138.盾属性と適職
きれいな魔法陣だった。
輝きもそうだけれど、細かい魔法言語がびっしりと詰まっているのに、それでいて無駄がなく、洗練されていて、まるで美しいレース編みのようにも見えた。
(こんなテーブルクロスがあったら素敵なのに……)
寝室に小さな丸テーブルを置いて、白いレースのテーブルクロスを掛けるのだ。輝くシルクだったら、なおいい。
(そして、かわいいお花を飾るの)
フィレーナお母様のお部屋みたいに。
わたしの、いつか叶えたい夢の一つだ。
一仕事終えたクロスは、それなりに疲労した様子で、息を吐いて額の汗を拭っている。
それはそうだろう。最低でも普通の魔法使い三人分の風魔法と土魔法だ。
普通の魔法使いは、一人一つの属性しか扱えないから、正しくは六人分ということになるのかもしれない。
クロスの攻撃魔法は、目視できないほどの彼方まで、軌跡を残して飛んでいった。
「あっ」
思わず、声が出た。
人の目には見えなくても、わたしの右目には映っている。
二重写しになった視界のはるか先で、えげつない魔法攻撃を不意打ちでくらった六頭の騎馬のうち、もんどり打って二頭が倒れた。
「端の二人が落馬したわよ」
わたしは、見えた様子を中継した。
「他は?」
クロスが訝しげに問い返す。
「先頭の二人が、魔法障壁を張って攻撃を跳ね返しているから、障壁の後ろにいた四人は無傷よ」
「跳ね返しただと?」
「ええ。あれは魔法結界ではなく魔法障壁ね」
「魔法障壁ごときで防げるはずがない。障壁の数と属性はわかるか?」
そう言われて、馬上で少し背筋を伸ばし、もう一度目をこらしてよく見てみた。
「……盾属性。専衛防御魔法」
「専衛だと? 畜生!」
クロスが忌々しげに吐き捨て、リオンを呼び付けた。
「リオン、作戦変更だ!」
専衛防御魔法というのは、一般的な防御魔法と違って、攻城戦のときに使われるような大魔法だ。
過去の戦では、城に打ち込まれる巨大投石や習合魔法なんかを防ぐために使われていた。
(本当に使える人、いたんだ……)
ほぼ全ての魔力を防御に全振りしてしまうため、非常に強力な防御魔法だけれど、冒険者の間では使い勝手が悪いとされていて、盾属性の人でも好んで習得する人はいないと言われていた。
少なくとも、わたしが出入りしていた王都のギルドでは、使いこなしている人がいるという話は聞いたことがない。
(王都のギルドだから、かなり大きなギルドのはずなんだけれど……)
初級の冒険者たちは、自分たちが初級だからこそ、中級以上の凄い冒険者や有名人の噂には敏感なのだ。
それでも、聞いたことがなかった。
そもそも盾属性自体がとても珍しい。
鑑定の儀で“盾属性”が出てしまった子供は、冒険者になる場合は方向性が限定されてしまい、あまり明るいものではないようだ。
(“属性なし”を言い渡されたわたしが言えた義理ではないけれど)
自分のことだから、属性関係の事は一通り調べた。
将来のことなんて、まともに考えられなかったから、職業については詳しく知らないけれど、属性についてはある程度はわかる。
魔力は誰でも持っている。
魔力には必ず属性がある。
それがこの世の理だ。
だから、魔力はあるのに“属性なし”を言い渡されたわたしは、この世の“理”からはじき出された者として、世界からそっぽを向かれたのだ。
一方、職業──主に鑑定ジョブ──というのは、鑑定した時点で最も適性があるものが出る仕様になっているらしい。
(わたしが“毒薬使い”だったのは、毒薬を生成した回数が一定以上あったから)
そのため、今は最も毒薬に関わる職に適性があるけれど、この先の行動によっては、次に鑑定したときの結果が変わってくる。
たとえば、わたしは“天属性”だそうだから、これから精霊の加護をたくさん受けるようになれば、ジョブ名が“毒薬使い”から“精霊使い”や“精霊術士”に変わる可能性もある。
(毒薬の生成より、治癒魔法を使った回数のほうが多いのに、どうして“聖女”や“治癒術者”にならなかったのか納得できないところではあるけれど……)
他にも、リオンとクロスに教えてもらったところによると、本人の努力によっては“第二ジョブ”というのが出現する人がいるらしいのだ。
鑑定ジョブ“農夫”の若者が、騎士になりたいと田舎から出てきて、適性試験に合格したとする。
──騎士職の試験と言っても、種別があって、それぞれ難易度が違うらしい。下級の騎士職であれば、体力さえあれば受かるという大雑把なものだそうだ。
その場合、鑑定ジョブは当然“農夫”なのだけれど、奉職するうちに“下級騎士”という第二ジョブが生える者がいるのだという。
その人は、最初は第一ジョブが“農夫”で第二ジョブが“下級騎士”だったのだけれど、最終的には第一ジョブが“一般騎士”になり、第二ジョブが“農夫”に変わったらしい。
原理や条件は解明されていなくて、クロスが言うには、全て大樹の記憶の為せる業であり、人知の及ぶところではないのだという。
結局のところ、本人の努力や適性ということで片付けられてしまうから、わたしの場合も“聖女”に向いていなかっただけ、ということになるのだろう。
(どうせ“聖女”ってガラではないけれど……)
ちなみに“商人”ジョブの人はずっと騎士団の経理部にいたそうだけれど、第二ジョブは生えなかったそうだ。
で、属性の話に戻るのだけれど。
盾属性の人は、商人や農夫として働いていく場合には、属性が重視されないから問題はない。
属性が何であっても、魔法職でなければ成功する可能性が十分にある。ほとんどの平民はそうやって、魔法を使わなくても働ける仕事に就いているのだから。
でも、不幸にも冒険者になりたいという夢を抱いてしまったり、冒険者になる以外に道がないという場合には苦難の道を歩むことになる。
(それでも“属性なし”よりはマシだけれど……)
魔法職としての大成は、まず望めない。
防御主体の属性のため、威力のある攻撃魔法を使いこなすことができないからだ。
そのため、通常の防御魔法を習得した後、魔法剣士として攻防一体の戦い方ができるよう修練を積むのが一般的らしい。運が良ければ、魔法で防御をこなす盾役の剣士として活躍することができる。
わざわざ、使い勝手の悪い専衛防御魔法を習得している暇はないのだ。
専衛防御魔法は、魔力を注げば注ぐほど高い防御力を得ることができるけれど、それをやってしまえば、その後には魔法を使えない魔法剣士──つまりは凡庸な剣士が残るだけだ。
(それでも、物理攻撃力さえ残らない、魔力の尽きた回復役よりはマシだけれど……)
物理攻撃手段が残っているかどうか、いざというときには仲間を担いででも撤退できる体力があるかどうかというのは、パーティー内での待遇に大きな違いをもたらす。
(だって、魔力の尽きた魔法使いはただのお荷物だけれど、剣士は剣が折れるまで、五体満足でいるうちは戦えるもの)
隣で死力を尽くして剣を振るってくれる仲間のことを、誰も“ お荷物”とは呼ばない。
ここまでお読みくださってありがとうございます。
よろしければ、下の方の☆☆☆☆☆☆を使った評価や、ブックマークをしていただけると幸いです。




