129.シャーリーンの残したもの②(ほぼまとめ回)
「なんであんなことしたの?」
傍まで来たリオンはわたしの手を取って、両手とも本当に傷がないかどうか、念入りに確かめていた。
「他には怪我してない? 大丈夫?」
「うん」
一筋も傷が残っていないことがわかると、ホッとしたように緊張を解いた。
握り締められたままの両手に、やんわりとリオンの温もりが伝わってくる。グローブ越しであっても、彼の優しさが感じられた。
「あんなふうに自分を傷付けなくても、話してくれればよかったんだ。俺もクロスも、アリアちゃんの言葉を疑ったりはしないよ?」
手を握られているので、逃げられない。
大人しくお説教を聞くしかなかった。
噛んで含めるようなリオンの話し方は、物わかりの悪い子供に言って聞かせるようだった。
「気味の悪いものを見せて、ごめんなさい。でも、これでわかったでしょう? わたしは化け物なのよ。怪我をしてもすぐ治るし、毒を盛っても効かないの。簡単には死なない化け物なのよ」
ずっと隠してきたことを、言ってしまった。
「気味が悪いだなんて、そんなこと言わないよ。傷口が塞がって怪我が治る過程は、自然治癒でも魔法でも見た目は同じだ。──特に、俺は剣士だからね。訓練で怪我することなんて、よくあったさ。生傷くらい、見慣れているよ」
「そうではなくて……」
「うん?」
リオンは背をかがめて、わたしの顔をのぞき込んでくる。
「なんでも話してよ。アリアちゃんが話してくれるなら、どんな話でも喜んで聞くよ」
「異常でしょう? 異常だと思わないの!?」
魔法も使っていないのに、見る間に傷口が塞がって怪我が治ってしまうのだ。そんなの、人間としてあり得ない。
なぜ、リオンもクロスもそこを追求してこないのだろう?
「誰が異常だと──アリアちゃんのことを化け物だと言ったんだい?」
リオンの声音は静かだけれど、先ほど自ら「怒ってるよ」と発言したときよりも、怒りを孕んでいる気配がした。
「わたしは、ずっと“秘匿すべき化け物”と言われて育ってきたわ。お父様からは、亜人種のような見た目だけならまだしも、こんな気味の悪い能力を持った者が、ヴェルメイリオの血を引いているとは嘆かわしい──って。あとは、貴族家に生まれながら、まともに魔法も使えない恥さらし──だとか」
中でも堪えたのは、苦々しい口調で言われた「あの美しいフィレーナから、なぜお前のような化け物が生まれたのだ」という一言だった。
(わたしは、お父様を失望させてしまった)
その思いだけは、今でも負い目としてわたしの中に刻まれている。
ちなみに、その後に続いたのは、誰のことかわからないけれど、わたしではない別の誰かを罵る言葉だった。
「それもこれも全部あの女のせいだ。大人しくジジイと一緒に辺境に引っ込んでいればいいものを……!」
お父様にしては珍しく、乱暴な言葉遣いだったので覚えている。
「イーリースお継母様は、ヴェルメイリオ家を乗っ取るには長女の存在が邪魔だし、フィレーナお母様を毒殺した事実に、わたしが感付いていると思っているから、わたしを始末したくて仕方がなかったのよ。
実家にいたときは、食事が毒入りなのは当たり前だったし、昔も今も気が向くと刺客を差し向けてくるわ」
盛られた毒は、フィレーナお母様を殺した“星明かりの粉薬”から、即効性のある“紫雲の大罪”までバラエティーに富んでいた。
特に、紫大毒蜘蛛の毒から生成された“紫雲の大罪”は即効性のある猛毒だけれど、裏社会でも流通量が少ない希少品なのだ。よくもイーリースお継母様はそれを入手できたものだと、今になってその執念に感嘆する。
「──なのに、わたしがちっとも死なないから、結局、痺れを切らして監獄に閉じ込めることにしたのよ」
とりあえず、死なずの化け物を視界に入れたくないという気持ちが勝ったのだろう。
いくら存在を無視しようとしても、屋敷でメイドとして働いているのでは、ふとした拍子に目に入ってしまう。
「私生児として寄宿学校に追いやってしまえば、後は知らぬ存ぜぬで通せるもの」
たとえ在学中に不慮の事故が起きて生徒が一人死んだとしても、イーリースの関知するところではない。
被害者がヴェルメイリオの姓を名乗っていたとしても、遠縁の私生児などとは一面識もないと言い切ってしまえばそれで済む。
寄宿学校側としても、詳細のよくわからない少女──ただし、伯爵家の姓を名乗ることを許されている──を一人、多額の寄付金と共に編入させてほしいと請われれば、勝手にワケありなのだと解釈する。
何も情報を与えないことで、逆に相手に都合よく誤解させるという技を、お父様は使った。
イーリースお継母様は、裏から密かにわたしが私生児であり、シャーリーンこそが嫡出であると噂を流した。
(ついでに、わたしがシャーリーンを虐め殺すところだったという、根も葉もない噂も流されたけど……)
どちらも、明確に嘘を吐いているわけではない。後から追求されても言い逃れができるように考えられた、貴族がよくやる巧妙な詐術である。
わたしは、ヴェルメイリオの姓を名乗ることこそは許されたけれど、お父様からはそれ以外の詳細を語ることを禁じられていた。
わたしが下手なことを喋れば、フィレーナお母様の名誉に傷が付く可能性があると言われれば、大人しく従うしかなかった。
どのみち、長女であり正当な嫡出はわたしのほうだと語ったところで、噂と誤解のほうが大手を振って一人歩きしている以上、誰も信じはしなかっただろうけれど。
宙ぶらりんな立場で過ごすことになったわたしは、おかげで貴族出身の級友とも、平民出身の級友とも仲良くなることができず、誰一人親しい友人を持たないまま寄宿学校での生活を終えた。八年以上、監獄で時間を無駄にした。
「だいたい、こんなところかな」
必要なことを全部話したかどうか、わたしは心の中で指折り数えて反芻した。
1.幼いころに大病を患い、お祖母様にエルフの秘術で助けてもらった。
2.エルフの血が隔世遺伝したのか、治療の副作用なのか、容姿が亜人種のようになってしまった。
3.鑑定の儀で魔法属性がないことが判明し、お父様に失望された。
4.実の母であるフィレーナお母様が亡くなり、継母と義妹が来た。
5.存在を否定され“いない子”として扱われたため、メイドとして働いて食いつないだ。
6.生活魔法が上達した。
7.シャーリーンに刺されたことで特異体質が発覚し、化け物呼ばわりされるようになった。
8.その過程でフィレーナお母様の死因に気づいてしまったわたしは、イーリースから命を狙われるようになった。
9.でも、なかなか死ななかったので適当な名目で寄宿学校に入れられた。
10.仕送りはなかったから、冒険者登録をして生活費を稼ぐことにした。
採取依頼でも、地道にこなせば食事代くらいにはなる。
途中から“アイリス”としても活動するようになったから、だいぶ生活に余裕が出てきて、少しだけれど蓄えもできた。
(それでも、レッドを買い上げて解放してあげるには足りなかったけれど……)
レッドを拾ったのは、二年くらい前になる。
アイリスの件は言う必要はないと思って、割愛した。
わたしが話し終えると、その場にどんよりとした空気が漂ってしまった。
属性なし、エルフもどきの虹彩異色、化け物のような体質──よく考えたら異常の三重苦だ。
まあ、魔法属性の件だけは解決したから、今は三重ではないわけだけれど──少なくとも、第三者が聞いたら反応に困る内容には違いない。
「実演して見せたのは、嘘を吐き続けることに疲れたからよ」
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