143.恋人つなぎと常時接続
「ごめんなさい、わたしのせいね。一掃したらいいなんて、馬鹿なことを言ったから……」
クロスが怪我をしたのは私のせいだ。杖まで折れてしまって、取り返しのつかないことになった。
結局、いつもわたしは役立たずなのだ。
潤沢な魔力があって、それを渡すことができても、迷惑ばかりかけている。
「アリアは何も悪くない」
クロスは土魔法での攻防を止めずに言った。
片手間に、喋りながら魔法を使えるだけでも凄いことなのに、クロスがやると普通に見えるから恐ろしい。
一般的な魔法使いは、杖が折れれば戦闘不能に陥るし、呪文の詠唱が必要だから、喋りながら魔法を使うことはできない。
ベテラン冒険者の中に、たまに短縮詠唱を使いこなす魔法使いがいる程度なのだ。無詠唱で魔法を行使できる者は、市井にはいない。
「移譲された魔力が想定より多くて、調子に乗ったオレ自身の責任だ。──いいからアリアとレッドは、リオンと一緒に礫弾魔法の射程の外まで退避しろ」
「でも!」
本来は後衛であるべき魔法使いを、一人だけ矢面に立たせるわけにはいかない。
たとえ本人がそうしろと言ったのだとしても、勝算があるからだとしても、リオンも納得尽くの作戦だとしても。
わたしが嫌だ。
信頼するとかしないとかじゃ、ない。
リオンは、クロスならこの程度は切り抜けられると信じているから、退避しろと言われれば同意するだろう。
信頼している仲間であり、相棒だから。
でも、わたしは違う。
信頼していないければ、波風を立てないことを最優先に考える。後で言い掛かりをつけられないようにと、黙って指示に従っただろう。
少なくとも、今まではそうしてきた。
ゲストとしてパーティーに入れてもらっている身では、出しゃばったことはできない。
たとえ、戦闘終了間際にパーティーから外され、経験値の分配を受けられないように采配されたとしても、文句は言えない。
(本当の仲間ではないから)
わたしが、十分に属性魔法を使える普通の魔法使いであれば、もっと言い分を通せたかもしれないけれど、治癒魔法しか使えない出来損ないの身では、臨時の数合わせとはいえ、パーティーに入れてもらえただけで感謝しなければならないのだ。
(仲間でなければ、彼の判断を優先する)
なぜなら、わたしと違って属性魔法を使いこなせる立派な魔法使いの判断なのだから。
半人前が口を出すような場面ではない。
──と、今までなら思っていただろう。
でも、わたしはクロスのことを仲間だと思ってしまった。
リオンのことは、信頼できるリーダーだと思っている。
リーダーでなくても、人として信じられると思っている。
クロスは旅の間だけとはいえ、師匠となってくれる貴重な人だ。
信じないでいられるはずがない。
(だから、わたしは彼を一人にはしない)
自分がされて嫌だったことを、他人にするべきではない。仲間なら、なおさら。
それをするなら、わたしは過去にわたしを邪険に扱った冒険者たちと同じになってしまう。
「ゴーレムを使うなら、いい方法があるわ」
言ってわたしは、再びクロスの手を握った。
繋がるクロスの右手と、わたしの左手。
今度は、指を絡めてしっかり握る。
世間では“恋人つなぎ”と呼ばれている握り方だけれど、細かいことを気にしている場合ではない。
わたしは空いている右手で宙に魔力移譲の魔法陣──を少しアレンジしたものを描いた。
今は手のつなぎ方より、魔力供給を途切れさせないことが最優先だ。
隣でそれを見ていたクロスが、ぎょっと驚いた顔をしていた。
それは驚くだろう。
わたしが描いた魔法陣には、移譲する魔力量を定めるストッパーが描き込まれていない。
つまり、わたしからクロスへ流れる魔力の量は無制限となる。
受け取る側の魔力が満タンになるまで、流れ続ける仕組みである。
普通の人間がやったら、数秒で魔力枯渇に陥って死亡する。
魔力移譲の術式が古代魔法語で書かれているからこそ、できる芸当だ。
これが現代魔法語だったなら、瞬時に読み解いて書き換えるなんてことはできない。
(今が、右目の使いどころよね)
東大陸の魔法言語は読み解けないけれど、こちらの大陸の古代言語なら、恩寵の右目を通せば理解できる。
確かに、わたしは魔法使いとしては半人前かもしれない。どんなに治癒魔法が得意でも、一つも属性魔法が使えない魔法使いなど、パーティーで邪険にされても仕方がない。
でも、わたしにだって言い分はある。
(無属性魔法なら、失敗したことはない──!)
自慢できるほどではないけれど、それは純然たる事実なのだ。
「駄目だ、アリア。その術式は危険すぎる。師として看過できない」
「正式な師弟関係ではないのだから、その台詞は無効よ」
「我が儘を言うな」
振り払おうとするクロスの手を、わたしはさらに強く握りしめた。
「回復役なしで戦おうなんて、そっちのほうがよっぽど非常識よ」
たとえ邪魔になっても、傍を離れるつもりはなかった。
レッドを呼んで指示を出す。
「レッド、わたしとクロスの手のひらが離れないように、ハンカチで縛ってちょうだい」
わたしは、右のポケットから取り出したハンカチをレッドに託した。
返しそびれていたクロスのハンカチだ。大判の男物だから、十分に役に立つ。
レッドは一瞬、ためらう素振りを見せたけれど、すぐに指示通り、ハンカチでわたしたちの手を包み込んだ。
「常時接続よ。これで、さっきみたいに吹っ飛ばされても、魔力供給が途切れることはないわ。ゴーレムが制御を失うこともない」
手が繋がっている間は、クロスはわたしの魔力を自由に使うことができる。
魔法使いの杖を折ったのだ。これくらいの誠意は見せて当然だろう。
話している間にも、わたしの魔力は徐々にクロスのほうへと流れていっている。
土魔法の槍の本数が増え、魔法結界は強度を増す。
クロスの体内に流れ込んだわたしの魔力は、その時点でクロス自身の魔力になるから、無意識に攻防用の魔法に消費されているのだ。
困惑気味のクロスに決意を固めさせたのは、レッドの一言だった。
「アリアなら大丈夫だ。たかが土魔法だろ。オレに掛け続けた治癒魔法の量に比べたら、全然少ない」
「二十回くらいは余裕と言っていたのは、嘘だったのか……」
「ごめんなさい。あのときは、本当のことを言っても信じてもらえないと思って、適当なことを言ったわ」
「オレだって知ってるぜ。ただの攻撃魔法より、手足を再生させるほうが、ずっと多くの魔力が必要だってことくらい」
うん。一般的にはそういうことになっている。
空気中の魔素を集めて魔法を形成するより、人体の欠損した部分に固着させるほうが、凝集が必要な分、魔力を多く使用する。
わたし的には、魔力全体の一割にも満たない程度の増減だから、気にしたことはないけれど。
たぶん、瀕死のドラゴンを蘇らせるくらいのことをしない限り、わたしの魔力は枯渇しないだろう。
「しかも、同時に馬車全体に魔法結界も展開させてたから、どう考えてもアリアの魔力量は常人より多いぜ」
なぜかレッドが自慢気だ。
常軌を逸した真実にクロスがため息をつく。
「わかった。今は世話になるが──アリア、今後は二度とやるなよ。おそらくこの術式は、違法だ」
「この世は欺瞞に満ちているのでしょう? バレなきゃ平気よ」
クロスはまだ、魔法学会に見つかると拙いとか何とか呟いていたけれど、わたしの左手を握りしめる手に力がこもったから、やる気になってくれたようだ。
「レッド、ゴーレムに驚いて馬が逃げないよう、手綱を頼む」
「リョーカイ」
一瞬だけ、魔法結界による防御と、土魔法による攻撃と、ゴーレム召喚の三重展開になる。
次には巨大ゴーレムが、三体、出現した。
平原の土から構築されたのではなく、何もない空間がぽっかりと開いて、そこから唐突に三体現れたのだ。
「作り置きを空間魔法で収納していた」
「それで召喚と言っていたのね……」
「その場で一から作るのと、出来合いを呼ぶのでは、消費魔力が違うからな」
三体のゴーレムが、魔装兵団と交戦を始める。
四人しかいないのに、三体もの巨大ゴーレムと戦う羽目になった魔装兵団の皆さんに、少しだけ同情した。
背後でレッドが「すげー!」「かっけー!」と語彙力皆無の賞賛を繰り返し、リオンは「作り置きって……夕飯のおかずじゃないんだから」と苦笑している。
クロスがちらりとこちらを見た。
目が合った。
「大丈夫か? 枯渇しそうになったら、すぐに接続を切れよ」
心配してくれているのだろうか?
「平気よ。この調子なら、ドラゴンだって召喚できるわ!」
「まったく……。困った弟子だ」
「仮初めの弟子、よ」
「そうだな。──ならば“仮初めの弟子”よ、何か見てみたい魔法はあるか?」
「え?」
「お前の魔力だ。今なら“かりそめの師匠”が、何でも好きな魔法を代行で撃ってやろう」
後ろで、アキヅキに乗って逃走準備を整えたリオンが「即死魔法は駄目だからな!」と叫んでいた。
「師弟ごっこもやめておけ!エリンさんにバレたら殺されるぞ!」
他にも物騒な台詞が聞こえたけれど、気にしている余裕はなかった。
(えっと……急に言われても……)
っていうか、もしかしてこの人、理由をつけて派手な魔法を撃ちたいだけ!?
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