126.トラウマとフラッシュバック②
他人は信頼できない。
信じた上で、何かを預けたり託したりなんて、できるわけがない。
信じていた世界は、イーリースお継母様とシャーリーンが来たことによって、呆気なく崩壊した。
仲間だと信じていたパーティーのメンバーは、いとも簡単に仲間をダンジョンに置き去りにするし、後衛を最前列に放り出して逃げる。
待ってと追い縋ったら、その手は無下に振り払われた。
人間なんて、そんなものだ。
だから、わたしはいつも相手のことを推し量っていた。
このパーティーは、ダンジョンの浅い階層までしか行かないから、置き去りにされても何とかなる。
このパーティーとは今回だけの契約だから、罵られても今日一日だけ我慢すればいい。
このパーティーのメンバーは、聞こえるように陰口を言ってくることはあっても、実際に手は下さないだろう。いきなり前衛として放り出されたり、後ろから小突かれたりすることはなさそうだ。
あるいは、このパーティーは魔法より剣を中心に戦うスタイルだから、魔力回復薬を強請られる可能性は低いだろう。その代わり、攻撃魔法が使えないことを愚痴られるかもしれない。
──とか、そんなことばかり考えていたのだから、お互い様だ。
アイリスの毒薬が売れるようになってからは、生活に余裕もできた。
高レベルの魔力回復薬さえも、自分で調合できるようになったけれど、そのころにはもう、パーティーに入れてもらう必要はなくなっていた。
一人でもできる採取依頼だけを受け、空いた時間に生成した魔石をこっそり売り、高レベルの魔法薬を調合できるまで練習を重ねた。
自力で採取できない材料は、逆にこちらから依頼を出したり、ギルドで購入したりした。
普通の魔法使いは、魔法薬の調合よりも属性魔法の鍛錬に時間を使う。調合するための材料をわざわざギルドに依頼するのは、薬師や錬金術師であって、本職の魔法使いのすることではない。
本物の魔法使いにとって、魔法薬の調合は“ついで仕事”であり“内職”ようなものだ。
駆け出しのうちは、小銭稼ぎのために作って売ったり、節約のために自給自足することがあるけれど、一人前になると手を出さなくなる。
自分の冒険者ランクが上がって、強敵相手の依頼をこなすようになると、初級魔法薬では回復量が追いつかなくなるから、中級以上の魔法薬を買って使う以外に方法がなくなるのだ。
どうせ初級魔法薬しか調合できないし、中級回復薬を買うためのお金も貯まりつつある。調合のレベルを上げるよりは、属性魔法による攻撃力を上げるための練習をするのが普通の魔法使いというものなのだ。たぶん。
(わたしは“普通”の魔法使いのことを、あまりよく知らないけれど)
そうやって過ごすうちに、やがて調合できる魔法薬のレベルが上がり、納品の際の単価も徐々に上がっていった。
生成魔石は予想以上に高く売れたし、アイリスの毒薬はさらに驚くほどの高値で売れた。
その後はレッドを拾ったから、寂しくもなくなった。
頭を下げてパーティーに入れてもらい、罵られながら回復役をする必要がなくなって、何年か経った。
けれど、未だにそのころの癖が出る。
*
怪我をしたことを知られれば、治癒魔法や魔力回復薬を使うか使わないかという話になるから、いつも隠していた。
今まで組んできた同ランクの冒険者は、わたしの魔力量が異常に多いことを知らないから、治癒魔法を使えば、同時に魔力回復薬も使ったと思う。
魔力量が多いことを話しても信じないし、疑う素振りは見せなくても、いざというときに自分たちの回復分が足りなくなることを心配しているから、いい顔はしない。
正しく理解してくれたのはクロスだけだった。
(この人が、もっと早くに師匠になってくれていたら……)
もっと早くに出会えていたら、わたしは一も二もなく師事しただろう。どんな結果が待っているとしても、魔法学校に飛び込んだだろう。
けれど、そんな“ もしも”は存在しない。
とりあえず、わたしはいつもの癖で、怪我した右手を咄嗟に隠した。
「平気。ちょっと切っただけだから」
本当は、血が滴る程度にはざっくり切れている。
でも二人には心配をかけたくなかったから、そう言って後ろに回した右手の傷口を、反対の手で上から押さえた。背中で両手を組むような、あからさまに後ろ手に何かを隠しているような、不自然なポーズだけれど、仕方がない。
血さえ止まってくれれば、後は何とかなる。
(早く……! 早く!)
──と、思ったのに。
背後に回した右手を、掴みあげられた。
「アリア、それ全然隠せてねえから」
レッドだった。
「痛い、触らないでよっ」
「バカなこと言ってんじゃねえよ。なら、さっさと治せよな」
リオンが、レッドを止めてくれようとするが、レッドは言うことを聞かない。
「いいんだよ。こいつは、痛い目見ねえとわかんねえバカなんだから」
「馬鹿って言ったほうが馬鹿なんだからね」
「うっせーバカ女。いっつも自分の怪我はほったらかして、こっちがどれだけ心配すると思ってんだバカ」
離れたところでクロスが呆れたようにため息を吐いていた。
「お前らいい加減にしろ」
「ほら、アリアのせいで怒られたじゃないか。アリアの魔法ならこんな怪我、一瞬で治せるんだから──あれ?」
見られた。
気づかれた。
わたしが、化け物であるという事実に……!
ここまでお読みくださってありがとうございます。
よろしければ、下の方の☆☆☆☆☆☆を使った評価や、ブックマークをしていただけると幸いです。




