111.帰る場所
後ろ盾がある人間の、言い草だった。
多くの冒険者は、それしか食べていく方法を知らないから、危険を承知で冒険者をやる。好きでやっている者ばかりではない。
ほんの一握りの勇者や、Aランク冒険者に憧れて冒険者になる者もいるが、自由であるメリットより、死と隣り合わせであるリスクのほうが遥かに大きい。
王国の騎士や兵士であっても、凶悪な魔物退治や戦地に赴かねばならない危険な任務もあるだろう。けれどそれは、十分な給金をもらった上での話である。
王国の兵士として勤めることは、任務地や人間関係、任務を選り好みする自由がない代わりに、生活の保障があり、装備の支給があり、交代制で休日があったりもするという。
長年勤め上げれば、退官時には恩給が出るそうだし、実りの季節には特別な報奨金が出たりもするらしい。
けれど採用基準が厳しく、定員制限もあるために、選考を通らなかった多くの者は冒険者になるしかない。
冒険者には、休日はない。
休むことは自由だけれど、休めば明日の食事にさえありつけない者がたくさんいる。
(わたしだって、そうだった)
お父様に見限られ、イーリースお継母様から目の敵にされなければ、普通の伯爵令嬢でいたはずだった。
それなりに貴族学院に通い、それなりに魔法の勉強をして、それなりに社交界デビューをしてそれなりに友人を作り、やがてそれなりに嫁いでそれなりに一生を終えるはずなのだ。
(そうじゃなかったから……)
薬草を摘んで売り、魔法薬を調合し、パーティーで文句を言われながらも荷物持ちや回復役として働いて、食べていくのがやっとだった。
だから、自由で気ままという冒険者の肯定的な部分ばかりに着目したリオンの言い方には一瞬、腹が立った。
生活に困ったら、実家に帰ればいい。
困窮したら、知り合いの貴族から適当な依頼を回してもらえばいい。
安易にそう考えている、帰れる場所がある人間の物言いだと思った。
でも、冷静に考えればわかる。
わたしがかつて、貴族令嬢の義務として嫁がされるまでは、魔法の勉強を続けたかったと考えたのと同じように、リオンはお兄様のスペアとして家督を継がされるまでは自由でいたい、という意味で言ったのだろう。
自由でいるための手段が、身分に縛られない冒険者だったというだけだ。
もしかしたら他にも、分家で肩身の狭い思いをしているとか、お兄様との折り合いが悪いとか、家に居たくない理由が何かあるのかもしれない。
(王都にはあまり近付きたくない様子だったし……)
そう思えば、腹も立たない。
腹が立ったとしても、ここで喧嘩別れをして魔物の出る平原に放り出されても困る。
(二人はそこまで薄情なことはしないと思うけれど)
というよりも、わたしは親切なこの二人を騙して利用してでも、辺境までお祖父様に会いに行かなければならない。
「ごめんなさい、」
顔を上げたわたしは、曖昧に微笑って誤魔化した。
本当は利用するつもりなの。ごめんなさい。
本当は腹立たしいわ。
本当は、帰れる場所がある二人が羨ましい。
本当は、貴族のご令息が道楽で冒険者をやっているのだと疑っているわ。
(家族関係に問題があるから実家を出たのだとしても……家にいたくないから冒険者をやる、というのはただの我が儘で贅沢だわ)
先立つ物が何もなく、実家から出る術がなかった身からすれば、冒険者カードを用意してもらって、家から出る選択肢があった時点で、十分に恵まれた境遇に思える。
本当は──たとえ道楽でも、今までに見てきた冒険者の中では一番マシ。ダンジョンで置き去りにされた昔と違って、今はレッドもいる。辺境まで行動を共にしても、害はないだろう──そこまで計算しているのよ。
本当は、わたしは馬車強盗に遭った哀れな女の子なんかではないの。
転んでもただでは起きない、したたかな女なの。
「そういうことなら、今まで通りで構わないかしら」
「もちろんだよ!」
リオンが、いつものように笑ってくれた。
やっぱりリオンは、屈託ない笑顔のほうがよく似合う。
この笑顔を向けてもらえるなら、道楽でも何でもいいや、とうっかり思ってしまいそうになるから不思議である。
(──人柄、なのかしらね?)
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