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84 混戦

「ドミニオンズが死んだ」


 今しがた、天使から報告を受けたケルビムは満面の笑みを浮かべた。

 仲間が死んだというのに、彼は声を弾ませて言う。


「使命を果たして、立派な死を遂げたらしい。最初から最後まで頭のおかしいやつだったが、その素晴らしい死に様には敬意を払おう」


 死を至上とする彼ら天使にとって、死とは名誉であり功績なのだ。

 そこに悲観する様子はない。


「楔もしっかりと打ち込んでくれたようですね。立派な信仰を見習いましょう」


 セラフィムもまたケルビムと同様に死を称えている。それに同調するように、車椅子に座っている少女も笑い声をあげていた。


「ケルビムさんツンデレ? きも~い」


「黙れオファニム。てめぇも、俺に称えられるくらいの功績を残せよ? いつまでもサボるんじゃねぇ。殉教しろ」


「え~? あーし、最終兵器なんですけど~? ケルビムさん、頭四つあるのに空っぽとか、爆笑」


 ケルビムを小バカにして笑うオファニム。仲間が死んだというのに、天軍九隊いつも通りであった。それくらい、彼ら彼女らにとって死とは当たり前のものであり、祝福されるべきことなのである。


「おいおい、やる気満タンだろこれはっ。ドミニオンズが死ぬくらいの強さとか、心踊るぜ! 次は俺に行かせろよ!」


 そして、太陽との戦闘に名乗りを上げたのは子供の容姿をした天使だった。彼の名は力天使のヴァーチェスという。


「……力試しもほどほどにしろよ? てめぇも、ドミニオンズと同じように楔を打ってから死ね」


「おう、俺に任せろ!」


「返事はいいんだけどな。てめぇはいつも何も考えてないから信用ならないんだが……まぁいい。行け」


 四つの顔で不安そうな表情を浮かべるケルビムだが、ヴァーチェスは微塵も気にしない。戦いに飢えた獣のようにそわそわと体を揺らしながら、空を飛んで行ってしまった。


「ふぅ……あいつも楔を打てれば、勝機が見えてくるんだが」


 肩をすくめて、空を見上げるケルビムさん。

 万事上手くいくことを願っているようだが、事はそう簡単にいきそうにないようだ。


「き、緊急報告です!」


 ヴァーチェスと行き違いでやってきた天使は、ケルビム達の反応も待たずに慌てた様子でこんなことを報告するのであった。



「人間が二名、天界に侵入しました! 一人は召喚術師、一人は剣士です!」



 更なる侵入者が、天界にやってきたようだ。


「何!? あの化物一人でも手を焼いてるというのに、更に戦力が来たのかっ」


 唇を噛むケルビムだが、しかし報告はまだ終わってなくて。



「さ、更に……なんと、エルフの侵入者も一人発見されまし――ぐがっ!?」 



 その言葉と同時、天使の胸から槍の穂先が飛び出てきた。

 黄金色に輝く槍は、報告をしていた天使の命を貫く。光の欠片となって消失していく彼を眺めながら、槍を繰り出したそいつは何てこともなさそうに一つ息を零した。


「どうも、侵入してきたエルフです」


 そいつは、茶色のくすんだ髪の毛を持つ、やけにやる気のなさそうな青年の『エルフ』である。

 彼の名は――


「僕はトリア。化物退治、手伝ってあげようか?」


 エルフ国において、最強と呼ばれた男。トリアが、天使に手を差し伸べていた。


「見たところ、大した戦力はないんでしょ? 一通り、その辺の天使殺してみたけど……みんな弱かったし」


「……てめぇ、何が目的だ」


 突然現れたトリアに、ケルビムは警戒するように目を細くする。

 すると、トリアの今までやる気がなさそうで半分しか開いていなかった目が、ここに至ってようやく全開した。


「最強の化物を、殺すために」


 そう。彼の目的は、一つ。


「加賀見太陽を、どうしても殺したいんだ」


 エルフに屈辱をもたらした、加賀見太陽の殺害。

 それのみを求めて、彼は天界にやって来たのだ。


「敵の敵は仲間でしょ? 僕、強いし。君たちの力になれると思うけど?」


 全ては、過去の雪辱を果たすために。


「……面白い、気に入った。てめぇの目を見れば、今の言葉が本心だって分かる。よろしく頼むぞ、エルフ」


 本気の言葉からはケルビムも何か感じ取ったのだろう。薄く笑って、彼はトリアを受け入れる。

 こうしてトリアは、天使と手を取り合ったのだ――




 一方その頃、天界に降り立った二人の人間は互いに睨みあっていた。


「悪いが、シリウスよ。某は召喚術師が嫌いでな、行動は一緒にしたくない。自らの手で戦わぬ臆病者に背中は任せられないのでな」


「あらん? 魔法も使えない雑魚が何を偉そうなこと言ってるのかしら? こっちだって、野蛮に戦うしか能がない剣士なんて願い下げよ」


 一人は召喚術師のシリウス。彼は召喚獣の願いに従って、この場所に来ていた。


「まったく、可愛くない男って嫌いだわ。魔王ちゃん、さっさと行きましょう」


『うむ。加賀見太陽を殺しに、行こうではないか』


 シリウスは別に、天界になんて興味なかった。太陽については然程何かがしたいわけではなかったのだが、契約している元魔王がどうしても天界に行きたいと言ったのである。


 元魔王の目的――それもまた、加賀見太陽の殺害である。


『娘に良いところを見せたいのだ。いつまでも、情けない親ではいられまい』


 自らを貶めた加賀見太陽を殺す好機を、魔王が見逃すはずもなかったのだ。

 シリウスと魔王もまた、天界の戦いに参戦する。


「さっさと行け……絶対に、某の邪魔をするな」


 そして、もう一人の人間は盲目の剣士ヘズであった。

 彼がここに来た目的も、魔王やトリアと然程変わらないものである。


「せっかく、魔王になってくれているのだ……それを口実に、挑ませてもらうぞ。太陽殿」


 加賀見太陽と、戦うために。

 ヘズもまた剣を握り、天界の戦いに参戦したのである。




 加賀見太陽のせいで、天界の秩序は一気に崩されることとなった。

 天使勢力、加賀見太陽、シリウス・魔王コンビ、ヘズ……それから、どことも知れない場所で天界を静観している神タナトス。


 ある者は信仰のために。ある者は復讐のために。ある者は誇りを得るために。ある者は強さ求めるために。ある者は、息子を取り戻すために――天界で、混戦が始まる。

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