137.追っ手
「じゃあ、町に着いたらアルトには手紙を書こう」
リオンが言った。
「アリアちゃんが、俺たちと一緒にいて元気にしていると知れば、アルトも無茶はしないだろう」
「ありがとう、リオン」
「アリアちゃんも一筆書いて同封するんだよ。そのほうが信憑性が出るだろう?」
「そうね。でも、お兄様はわたしの筆跡を知らないと思うわ。署名を入れても、信じてもらえるかどうか……」
アルトお兄様と手紙のやり取りをしたことは、一度もない。
他にも心配事はある。
わたしは、貴族の女性なら誰でも持っているような名前入りの便箋や、オリジナルの蝋封セットなどを持っていない。
手紙を出す相手などいなかったから、必要と感じたこともなかった。
(貴族令嬢ではないという証明みたいなものよね……)
あるのは、擦り切れたメモ帳と安っぽい鉄ペンだけだ。もう少し上等のノート類は、魔法薬の調合レシピを書くのに使ってしまった。
寄宿学校時代の教科書やノートは、宿舎から持ち出すことができなかった。たぶん今ごろゴミとして処分されているだろう。
などと思っていたら、クロスが急にリオンに呼びかけた。
「リオン、追っ手に感づかれた。真っ直ぐにこちらに向かってきている」
驚いてまじまじとクロスのほうを見ると、後ろのレッドも神妙な顔をしてうなずいている。
「複数の気配が、すげえスピードで近付いてやがる」
(ど……どうしよう。どうしたら……)
そうこうしている間に、リオンとクロスの間で勝手に話が進む。
「やはり魔獣との交戦で魔力を使ったのが拙かったな。感知される可能性は考慮していたが、予想よりかなり早い」
「遮蔽物も何もない平原では逃げも隠れもできないだろう」
それとも、今から隠蔽魔法の強度を上げれば逃げ切れるか? とリオン。
「無理だな。向こうにも、かなりの魔法の使い手がいる。侮らないほうがいい。それに逃げ切れたところで、どうせそのうち近くの集落で鉢合わせるぞ」
「そうだな。殲滅しよう」
急遽、馬を乗り換えることになった。
「レッド、俺の代わりにアリアちゃんと乗ってくれ。ヤバそうだったらそのまま逃げろ」
リオンが言って馬を降りる。
がら空きになった背後へ、クロスの馬から飛び降りたレッドが、軽々と飛び乗った。
「リョーカイ」
「ちょっ……レッド!? あなた乗馬スキルなかったでしょう!?」
「今日リオンを見て覚えた。走って逃げるくらいならできる」
「えええーっ」
乗馬ってそんなに簡単に覚えられるものなの!?
「アリアちゃん、アキヅキは賢いからレッドでも大丈夫だよ」
アキヅキというのは、リオンの馬の名前だ。
「そ……それは確かにアキちゃんはいい子だけれど……」
茶色──栗毛というらしい──で、町でよく見かける馬より一回り大きい。
少なくとも、あの馬車を引いていた馬たちよりは大柄で毛艶がいい。
クロスの馬は、白地に黒い斑の入った入った子で、名前をセイランというらしい。
どちらも異国原産の、かなり上等な馬だそうだ。
二人乗りしても大丈夫なくらい大きくて強そうだったから、わたしも安心して乗せてもらっていたのだ。
いつでも走り出せるようにレッドが体勢を整え、落ち着いたので視線を上げると、見えた──見えてしまった。
今まではずっと前髪を下ろしていたから、ふいに右目の恩寵が発揮されても慌てるようなことは何もなかったけれど、今は前髪を上げているからはっきり見えてしまった。
「六人、来るわ」
「アリアちゃん、見えるのか?」
リオンが、セイランのほうに乗り換えながら言った。
「どこだ?」
いったん、馬を降りていたクロスが問う。
わたしは前方、馬の鼻先の彼方を指差した。
「六人とも、濃い緑色のマントを着ているわ」
「よしわかった。方向と人数がわかっているなら話は早い。一発、デカいのかまして一層しよう」
セイランにリオンと二人乗りするつもりだったらしいクロスは、瞬時にアキヅキの前方に位置取ると、魔法陣を展開させた。
リオンは何も言わない。当然のことのように泰然と構えている。
物語の挿絵でしか見たことがないけれど、大魔法を放とうとしている魔法使いと、彼ら魔法師団にそれを命じる指揮官のような雰囲気だった。
魔法使いは師団ではなく、クロス一人きりだったけれど。
(それでも、確実に普通の魔法使い数人分はあるわね……)
空中に展開された青白く輝く魔法陣は、土魔法と風魔法の混合魔法だ。二重展開でもなく、混合魔法だ。
二種類の別々の魔法を同時に放つ二重展開と、二つを混ぜて別の魔法を構築してから放つというのは、また別の次元の技術になる。
はっきり言って、二重展開よりもはるかに高度だ。
しかも、規模が尋常ではない。魔法陣の直径が通常の三倍はある。
(実戦での魔法は数回しか見たことがないけれど……)
討伐依頼には数えるほどしか同行したことがない上、それも初級のものばかりだったから、比較対象に困るのだけれど、おそらくゴブリンの巣くらいだったら、根こそぎ吹っ飛ばせるくらいの威力はありそうだった。
「圧縮詠唱、地と風の一から四を展開」
短縮詠唱でも無詠唱でもない。
詠唱破棄の手続きを取ったわけでもない。
知らない魔法展開の仕方だった。
「えっ、そんなのあり……!?」
さらには、攻撃力を上げるバフを魔法に対して重ね掛けした。
(あれって人体にしか掛からないんじゃなかったの!?)
武器に対してならまだしも、魔法自体にバフを掛けるというのは、見たことも聞いたこともない。
「バフは単純だから、術式をちょっと改変してやれば、何にでも掛けられる」
クロスはさらりと言ってのけた。
(ちょっと改変って……)
普通の魔法使いは、そんなふうに簡単に魔法を改変しない……はず。
わたしも魔法使いの常識をよく知らないから、確かなことは言えないけれど、たぶん、そう。
放たれた魔法が地を削り、大地の土塊を巻き上げ、刃のような烈風と共に真っ直ぐに伸びた。
(なんて、えげつない……)
それしか感想が思い浮かばなかった。
混合された土魔法の部分に、抉れた土の塊を岩石のごとく鋭く硬化させる術式が含まれていた。
敵は尖った石の散弾を浴びせられることになる。
その上、飛び散る岩石の破片は、風魔法によって射速を上げられている。
風の刃で切り刻まれると同時に、強力な石の礫を浴びせられ、防ごうにも二種類の属性魔法が混合されているから、普通の魔法使いでは風か土の一方の攻撃しか防ぐことができない。
(これが天才の技量……)
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