。何でも人に聞こうとするな。弟子として失格だぞ」
「仮初めの弟子だもの」
「なら、仮初めの師匠なんかに教えを請うな」
売り言葉に買い言葉のようだけれど、これで一応、軽口なのだ。それは話していれば感覚でわかる。
けれど、いくら考えてもレッドの真意はわかりそうになかった。
ここまでお読みくださってありがとうございます。
よろしければ、下の方の☆☆☆☆☆☆を使った評価や、ブックマークをしていただけると嬉しいです。




