147.世間知らず
「今から狩りをするの?」
食材は、村で十分に購入したはずだ。
わたしの疑問を察して、リオンが言葉を継ぐ。
「この辺りの集落では、貨幣より獲物のほうが喜ばれるんだ。主に物々交換で成り立っているからね」
ああ、そうか。貨幣制度が発達していないという意味だ。
王都の外に出るということは、そういう事態も考えておかなければならなかったのだ。
わたしは改めて、自分が世間知らずであることを認識した。
確かに、今まで読んだ本には、物々交換が主流の地域もあると書かれていた。
けれど、知識として知っていることと、実際にその知識を活用して必要な準備ができるかどうかは別だ。
(まあ、わたしは“貨幣”も交換できそうな品物も、たいして持ち合わせてはいないのだけれど)
単純に、わたしが旅慣れていないということもある。
ここに来るまでも、馬車の乗り継ぎ方や宿の取り方、安く食事できる場所の探し方や、安全な野宿の仕方など、レッドがいなければ困っていただろうことが、たくさんあった。
わたしは貴族令嬢としては底辺を経験して、世の中を知っているほうだとは思っていたけれど、それでも王都近郊で暮らす平民の娘くらいの知識しかない。
平民の娘なら、乗り合い馬車で近くの村や町まで、お遣いや出稼ぎに赴くこともある。
けれど、平原を横切って旅することはない。
“世間知らずのお嬢様”ではないとは言い切れても、決して世間を知っているとは言えなかった。
冒険者カードは持っているけれど、日帰りできる程度の野山に採取に行ったことしかない。
遠出したことがないために、普通の冒険者がどのように旅をするものなのか、実際のところはよく知らない。
想像できるのは、馬車で移動できる範囲の村や町を訪れる場合や、街道を往き来している商人たちがどのように旅をするか、くらいのものだった。
実際には、辺境まで旅するということがどういうことか、何もわかっていなかったのだ。
「狩った獲物を宿代の代わりに提供するということね?」
「うん。ツノウサギとかキバウサギとか、小さい魔物でいいから少し捕まえたい」
「わかったわ」
レッドを貸すということは、わたしが自分の宿代のために、自分の所有物を提供するということになるだろう。
「ありがとう」
リオンが笑顔でお礼を言ってくれた。
──これは重要なことだった。
世の中には“自分の物は自分の物、仲間の物も自分の物”くらいに思っている冒険者がごろごろいる。
魔力回復薬のこともそうだけれど、個人と仲間との境界線が、悪い意味で曖昧になっている冒険者が多い。
仲間同士の助け合いと、馴れ合いの区別が付かなくなっている者が大半なのだ。
だからパーティーに入れば、アイテムの共有が半ば当たり前のように行われる。
この場合なら、わたしの所有物である従者は、パーティーで共有の奴隷として扱われても不思議ではなかった。
貴族間では、従者の貸し借りには一応のルールがあるけれど、冒険者の間ではその限りではない。
貴族が冒険者の中に紛れていることは少ないため、主人と従者という関係性よりも、主人と所有物という関係性のほうが優先されるためだ。
従者ならば人間だから、それぞれの意見を尊重する必要がある。
が、所有物扱いである奴隷についてはその限りではない。
誰も“物”に意見を求めはしない。
意見する権利があるのは所有者である主人だけだけれど、それも冒険者同士の馴れ合いで曖昧になってしまっている。
きっぱりと貸し借りを断れるのは、馴れ合いを拒否するソロ冒険者の中でも、レベルの高い人たちだけだろう。
貸し借りをする必要があるということは、自己管理ができない半人前なのだ。ソロで活動できるほどのレベルなら、馴れ合いパーティーとは最初から関わりたがらない。
足りなくなったら借りればいい。後で返せばいい。
そういう考え方は誉められたものではないと、ある尊敬できる冒険者たちは言っていた。
彼らはわたしの命の恩人でもあり、信頼できる獣人だった。
何度、彼らのような頼りになる大人が父親だったらよかったのに、と思ったか知れない。
「こちらこそ、お礼を言わなくちゃならないわ。わたしの従者に配慮してくれて、ありがとう」
「どうってことないよ。正しい主従の在り方をしているなら、尊重するのが当然だからね」
そういう気持ちを、冒険者として大平原を疾走していながらも、持ち続けていられるリオンが素晴らしいのだ。
貴族にも平民冒険者にも、当たり前のことが当たり前にできない人間は多い。
その点、リオンは貴族としても冒険者としても、信頼できた。
「ところで、クロスはどうしたの?」
いつもなら、魔法で颯爽と解決しているだろうに、姿が見えない。
だからこそ、リオンもレッドの力を借りに来たのだろうけれど。
「あー……クロスは今ちょっと……」
リオンが明後日の方向を向いて、とぼけようとした。
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