158.集落の中
「野営のことだが、天幕の設営をする必要はないぞ」
イザークさんが言った。
「ああ。族長の恩人たる嬢ちゃんは、集落の宿へ招待する。もちろん、仲間たちもな」
たとえヒト族であろうとも、とイザークさんが付け加え、茶耳さんが肯定した。
「そんなに簡単に信用していいのかい?」
むしろ驚いたのはこちらであり、リオンが不思議そうに問い返した。
「族長らがダンジョンでハーフエルフの嬢ちゃんに助けられたのは、後にも先にもその一度だけと聞く。そのとき、一緒だった真正エルフの子供だが」
「この村にシアンがいるの!?」
“助けた”のではなく、こちらが“助けられた”のだと訂正したかったのだけれど、イザークさんの言葉にうっかり反応してしまった。
「ほらな。やっぱり彼女で合ってる」
大正解、とばかりにイザークさんと茶耳さんがサムズアップを交わしていた。
「期待させて悪いが、この村にはいない。族長が連れてきた後、すぐにエルフの集落に引き取られた」
「この村には、まともに魔法を教えられる者がいないからな。だが、伝言を預かっている」
「伝言も含めて、詳しいことは中で話す。ぜひ入ってくれ」
あまりの態度の変わりように、わたしたちは顔を見合わせながら、門番さんたちの後に続いた。
集落の中へ入ると、人間だということで注目され、道行く人々には二度見された。
遠巻きに、なぜヒト族が集落内を歩いているのかと囁かれ、嫌悪感を向けられる。中には、案内してくれている門番さんたちを掴まえて、なぜ人間を中に入れたのかと問い詰める者もいた。
「毎度のことながら、こういう反応は結構キツいね」
リオンが言う。
「前にも来たことがあるの?」
「この村ではないけど、兄貴の遣いで獣人集落を訪れたことはあるよ」
「だから、野営広場を使わせてもらうのに対価が必要だって知っていたのね」
「対価は絶対に必要なわけではないけど、他人の家の軒先を借りるようなものだから、最低限の礼儀は必要だろ? 無用な衝突を避けるための、知恵でもあるかな」
「対価を用意できない場合はどうするの?」
わたしたちは幸い、索敵に長けたレッドがいたから簡単に狩りをすることができたけれど、誰でも上手に狩りができるわけではないだろう。
何も獲れないこともあるだろうし、長旅で物資や路銀が尽きかけていることもあるはずだ。
「そういう場合は、集落から離れた場所で普通に野宿だね。俺たちの場合は、クロスが魔物避けの結界を張ってくれるから、広場でなくても安全に野宿ができるけど、クロスの魔力を削りたくないから、なるべく避けるようにしているんだ」
*
集落の中の、役場と思われる建物に案内され、応接室らしき部屋に通される。
〜と思われる、〜らしきと曖昧なのは、知っている役場や応接室のイメージと、だいぶかけ離れていたから仕方がない。
ギルドの雰囲気とも違う。
どう見ても、ちょっと大きな農民の家である。
室内もローテーブルやソファーではなく、シンプルな木製のダイニングテーブルが置いてあり、それぞれのイスには手作りクッションが据え付けてあった。
(たぶん、このテーブルとイスも手作りよね……)
王都の家具店が扱っている品とは、様子が違う。
王都のお店に置いてある家具は、平民向けでもそれなりに装飾が施されている。
裕福な商人や貴族が好むような品とは一線を画するけれど、もっと濃いニスがかかっていて艶があるものや、デザイン性に富んだものが多い。
それらに比べると、こちらのテーブルとイスは、ずっと簡素な作りだった。
クッション以外にも、レースの花瓶敷きや複雑なパッチワークのタペストリー、明るい色柄のカーテンなど、部屋のファブリック類は一見して手作りとわかる。
どれも花や動物をモチーフにした細かい刺繍が施してあり、趣味の作品というには、かなり手が込んでいた。
貴族の女性が嗜みとして学ぶ刺繍とは違って、意匠の繊細さには欠けるけれど、素朴な温かみを感じた。
「イザーク、茶でも出してやれ。おれは一っ走り家まで行って、女房に歓迎の支度をするよう伝えてくる。近所の連中にも触れ回ってくるから、ちっと遅くなる。あとは頼んだぞ」
茶耳さんが、くれぐれも失礼のないようにと念を押し、イザークさんを置いて出て行った。
「慌ただしくてすまない。今、茶を淹れてくるから楽にしていてくれ」
イザークさんが、しっかりと頭を下げながら言う。
最初に会ったときの、融通が利かなさそうな印象と違い、ただの礼儀正しい人になった。
やはり生真面目なのだろう。
わたしたちは思い思いに席に着くと、イザークさんが戻ってくるのを待った。
六人掛けのテーブルで、上座も下座もないような狭い部屋だけれど、自然とリオンがお誕生日席に着き、リオンの左斜め横にクロスが座った。
なので、わたしはその向かいに。
そして、わたしの右隣にレッドが座った。
今でこそ、こうして主人であるわたしと同じように席に着いてくれるけれど、最初の頃は奴隷風情が席に着くことはできないと、頑なに同席を拒否されていた。
奴隷は、ギルドや各パーティーの拠点でも、主人である人間たちと同席することはできない。
厨房で賄いをもらって別の部屋で食べるか、床か、給仕をしながら立ったまま食べるしかないのだという。
悲しかったので、わたしは最初の命令として同席を指示した。
そんなに昔の話ではないけれど、今では懐かしい思い出でもある。
(だって、誰もいない場所で一人ぼっちで食べるより、みんながいる場所で一人だけ離れて食事させられるほうが、辛くて悲しいことは知っているもの……)
ちなみに、庶民の間では上座の砕けた言い方をお誕生日席と言う。
席に着いていると、リオンの背後の窓から獣人の子供たちが数人、遠慮がちに顔をのぞかせていた。
人間が珍しくて見に来たのだろう。
レッドが子供たちに向かって手を振るから、わたしも真似して手を振ってみた。
子供たちは互いにひそひそと何か話していたけれど、目が合った手前の子が大きく手を振り返してくれた。
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