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【不遇令嬢はエルフになりたい】〜介護要員として辺境の祖父の屋敷で働くよう命じられたが、ざまぁする間もなく実家が没落した件〜  作者: 一富士 眞冬
第1章

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101. 先輩冒険者の直感 ②

 誤解もレッテルも、(いま)だにそのままになっている。

 わたし=アリアはもう王都には戻らないから、同時に王都のギルドから毒蜘蛛の魔女(ブラック・ウィドウ)アイリスの姿も消えることになる。

 もっとも、急に音信不通になったり姿を消したりすることは、冒険者にはよくあることだから、それほど話題にはされないだろう。幸い、納品依頼を受けていた品物もない。

 アイリスのことは、気にしなくても大丈夫だろう。

 

(ただ……わたし(アリア)が王都から消えて辺境に行き、同時にアイリスも辺境に現れたとなると……)

 勘繰る者が出ないとも限らない。

(もう“アイリス”の姿は使わないほうがいいかな……?)

 けれど、別人の姿になったところで、大毒蜘蛛の毒薬を納品すれば、正体を疑われてしまう。

 何しろ、大毒蜘蛛の毒を扱える毒薬使いは稀少なのだ。


「ついでに、しみ抜きもしておいたぞ」

 クロスが、ビーズを取った場所とはまた別の部位を示して言った。

「えっ!?」

「時間が経っているから、浄化系の魔法ではきれいにならなかったんだろう。部分的に時間を遡らせて、なかったこと(・・・・・・)にしておいた」

「嘘……どうやって……?」

「時空魔法」

「そんな、しみ抜きなんかに……」

 時空魔法は難易度が高く、使える者が非常に少ない。使い手も、術式自体も、とても珍しいものとされている。

 だから、魔法鞄(マジックバッグ)というものはどれも高価なのだ。

 生活魔法のように、しみ抜きなんかに気安く使っていい魔法ではない。

 専門店でしみ抜きをしてもらうと、非常に高くつくのは時空魔法が使われているからだとも言われている。

 

「そのうち、教えてやってもいい。アリアなら、使えるようになるはずだ」

 天属性なのだから、とクロス。

「ありがとう。このドレス、大切なものだったから……嬉しい」

 二度と、ドレスを着てパーティーに出るような機会は訪れないとしても。

 時空魔法にも興味があったけれど、きっとその話は、アレスニーアの魔法学園へと編入を勧める前置きになるのだろう。触れないでおくのが無難だと思った。

 

「お前も苦労したようだな」

 パーティー・ドレスに、真っ赤なベリー系の飲み物のシミ。それも、うっかりこぼした程度の小さな汚れではない。どう見ても、グラスごとぶっかけられたような大きなシミである。

 パーティーで、飲み物を――それもわざわざ濃い色のそれを、人前でかけられるような状況が、どういうものかは察しが付くとでも言いたげに、クロスはドレスとわたしに生温かい視線を向けた。

 

「たいしたことないわ。ちょっと飲み物をかけられただけよ。子供っぽい嫌がらせにすぎないわ」

 苦労して仕上げたドレスを台無しにされて、当時はずいぶんと落ち込んだけれど、今ここでその話をする必要はない。

 毒を盛られたわけでもなければ、刺されて血だらけになったわけでもないのだ。命の危険はなかったのだから、今思えば、たいしたことではなかったと言える。


「ところで、このドレスだが」

 クロスが何気ない調子で話題を変えた。

(まったくこの人は……)

 わたしが、ドレスを汚されるような境遇(いじめ)にあった話を、これ以上したくないだろうからと気遣って話題転換をしたわけではない。

 その証拠に、「たいしたことはない」と言ったわたしに「そうだな」と相づちを打ったのだ。

 

(そこは、少しは同情してくれてもいいんじゃないの?)

 嘘でもいいから、優しい言葉の一つや二つ、かけたところで罰は当たらないだろう。

 別に慰めの言葉が欲しいわけではないけれど、リオンだったら本気で心配してくれるだろうな、と思ってしまう。

 

(たぶん、本当に“たいしたこと”ではないと思っているのでしょうね)

 わたしが自分でそう言ったという事実も含めて、たいしたことではないから特に言及しなくてもいいと判断したのだろう。

 ──もっと酷い嫌がらせなんて、いくらでもある。

 お互い、本当に“たいしたこと”ではないと身をもって知っているからこそ、できるやり取りだった。


(他の令嬢にこんな塩対応したら、泣くか怒るかされるわよ)

 難儀な人だ。

 言葉が足りないために、多くの誤解を生むタイプだ。

 しかも空気を読まないから、他人と無用の軋轢(あつれき)を生むし、知らない間に敵が増えていたりもする。けれど、敵も軋轢も面倒ごとは全て魔法でなぎ倒してきたのだろう。

 空気が“読めない”のではなく、読めるが“読む必要性を認めない”という態度だ。

 魔法のことと、邪教徒を滅ぼすことにしか興味がなくて、それ以外は瑣末(さまつ)なことに分類している。

 

 そんな態度でも平然と世渡りができてしまうのは、色々な意味でそれだけ強いということである。

 冷たい、とは感じなかった。

 言葉はあれでも、稀少な時空魔法を何食わぬ顔をして使ってくれるところには十分な優しさを感じるし、同情的であるとも取れる。

 非常にわかりづらいだけで。


(少し、憧れるかも)

 誰の目も気にせず、誰の顔色をうかがう必要もなく、自由に生きられたなら──と。

(わたしにも、クロスくらい魔法の才能があったなら……灰被りみたいな生活をしないで済んだのかな……?)


 実際のところ、料理を作った後の少し暖まった厨房で、かまどの残り火にあたりながら眠れるのなら、それは恵まれた環境である。

 わたしは、眠る場所を探すのにも苦労した。

 寝床として使っていた唯一の居場所──物置部屋は、寄宿学校に入った後に撤去され、帰省したときには庭園の端の納屋で寝るしかなくなっていた。

 火の気がなく、隙間風がひどくて、とても寒かった。

(それでも、特異体質のおかげで風邪を引くことすらなかったけれど……)

 

 わたしの嫌いな例の童話のヒロインは、灰まみれになるまで働かされ、義母と義姉たちに罵倒(ばとう)されながらも、いつまでも舞踏会に行きたいと願っていた。

(馬鹿な()よね……)

 少し考えれば、理由もなく魔法使いが助けてくれるはずがないことも、ドレスもなければ礼儀作法も知らない、ダンスもできない娘がエスコートもなく舞踏会へ行っても、恥をかくだけだとわかるはずなのに……。


 だからわたしは、冒険者として稼ぐ道を選んだ。

 自分が魔法使いになって、自分自身を助けるのだと──。

ここまでお読みくださってありがとうございます。

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