139.魔装兵団
だから、盾属性の魔法使いが専衛防御魔法を使っているのを見て、とても驚いたのだ。
よほど魔力量に自信があるのか、仲間に信頼されているか、どちらかなのだろうなと思っていた。
さすがに対攻城兵器用の防御魔法を展開されては、クロスのえげつない攻撃魔法(正式な魔法名がわからないからこう呼んでいる)でも歯が立たないだろう。
クロスも驚いたようだったけれど、それは攻撃を防がれたからではなく、別の理由のようだった。
「リオン、奴ら王国の魔装兵団だ」
「魔装兵がこんな平原にいるはずがないよ。彼らは王都防衛の要だから、気軽に城壁の外に出ることはないんだ」
「専衛防御魔法を使う緑マントの集団が、魔装兵団の他にあるか?」
「アリアちゃんの視力を疑うわけではないけど……今、このタイミングで彼らが動く理由が見当たらないよ。──言っておくけど今回は俺、何もしてないからな」
(今回は、ということは“前回”があったということ……?)
わたしは、一瞬浮かんだ考えを慌てて否定した。そんなことを考えている場合ではない。
魔装兵団というのは確か、王国騎士団にも匹敵する国家機関だったような気がする。
同じ魔法使いでも、宮廷魔法使いは研究職に近いけれど、魔装兵団は兵団という以上、魔力を駆使する武力集団だ。
魔法使いなら、誰でも一度は名前を聞いたことくらいはある。王国直属の、とても強い魔法使いの集団だ、と。
「イーリースお継母様なら、やりかねないわ。あらゆる手段を使って、国家の中枢に食い込んでいるはずだもの。
もしくは、レナードお父様という線もあり得るわね。あちこちの貴族や要職の人たちに、たくさんお金を貸しているもの」
伯爵家とはいえ、財力だけなら公爵家にも匹敵する。貴族社会では、拝金主義だの成金趣味だのと噂されている家柄だ。
巧妙に隠しているであろう裏金までもを含めると、財産の総額は万人の想像を超えるだろう。
手がけている事業の種類と規模も考え併せれば、どこにどのような人脈ができているか、わかったものではない。
なにしろ、今では伯爵家の令嬢はシャーリーンただ一人ということになっているのだ。
私生児が邪魔になったから、適当な理由を付けて始末して欲しいとでも言えば、深く疑わずに金銭で動く人間は意外と多い。
(貴族が庶子を暗殺する話なんて、珍しくもないものね)
イーリースお継母様は、すでに暗殺者や盗賊団のようなならず者を雇っている。何度も珍しい毒薬を手に入れていることからも、その筋に伝手があると思って間違いない。
そして大概の組織というものの内部には、裏切り者や、性根の腐った者が蔓延っている。組織が大きくなればなるほど、その傾向は顕著だ。
(──って、昔読んだ歴史書に書いてあったわね)
少なくとも、追っ手は馬車を襲った盗賊団と関係のある者たちで、イーリースお継母様の息がかかった者たちだ。所属組織がどこであれ、わたしを殺しに来たのである。
今さら、何も驚かない。
(盾属性の冒険者が少ない理由って、みんな魔装兵団に所属しているから?)
国防のためなら、専衛防御魔法は重宝されるだろう。盾属性でも不遇ではない。
(そう考えると、国防の要にもなる魔法使いを、一撃で二人も戦闘不能にしたクロスの魔法って、かなり強力なのでは……?)
天才と謳われるのも宜なるかな、というところだ。
「アリア、魔法が来る」
レッドが言った。わたしにも見えた。
残った四人の魔法兵が、攻撃魔法を打ち出す準備をしているのが。
わたしが魔法結界を張るのと、攻撃が着弾するのがほぼ同時だった。念のためにと三重に張った魔法結界が、飴細工のようにパリパリと破壊された。
クロスが同じタイミングで魔法障壁を張ってくれていなかったら、わたしたちは全員、礫弾魔法の直撃を浴びていただろう。
(でも、一撃はクロスの魔法より威力が小さいかな……)
距離があるせいで、威力が落ちているのかもしれない。
「クソ、嫌味な連中だな。律儀に土魔法で返してきやがった」
クロスが言って、わたしとレッドの乗ったアキヅキの手綱を引いた。馬の鼻先が西へ向くように向きを変えてから、アキヅキに軽く魔法を掛ける。
動物に魔法を掛けるのはマナー違反──というか、推奨されない行為だけれど、相手も同じことをしているから、こうでもしないと太刀打ちできないのだろう。
「お前らは先に逃げろ。ここは俺たちで何とかする。──レッド、このまま真っ直ぐ西へ向かえ。小さな集落があるから、そこで落ち合おう」
レッドが了解と言ってクロスから手綱を受け取る。
「そんな、」
追って来ている相手は、わたしの敵だ。
それを、無関係のクロスとリオンに押し付けるわけにはいかない。
何もできずに足手まといになるだけなら、逃げるのも仕方ないけれど、二人が協力してくれるのなら戦い方はいくらでもある。
魔力移譲のやり方を知った今なら、何度でもクロスに魔力を分け与えることができる。
クロスにあと何発か、さっきの混合魔法を放ってもらえれば、敵を一掃できるはずだ。
リオンとレッドがいるから、敵が接近して直接攻撃を仕掛けてきたとしても、全て防いでくれるだろう。後方の魔法使いとしては、安心して魔法を使える環境である。
「嫌よ。わたしも残るわ」
「アリア!? 何言ってるんだよ!?」
背後でレッドが悲鳴のような声を上げた。
「大丈夫。この二人がいてくれるなら、勝算はあるわ」
なんなら、最初から毒霧を使ってもいい。
風魔法が使えるクロスがいるなら、味方に被害を出さないように風向きをコントロールしてくれるだろう。
(でも、魔法で防御されてしまうかしら……?)
毒霧は即効性だけれど、魔法障壁や魔法結界を打ち破る破壊力はない。
「クロス、わたしの魔力を使って、さっきの混合魔法をもう何発か撃ち込んでやったらいいわ。きっと、きれいに片付くわよ」
わたしは馬から飛び降りて、国防の要に匹敵する天才魔法使いの傍らに立った。
クロスの魔力は、絶対に残り少ないはずなのだ。
彼の魔力は、一割くらい常に別のところへ流れている。
平原に来てから展開している、隠蔽魔法や探知魔法とは別に、常時展開している魔法があるはずなのだ。
(たぶん、リオンに……)
おそらく、クロスはさほど魔力量が多いタイプではない。
人並みかレベル相応であって、決して少なくはないはずだけれど、使える属性魔法が多過ぎるせいで、消耗のほうが激しいのだ。
効率的な魔力のやり繰りをしているせいで、微塵も不足を感じさせないけれど、それは裏を返せば、綿密に計算して計画的な運用をしていかないと、簡単に魔力枯渇に陥ってしまうということ。
なのに、先の魔物との戦いで、予定外に魔力を消費してしまった様子が見受けられる。
クロスは魔力の使い方がとても上手いのに、それでも消耗しているのだ。
(わたしたちを連れているせいで、普段は必要のない魔法をいくつも使っているから……)
魔力というのは、お金にも似ていて、無駄遣いをするとすぐになくなってしまう。
その代わり、上手く使うことができたなら、投じた魔力以上の効果が得られる。
賢いお買い物と同じで、まとめ買いをして単価を下げたり、値下げ交渉してみたり、おまけを付けてもらったりするのと同じように、副次的な効果を発生させることができるのだ。
クロスがやっているのは、狙って副次効果を発生させ、消費魔力以上の攻撃力を得るという、複雑な魔法の組み立てだ。
自然環境や他人の魔法、周りにあるものなどを利用して、その場で最適な魔法を構築しているのだ。
(圧縮詠唱というのは、たぶんそういう種類の魔法でしょうね……)
推測でしかないけれど、多属性持ちのクロスにしか使えない創作魔法に違いない。
それを使ったということは、魔力の節約が必要な状況だということ。
村を出る前、クロスが魔力回復薬を買っていたのは知っているから、魔力枯渇の心配はしていないけれど、敵の狙いはわたしだというのに、クロスにばかり負担を掛けるわけにはいかない。
後で新しく魔力回復薬を作って返すこともできるけれど、そういう問題でもない。
いい加減、わたしも頭に来た。
(お継母様に一矢報いたい)
お継母様が差し向けた刺客なら、殺しても心は痛まない。痛むほど柔く清らかな心の持ち主は、十年前にシャーリーンに刺されて死んだのだ。
(恨むなら、イーリースお継母様を恨むことね)
つまり、彼らに撃ち込まれるのは、わたしの魔力であるべきなのだ。
「しょうがねえなあ。アリアが残るならオレも残るぜ」
そう言って、レッドが馬から降りてわたしの隣に並んだ。
「ごめんね、レッド。こんなことに付き合わせて……」
「いいって。これも従者の勤めの内だろ」
「仕方がない。アリア、万が一のときは回復を任せる。常に魔法結界で自分の身を守ることを忘れるな」
押し問答をしている暇はないので、不承不承という感じでクロスが折れた。
「レッドは中衛としてアリアを守れ。その短剣なら、ある程度は魔法も斬れる」
「わかった。アリアが無茶しないよう見張っとく」
そこでクロスがうなずいた。
(ちょっとそれどういう意味よ!?)
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