103.先輩冒険者の直感④逃げる
レッドが聞きつけたのは、急いで戻ってきたリオンの足音だった。
宿の階段を駆け上がってくるなり、いつになく緊迫した様子で言う。
「ごめん、夕飯はおあずけだ。すぐに出発するよ!」
「え? え?」
「何があった?」
クロスは、言いながらもすでに足が自分の部屋に向いていて、荷物を取りに戻る格好になっている。
ちなみに、手にはわたしのドレスを持ったままだ。
「アリアちゃんも、説明は後でするから早く支度して!」
リオンがわたしを部屋に押し込むようにして、支度を促す。そしてすぐにクロスの後を追って部屋に行ってしまった。
わたしは、その様子を目を白黒させながら、呆然と見ていた。
その背をぽんと叩かれて振り返ると、レッドがローブを押しつけてきた。わたしの、買ってもらったばかりの黒色のローブだ。ポーチもある。
「アリア、これ着ろ。行くぞ」
わたしはワケもわからないまま、言われた通りローブに袖を通してポーチを身につける。
「みんなどうしちゃったの? 何なの? どこへ行くの??」
「話は後だ。いいから黙って兄さんたちに従え!」
「レッド、さっきまでお夕飯の話をしていたじゃない? 支度って──」
「支度ならいつでも三十秒でできる」
早っ!
「リオン、オレとアリアもすぐ出れるぜ」
レッドに押されて廊下へ出る。
「ああ、助かる」
リオンとクロスが自分の荷物を持って引き返してきたところに出会した。
「ヤバそうな連中が村をうろついている。誰か探しているみたいだった。商人に化けてはいるが、あれは堅気ではないな」
挨拶回りに行った先々でそいつらを見た、とリオンが口早に説明する。
(誰かを探している……)
世界が、絶望に包まれた気がした。
探される人物など──心当たりしかない。
馬車を襲った盗賊たちが──いえ、雇われた暗殺者たちが、殺し損ねたわたししかいない。
すっと血の気が引くのを感じた。
「アリア、しっかりしてくれ!」
一瞬、気が遠くなりかけたところで、レッドに二の腕を捕んで揺すぶられ、現実に引き戻された。
「レッド……」
「いいか、アリア。連中が何者であれ、ここはリオンの言う通りにするんだ。こういう緊急事態のベテラン冒険者の勘は、侮れない。理由とか原因とか、そんなのは後でいい──っていうか、理由なんかなくたっていいんだ! とりあえず、言われた通りに動くことだけ考えろ!」
「あ……うん……」
「怖がらせてごめんね、アリアちゃん。鉢合わせしなければ大丈夫だから」
「リオン、宿代の支払いは?」
クロスが割って入る。
「多めに前払いしてあるから大丈夫だ。挨拶回りも済んだ。問題ない。予定より早く出立するだけのことだ」
そんなことを言い合いながら、せっつかれるように宿の階段を下りて外へ出る。
見ればレッドは、わたしの分の魔法鞄も一緒に担いでいた。
わたしはレッドの袖を引いて言った。
「レッド、わたし、自分の荷物は自分で持つわ。採取依頼に行くときと一緒よ。あなたは護衛であって、荷物持ちではないのだから」
「うるせえ、オレが好きでやってんだ!放っとけ! 荷物抱えた女が走ったところで、歩いてンのと変わらねえよ! ただでさえ鈍くせえのに!!」
なぜか、ひどい罵詈雑言が返ってきた。
「失礼ね。軽量化魔法がかかっているから平気よ!」
反射的に、売り言葉に買い言葉で言い返した。
わかっている。これは、わたしに余計なことを考えさせないための、レッドなりの気遣いなのだ。悪態をつき合っていれば、恐怖に呑まれて立ち止まることはない。
それから、ほんの少しの照れ隠しだろう。もとから時々、レッドはこういう物言いをする。素直ではないし、言葉遣いは乱暴だし、憎まれ口しか叩かない。
でも、その行動だけを見れば、確かに思いやりが含まれているのだ。
「お前ら、痴話喧嘩は後にしろ」
クロスが言った。
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