142.攻防③
クロスが土魔法で槍を撃ち出し、相手側が防御する。
相手側──魔装兵団の魔法使いは、防御の合間に礫弾魔法を連射する。
こちら側ではクロスの魔法結界が礫弾を全て弾き、お返しのように礫弾よりも威力のある槍を、倍以上の数で放つ。
けれど魔装兵団側も、広範囲に及ぶ大量のアースランスを、律儀に専衛防御魔法で防いでいる。
一進一退で埒が明かない。
クロスも同じことを思ったようだった。
そもそも、あちらは四人で攻撃と防御を分担しながら凌いでいる。
それに対し、こちらはクロスが一人で四人の魔法使いを相手に、攻撃と防御をこなしているのだ。
(確かに天才と呼ばれるのも納得だけれど……)
そばで見ていても、クロスの魔力がどんどん削られていくのがわかる。明らかに、魔力の陽炎も薄くなってきていた。
「拙いな。向こうの防御が堅すぎて、ほとんど攻撃が通ってない。──クロス、俺が行って少し撹乱してこようか?」
リオンが言った。
「駄目だ。お前が出たら、事態がややこしくなる」
「じゃあオレが!」
レッドが言った。
「初級レベルの攻撃で歯が立つものか」
撹乱だけならできる、とさらに言い募ったレッドだったけれど、一瞬でクロスに却下された。
代わりに協力を要請されたのが、わたしだった。
「アリア、少しの間だけ魔法結界の維持を頼む」
「ええっ!?」
「難しいことはない。火の点いた松明を受け取って掲げるようなものだ」
「無茶言わないでよ! こんな、全く知らない異国の魔法なんか触れないわ」
あくまでも火の点いた松明に例えるなら、どこをどのように持てばいいのかさえ、わからない。
「知らないのか?」
驚いたようにクロスが言う。
「古代魔法語が読めるのに、東大陸の言語は……」
今までびくともしなかった魔法結界に、礫弾の欠片が当たって小さなヒビが入った。
(──なによ、結界が揺らぐほど驚くことじゃないでしょう)
結界の亀裂は、鉤裂きに継ぎ布を当てる要領で、すぐにクロスが修復した。
「読めないわよ。東大陸なんて、神話かおとぎ話にしか出てこない、伝説の大陸でしょう?」
恩寵の右目ではあるけれど、わたしの目はそこまで高性能ではない。
東大陸言語の自動翻訳機能は備わっていないのだ。
見てわかるほど、クロスががっかりしていた。
(期待してくれるのは嬉しいけれど……)
クロスは、わたしのことを買い被り過ぎなのである。
治癒魔法しか使えない役立たず、と罵られていたころに比べれば贅沢な悩みだった。
「これだけやって、風魔法と火魔法が返ってこないところを見ると、向こうには高火力の魔法が使える者は居ないな」
クロスが断言すると、応えてリオンが解説する。
「魔装兵団の所属条件は、盾属性であるか、防御魔法に長けているかのどちらかだ。防御主体の部隊なんだ。攻撃力特化の魔法使いは、特務兵団か魔法騎士隊に配属される」
だから魔装兵団の人員が減ると、王都の防衛力に直接的な影響が出るのだ、とリオン。
妙に詳しいけれど、国防や軍備に関する知識も貴族としての常識の内なのだろうか。
「あれでも彼らは穏健派だよ」
クロスは魔法にしか興味がなさそうだから、知らなくても仕方がないとして、配属の条件なんて、一般的な貴族が知り得るような情報だろうか。
(……知り得るわね。リオンなら、誰とでも仲良くなって聞き出していそう)
リオンには、そういう不思議なところがある。
人好きがするとでも言うのか、好感度が高いとでも言うのか、なぜか邪険にできなくて話を聞いてしまうし、応えてしまう。
(社交的なのは間違いないでしょうけど……)
それだけではない気もする。
リオンの分析によると、敵の攻撃力はさほど高くはない。圧倒的に防御力が高いだけだという。
それを聞いたクロスが言った。
「よし。それなら、このまま押し切る。リオン、討ち漏らしは頼むぞ」
「ああ」
おそらく、次でクロスの魔法は打ち止めだろう。
生命維持や、常時展開している魔法のために、必要最小限の魔力は残しておかなければならないから、もう一度大きな魔法を使えば、それ以降は攻撃に使える余剰魔力がなくなるということだ。
魔法が使えなくなるから、もし倒しきれなかった場合には、リオンに後を頼むという会話だった。
魔力回復薬を使って回復するなら、数秒間とはいえ、その間こちらの攻撃と防御が疎かになる。国防に携わるレベルの魔法使いが、その隙を逃すとは考えられない。
それでも、前衛の厚いパーティーなら持ち堪えられるだろう。
そういう事態のことも考えて、冒険者は五〜六人編成のパーティーを組むのだ。
けれど、わたしたちの場合は、リオン一人に魔装兵四人の相手をさせることになる。クロスの計算だと、レッドは数に入っていない。
それ以前に、単体攻撃が主流の剣士に対して、範囲攻撃ができる魔法使いという組み合わせは、ひどく不利だ。
リオンを死地に放り込むことはできないから、クロスはもう一度大きな攻撃魔法を放ち、決着をつけようという腹なのだろう。
ただし、先の圧縮魔法のようなオーバーキル級の魔法を放ってしまうと、防ぎ切れないと判断されて、また反射される恐れがある。
ぎりぎり通常の防御魔法で受け止められると判断され、なおかつオーバーキルにはならず、追ってこられない程度の戦闘不能に陥るダメージを与えなければならない。
なんというか、肉体的にではなく、精神的にダメージを与えることができたら一番いい。ほどほどの怪我を負って、戦意を喪失してくれたら、お互いに損耗が少なくて済むのだけれど……。
「クロス、次はどうするつもり?」
わたしは何の魔法を使うのかと聞いた。場合によっては、追加で魔力移譲をする必要がある。
「ストーンゴーレムを召喚する。ゴーレムに相手をさせて、その隙にアイテムを使って撤退だ。分が悪過ぎる」
(召喚?)
確かに、この広大な大地で土魔法は有利だ。ストーンゴーレムの材料なら無限にある。ゴーレムが壁になって魔装兵を足止めしてくれるなら、逃げる隙ができる。
それに、ゴーレムは魔法攻撃に耐性を持っていたはず。
でも、わたしが知っているゴーレムは、その場で生成する土人形のことだ。魔力が切れれば動かなくなるし、簡単な命令しか聞かない──はず。“召喚”と呼ぶのもおかしい。
クロスのことだから、わたしが知っているストーンゴーレムとは違うもののことを言っているのかもしれないけれど、どちらでも一つだけ確かなことがある。
生成したゴーレムでも“召喚”した何かでも、術者の魔力が切れれば、そこで制御は途切れてしまう。
動かなくなるか、制御不能になって暴走するか、とにかく拙いことになる。
理論上は、魔力と材料さえあればどんな巨大ゴーレムでも作り出せるし、技量があれば何体でも制御できる。
問題は、今のクロスにそこまでの魔力が残っているのかどうか、ということだった。
圧縮詠唱ではない、普通の攻撃魔法を大量に使ってしまっている。アースランスは特別に燃費の悪い魔法ではないけれど、おそらくクロスは生来からの土属性ではない。
前に、お茶用のお湯を作り出す魔法を見せてくれたときにも、魔力消費が激しいと言っていた。
あれは、混合魔法のことだったのだろう。
怪鳥と戦ったときは、好んで風魔法を使っていたようだったから、本来は風属性なのかもしれない。
混合魔法の魔力消費が激しいのか、風属性以外の魔法の魔力消費が激しいのか、あるいはその両方が原因なのか──風属性以外の魔法を使うと、通常よりも多く魔力を消費するようなのだった。
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