94 共闘
命を、燃やせ。
「――っ!」
刹那に、今までの全てを込めろ。
「神よ……」
セラフィムは祈る。捨てられた自分たち天使を、導いてくださる神様を。
天使とは、もともとタナトスではない神によって造られた種族だ。しかし、かつての種族戦争によって敗北を喫した天使を、当時の神は呆気なく見捨てた。
使うだけ使って、不要となれば廃棄。惨めなあり方に、天使はいつしか救いを求めるようになって。
そうして、彼ら彼女らを救済したのが――死の神、タナトスなのである。
タナトスは、天使の不安や恐怖の全てを取り除いてくれた。
『死に祈れ。さすれば、救いを与えん』
その一言に、当時生きる気力を失っていた天使がどれほど救われたのか。かつての主に捨てられ、ただただ衰退の一途を辿っていた種族は、一柱の神によって再起する。
教えに従い、死をまき散らした。救いを信じて、死に殉じた。
死に願い、死に祈り、死に笑う。
そうして天使は、死んでいくことを幸福としたのである。
天使にとって、死は全てであった。
だから、死ぬのは怖くない。
恐いのは、神に見捨てられることのみ。
故に、天使は祈るのである。
「私の信仰を、ご覧あれ」
セラフィムは金色の炎を掲げた。命を燃料に燃え上がるその炎は、まさしくセラフィムの生命そのものだ。
消えれば、セラフィムも死ぬ。だが、命という莫大なエネルギーを燃焼して発揮する力は、先ほどの比ではない。
「【聖炎】!」
放たれた白き炎は、轟音を伴って加賀見太陽に襲い掛かった。
「……【闇炎の砲撃】」
闇の盾では防げないと判断したのか、太陽は迎撃の魔法を放つ。
激突した赤黒い炎と白い炎、一瞬拮抗するかにも思えたが――
「やはり、ですか」
加賀見太陽の力は、あまりにも強大で。
文字通り、身命を賭して威力を増幅させたセラフィムの炎ですら、圧し負けてしまっていた。
「それでもっ」
セラフィムは諦めない。天に飛び上がり、今度は光線のごとき黄色の炎を放つ。だがやはり、それらは闇と炎の入り混じった爆撃によって消し飛ばされ、無効化されてしまった。
力負けしていた。ただ、それだけだ。しかし、その事実はあまりにも大きすぎた。
「頑張ってるところ悪いけど、そろそろ反撃させてもらうぞ?」
気付けば、目の前に加賀見太陽が居た。空を飛んでいるセラフィム目がけて跳躍してきたのである。魔族化によって身体能力が跳ね上がっている太陽の動きは、もはや認識不可能なまでに達していた。
右の拳が、セラフィムの胴を打つ。
「くっ……!」
その衝撃は凄まじく、地面に激突してクレーターを作るほどであった。
接近戦では、相手にもならない。遠距離戦ではまだやりようもあるが、防御に徹されては攻め入る隙もなくなる。
「最悪、ですね」
よろよろと起き上がり、口の端を伝う血を拭いながら……セラフィムは、苦笑する。
及ばない。そう理解するも、最後まで胸を張って。
自らが投じる、死という名の幸福の旅路に心置きなく迎えるよう、目を見開く。
眼前には、禍々しいかぎ爪を振り上げた太陽が見えた。
「ケルビムさんも、やってくれたものですね。あなたを弱体化させるどころか、強化するとは」
「そうだな。あいつのおかげで、俺は記憶が取り戻せたわけだし。運が良かったよ。神様が俺に微笑んだんだろうな」
「……あなたごときが、神を語るとは。いったいどういう神経をしているのでしょうね」
「都合が良い時だけ、神様を信じることにしてるんだよ」
軽薄な笑み。セラフィムは肩をすくめて、前を見据える。
せめて、最後の一瞬。その時に、一矢報いられるように――彼は身構えていた。
自身の放てる最大の一撃を叩き込んでから、神の下に旅立つことを決意していたのだ。
死への恐れはない。ただ、自分にできる最大限の努力をすること。
それのみを、考えていたおかげだろう。
「【空閃・嵐】」
おもむろに、意識外から放たれた斬撃に――セラフィムは、反応することができた。
斬撃に合わせて、自らの攻撃も展開する。
「【六花の炎】!!」
斬撃の嵐と、六色の炎はお互いに絡み合い、唸りをあげて加賀見太陽へと襲い掛かった。
「――っ!?」
セラフィムに止めを刺そうとしていた加賀見太陽は、今ここで初めて驚愕を見せる。不意打ちに防御魔法を展開させる余裕はなく、ただ腕をクロスさせて防御の態勢を作ることが精一杯。
結果、加賀見太陽の頑強な肉体に――幾筋もの裂傷と、微かな焦げ跡が生まれるのである。
「ほう、あれに合わせるとは、なかなか見込みのある羽虫である。貴君には、某をサポートする役割を与えてやろう」
突然の声。太陽とセラフィムが振り向いたその先には、禿頭の剣士が一人。
その剣士は、頭が狂っているかのような、好戦的な笑顔を浮かべていた。
「おいおい……何の冗談ですか、ヘズさん。俺は加賀見太陽ですよ、分からないんですか?」
太陽はそこで、相手の存在を知覚したらしい。盲目の狂戦士、ヘズの登場に怪訝な声を上げた。
「ん? 某が知っている太陽殿は、もっと人間っぽかったはずだが……貴君のことを、某が知らないな」
だが、当の本人は白々しくこんなことを言うのみ。
「ヘズさん、目見えないじゃないですか……本当は、魔力とかそういうので俺の事識別できてますよね?」
「知らんな。我はただ、偶然この場に居合わせただけである。それで、強者を前に戦わずいはいられなかっただけだ。決して、戦いたいがために適当な口実を作っているわけではない」
「やっぱり頭おかしいですね……そこまでして戦いたいとか、ちょっとどうかと思いますけど」
「いつの間にか人間辞めてた貴君に言われたくないのだが」
既知を感じさせる会話だが、二人の間に和やかな雰囲気は微塵もなかった。
「まあ、かかってくるなら全力で潰しますよ」
「やれるものなら、やってみろ――と言いたいところであるが、今回はあまりにも分が悪い。一対一が信条の某だが、見てみると貴君も二人ペアのようだしな。こちらも、二人で挑ませてもらおう」
ヘズは、リリンの存在に感づいていたらしい。なので、彼はセラフィムと手を組んだということだろう。
「そこの羽虫。貴君は、察するにサポート向きの力を持っている。某をサポートしろ、さすればあの化物に一矢報いらせてやる」
「偉そうですね……しかし、私に選択権はありませんよ」
セラフィムは、禿頭の戦士の提案に乗るしかなかった。
そうでもしなければ、太陽の一矢報いることが出来ないと、実力差を肌で感じていたからである。
「私の、信仰のために」
「何のためでも良い。某が戦いを気持ち良く行うために、サポートせよ」
こうして、ヘズとセラフィムは手を組むことになった。
化物じみた加賀見太陽を、倒すために――




