104.先輩冒険者の直感⑤魔法
厩に着くと、リオンとクロスが慣れた様子で鞍を乗せて馬を引き出す。
「クロス、アリアちゃんを前に乗せてやって」
「言われるまでもない」
「レッドは俺の後ろに。今度は落ちないでくれよ」
「わかってるって」
わたしは問答無用でクロスの馬に引っ張り上げられ、レッドは自らリオンの後ろに飛び乗った。
村の中を馬で駆け抜け、門を出て、来たときと同じ街道に出る。
わたしも、村に来たときと同じ要領でクロスの胸元にしがみついた。
「クロス、隠蔽魔法を!」
「任せろ」
街道に出て数分も行かないうちにリオンが言い出し、わたしたちの馬は街道を逸れて草原へ足を踏み入れた。
ほぼ直角に近い角度で方向転換し、道なき道を突っ切るかたちになる。街道を逸れる瞬間にクロスが魔法を放つと、わたしたちが通ってきた場所の踏みしだかれた草や蹄の跡、土埃などの痕跡が消えてゆく。
代わりに、街道の先のほうにまで新しい蹄の跡が生まれ、軽く土埃までが舞った。
「二重展開!? 初めて見たわ……!」
「隠蔽魔法と幻灯魔法の同時展開だ」
クロスは短くそう答え、あまり喋ると舌を噛むから黙っていろと言った。
隠蔽魔法は、そこにある物や現象を覆い隠す種類の魔法だ。この場合なら「足跡を消す」という作用を持っているのが隠蔽魔法で、別の場所に足跡の幻を生み出すのは別の魔法──幻灯魔法ということになる。
二つの魔法を同時展開するためには、高度な魔力操作が必要で、かなりの技術を必要とする。
魔力量や属性、二種類の魔法の相性というよりも、単純に別々の魔法を二つ操ることが難しいのだ。
大道芸のジャグリングで、操るボールの数が増えてゆくようなものである。素人とプロでは、操れるボールの数も違えば、魅せるための技術も違うということだ。
隠蔽や幻灯は無属性魔法だから、わたしも使えることは使えるけれど、一重の薄っぺらい幻しか生み出せない。痕跡を消して、その上に別の幻を上書きするような技術はない。
鼻が利く獣やゴブリン相手では、隠蔽魔法で姿を覆い隠すだけでは逃げ切れない。幻灯魔法で撹乱しようとしても、攻撃されれば幻だとバレてしまう。
だからあまり使う機会がなくて、わたしの隠蔽魔法と幻灯魔法は、ちっとも上達しなかったのだ。
土煙が上がり、たった今誰かが走り抜けたように立体的でリアルな幻を生み出せるということは、幻灯魔法自体のレベルもかなり高い。
落書きされたキャンバスの一面を、別の色で塗り潰すだけなら子供にもできるけれど、塗り潰した絵の上に写実的な風景を描くことは、画家にしかできない。
簡単な魔法を二つ同時展開するのと、高レベルの魔法を同時展開するのでは、圧倒的に難易度が違う。
黙っていろと言われたけれど、どうしても気になって仕方がなかった。
「隠蔽と幻灯はどれくらい保つの?」
「幻灯は一時間、隠蔽はオレたちが止まるまでだ」
普通、幻灯魔法の幻は数分で消えてしまう。それ以上長く保たせるには、別の魔法が必要だったはずだ。
隠蔽魔法も同様。何もしなければ、数分で効果が切れてしまう。
長く保たせるための補助魔法は存在するけれど、逃走をやめるまでと言う条件で発現時間を定める術式は聞いたことがない。
「触っても消えない? 音や動きも付けられるの?」
「もっとレベルが上がればな」
さすがに馬上ではもう、クロスも詳しくは教えてくれなかった。
「レッド! 追っ手はどうだ?」
クロスが声を張り上げてレッドに問いかけた。
併走するリオンの馬に乗せてもらっているレッドが、振り返って後方を確認する。
「大丈夫だ! 今のところ、影も形もない」
「よし。それなら、少し止まって馬を休ませよう」
リオンが決定し、わたしたちが従う。
いつの間にか、自然とそういう役割分担ができるようになっていた。
どちらを向いても、もはや村も街道も見えない。
辺りは見渡す限りの平野で、遮蔽物が少なく、ちらほらと茂みや細い木がある程度だ。
「あの辺の木陰にしよう」
リオンが指差した辺りに着くと、木の傍でクロスが魔法を展開した。
蹄の跡を消す隠蔽魔法が切れたので、今度は別の魔法である。
「立体隠蔽と魔物避けだ」
クロスは“魔物避け”と、虫除けのように気軽に言っているけれど、それは魔物を退けるための魔法で、確か聖属性だったはずだ。
(本当にこの人、いくつの属性魔法を使えるのかしら……)
最初に見たのは、風属性の攻撃魔法だった。
火魔法は大爆発を起こす威力だったし、光魔法を使っているのも見た。
氷魔法を応用して、手拭いを冷やすための水を作ってもらったりもしたし、時空魔法を使いこなしていることも知った。
無属性魔法は当然使えるとしても、他に土魔法も使えると言っていた。
二重展開は平然とやるし、その上にさらに補助魔法を使っているから、実質は三重展開に近いことを行っている。
(リオンが“天才”と言うわけだわ……)
しかも、基本的にどれも無詠唱なのだ。
短縮詠唱はよくあるけれど、無詠唱はとても珍しい。市井の冒険者の中には、まずいない。
一方のリオンは、なんと馬に乗せている鞄も魔法鞄であり、二連の薄い革鞄から水桶を取り出して馬に水を飲ませていた。
(この人たち、いくつ魔法鞄を持っているのよ)
普通の冒険者は、中古品を一個手に入れるだけでも大変なのに。
クロスの馬を見ると、こちらは馬専用の二連の鞍鞄ではなく、汎用の荷袋が積んであった。
(たぶん、これも魔法鞄なのでしょうけれど……)
レッドは、馬用に出された水を一緒になって飲んでいる。
あまりお行儀が悪いようだと叱らなければいけないけれど、今は緊急事態だから仕方がない。
「すげーな、この桶。いくらでも水が湧いて出るぜ」
桶に頭を突っ込んで、どこから水が湧くのか調べようとしているレッドである。
水は、恐らく自身の魔力か魔道具を使って汲み出しているのだろう。少量の魔力で水を生成してくれるという魔道具が、桶か水袋に組み込まれているのだ。
「アリアちゃん、そんなに見ても俺は水魔法しか使えないから! 魔法剣士でもないし、剣技しか取り柄のない、しがない剣士だからっ」
「それだけ水魔法を使いこなしておいて、よく言う」
クロスは呆れ顔をしていた。
クロスの呆れようから、桶の水はリオンの魔法で生み出されていることがわかった。
一般的な剣士ならば、属性魔法が使えても単発の攻撃魔法止まりだ。飲み水を適量、桶に注ぐような応用は利かない。──というか、考えもしないのが剣士と言う職業である。
魔法剣士くらい器用に魔法と剣技の切り替えができるようになって、初めて応用を考える余裕ができる。むしろ、魔法剣士の場合は応用と創意工夫こそが華である。
「リオン、馬は大丈夫か? さっき、小型の魔獣を何匹か跳ね飛ばしていただろう」
魔獣、という単語にびくりと身を震わせるわたしに、クロスが言う。
「魔物避けの効果範囲内にいれば、馬に撥ねられる程度の雑魚は寄ってこない」
「それ以外の魔物は……」
「気が立っている魔獣や、馬より大きな魔物には効かないな。この先のことを考えると、魔力を温存しないとならないから、あまり強い魔法は使えない」
「そう……だね」
魔法の強さと、魔力の消費量は比例する。
優れた魔法使いほど、残り魔力量を計算して、上手く魔法を使うものである。
「大丈夫だよ、アリアちゃん。この平原に出没する程度の魔物なら、俺とクロスで倒せるから」
レッドが便乗して、気安く「オレも戦うから心配すんな」と言った。
そんなこんなで一息ついたところで、おもむろにリオンが言い出した。
「──ところで、アリアちゃん。説明してくれるかな?」
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