108.冒険者の世界も世知辛い
「ローゼスは、アイスバーグ家の分家なんだ。俺は、分家の遠縁ってことになってる」
リオンの差し出した冒険者カードは、名前の欄がリオン・ローゼスになっていた。家名があるということは、貴族であることは間違いないのだろう。
「功績のある名家であるということと、首謀者がはっきりしていたことから、分家や傍流、直系も乳飲み子だけは極刑を免れたそうだ。──それが、俺の曾祖父さんのころの話」
ところどころクロスが補足してくれた話によると、アイスバーグ公爵家はかつて絶大な権力を盾に王位簒奪を目論んだけれど、失敗して失脚したのだという。アイスバーグの名は歴史から消え失せ、今では昔話としてしか人々の口に上らなくなった。
闇に葬られた一族の名は、歴史の授業で学ぶ類の事柄でもない。
リオンもクロスも、貴族社会での交流がなかったわたしが知らなかったとしても仕方がないと言ってくれた。リオンに至っては、一族の黒歴史だから、知らないままでいてくれたほうが嬉しかった、とまで言ってくれたけれど、どれもたいして慰めにはならなかった。
貴族なら暗黙の了解として知っているはずの知識がない。貴族令嬢としての一般常識に欠けているという事実を、劣等感と共に突きつけられただけだった。
「恩情で生き残った赤ん坊が、分家に引き取られてローゼスの姓を名乗るようになり、長じてから冒険者として身を立てた。それが今のローゼス家の一部を担っているんだよ」
代々、直系の血が濃い者ほど、冒険者として武勲を立てたがる傾向にあるらしい。
わたしは必死で頭を働かせた。
馬車襲撃事件のことも、自分自身の出自のことも、一瞬で頭から吹き飛んでしまった。たかが伯爵家から放逐された程度のことで悩んでいる場合ではない。
「ということは……リオンは世が世なら公爵家の……」
リオンはアイスバーグ公爵家の直系の子孫だ。
王家に次ぐ位置にいる、公爵家という高位貴族の末裔だった。
「おっと、アリアちゃん。そこから先は言っちゃ駄目だよ。アイスバーグの家名は永久凍結されたんだ。口にすれば、君も叛意を疑われるよ」
リオンが茶目っ気たっぷりに言った。
「曾祖父さんが継ぐはずだった公爵位は、今は俺が預かっているよ。アイスバーグを名乗ることができない以上、誰も継ぐことはできないけれど──いずれ、正当な血筋から歴史に名を残すような冒険者が生まれて、手柄を立てたりした場合、凍結が解除されるかもしれないからね」
だから、飾りにしかならない爵位でも大切に温めているそうだ。
「先祖が唯一、奪われなかったものだからね。領地や財産、家財は全て没収されたとしても、名ばかりの元貴族でいることだけは許された。過去の功績による、過分な温情だよ」
先の大戦時には、剣と魔法を駆使して数々の武功を立て、隣国との戦に勝利をもたらす要となった、名高い一族であったという。
「それで変名を使っているの?」
そんなところだ、とリオンはへらりと苦笑のような笑みを浮かべた。
いつも朗らかなリオンには、全く似合わない笑い方だった。
そんなふうに、苦笑いでしか話せないことを、無理に話させてしまったのはわたしだ。
「他の書類はローゼス姓で通るんだけど、なぜか冒険者カードだけは駄目でさ、」
「大樹の記憶は、人間の本質に根付いた名前を拾う。大樹は、ローゼスの名をリオンにとっての仮初めの家名としか認識していないのだろうな」
「そんなことが……」
「十分にあり得ることだ。大樹の記憶はまだまだ解明されていない部分が多い」
アイスバーグの家名が凍結されたのは人間側の都合だから、古の大樹にとってはどうでもいい話なのかもしれない。
リオンは一通りお披露目が済んだと見ると、そそくさと冒険者カードを胸元にしまい込んだ。
「大金払って変名魔法を掛けてもらって、諸々に口止め料を払って、さらにローゼスの家名を隠すために隠蔽魔法を付与しているから、このカード一枚のために、ちょっと口にできない金額が動いた。なくしたら親父と兄貴に半殺しにされる」
冗談めかして言っているが、目はわりと真剣である。
「いくら家名を隠したところで、お前が貴族出身なのはバレバレだけどな」
場末の酒場で、酌婦相手にレディー・ファーストを実行してる奴なんか、リオンか地元の遊び人くらいだ、とクロスが茶化す。
「真面目な話。俺がダンジョンで死んだら、冒険者カードだけは回収してくれ」
「性質の悪い冗談はやめろ。そんな局面になったら、今度はオレがお前の親父さんに殺される」
リオンとクロスの間で、本気なのか冗談なのかわからない掛け合いが始まった。
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