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81 使いたい時に限って、必要なものがないという世の中の真理

 夜のことだ。なんかいきなり叩き起こされて、太陽はこんなことを言われた。


「神様を、殺しなさい」


 最初、こいつは何を言ってるんだろうと太陽は寝起きの頭で思ってしまった。


「魔族の誇りを、取り戻すために――」


 続く言葉を耳にして、太陽は目を閉じる。


「ごめん、無理。俺、自分の息子を取り戻すために頑張らないといけないから」


 物事には優先順位がある。

 魔族の誇りとか、はっきり言ってどうでも良かった。取り戻すべきはそれじゃない。

 太陽は、自分の太陽を取り戻さなければならないのだから。


「じゃあお休み。夜更かしはダメだぞ」


 最後にそう言って、太陽は眠ろうとした――ところで、リリンに股間部を思いっきり叩かれた。


「ぎゃぁあああああ!! 痛い!! 痛い、と思ったら痛くない!? そうか、何もないからセーフなのか……まったく痛くないとか、ふひっ」


 途端に叫ぶも、痛みは錯覚だと気づいてホッと安堵。されども、それはそれでなんだか複雑な感じだった。

 やはり、大事な部分がないというのはちょっと落ち着かないのである。


「ってか、何するんだよお前は……男の大事な部分を強打するな」


「今はないからいいじゃない。それより、寝るなっ」


 リリンは唇を尖らして、太陽の両頬を手で挟む。


「あたしのお願いをちゃんと聞いてっ。あんた、今は魔族なんでしょ? 魔王なんでしょ? だったら、しっかりと役目を果たしなさいよ……魔族の存在を、再び世界に知らしめるのよ」


 ふざけるなと、リリンは言っていた。

 だが、太陽は真面目に聞くつもりにはなれないらしく、欠伸交じりに言葉を返す。


「そんなに怒ってるくせに、他力本願か? 俺に全部押し付けるのか? それを真面目に言ってるのなら、それこそお前の言う『誇り』とやらが泣くぞ?」


「――っ」


 軽い物言いだが、的確な指摘であった。リリンは何か反論しようとするが、何も言えずに押し黙ってしまう。

 少し黙して、それからようやく絞り出した言葉は……悔しそうに、震えていた。


「だって、あたしには何の力もない。あたしには、何もできない……っ」


 言い訳じみた言葉に、太陽はその鼻先を指で弾いた。


「バカだよなぁ、お前。いいか、お前にとって俺は、使い魔だ。つまり武器だ。この俺を従えているくせに、自分で何もできないと思い込むとか……あの王女様並みに頭悪いな」


 不敵に笑っている太陽は、別にリリンを見放しているわけではない。

 むしろ、彼女を奮起させようとしてすらいる。


「覚悟を決めろ。お前の願いは、お前の手でつかみ取って見せろ……そのためにやるべきは、俺に命令することじゃないだろ?」


 太陽は不思議と、リリンのことを拒絶しようとは思ってなかった。

 彼は使い魔になっている身である。故に、主のためになることが、今の太陽にとっての第一となっていたのだ。


 無意識下に太陽はリリンを尊重している。

 故に甘やかしたりしない。楽な方向には逃がさない。あえて、厳しい物言いをしているのだ。


「お前の意思を、はっきりと口にしろ」


 眼前にあるリリンの瞳は、太陽にのみ注がれている。

 金色の瞳を瞬かせて、彼女はゆっくりと――自らの意思を、示すのだった。



「神様を、殺す。だから、ついてきなさい」



 自らの手で、魔族の誇りを取り戻す。

 太陽に丸投げするのではない。リリンは、自らがそうしてやると決断したのだ。


「ああ、分かった。不思議と、お前のことは放っておけなくてな……どこまでも、ついていってやるよ。ただ、ついでに俺の息子も取り戻すけど、それでもいいなら」


 そして太陽は、あたり前のように協力を約束するのだ。使い魔として、それが当たり前と思ってしまったのである。


「よく言ったな、リリン。偉いぞ」


 リリンを労うように、頭を撫でてやる太陽。

 そんな太陽に、リリンはおもむろに頬を赤くして――


「……ぁ、ヤバいかも。発情した」


 そして紡がれた言葉に、太陽の笑顔は固まるのだった。


「ちょ、待てよ……お前、子供だろうが。不健全なのはダメだぞ?」


「あたしはサキュバスよ? 不健全なのが当たり前で、あんたはイケメンじゃないけど……なかなか、悪くないと感じちゃってる」


 頬に触れるに吐息が熱い。目はとろんとしており、身体は微かに揺れている……


(まずいっ。なんだかリリンがエロく見えてきた!? くそ、使い魔になってるせいでこいつのことは拒絶できない……っ)


 太陽はお姉さん好きの童貞だ。年下、それも年端のいかない少女など興味すらないはずだった。

 だが、今は使い魔である。主の望むことは、無意識の中で叶えようとしてしまう。


 故に、主が発情した場合……彼にもまた、ムラムラが襲い掛かってくるのだ。


「た、太陽……?」


「ひゃ、ひゃいっ」


 初めて名前を呼ばれて、太陽の声は上ずる。童貞故の臆病さか、身体が硬直してしまっているようだ。

 だが、サキュバスが欲望を抑えるわけもなく。


「あたしの処女……捧げてもいい?」


 すっと身を寄せて、リリンは甘い声を囁いてきた。

 二人の距離はもう僅か。あと少しで、二人は一線を越え――られるわけがなかった。



「って、それこそ無理だよ! 俺、今はついてないって言っただろ!? ムラムラさせるだけさせて、結局何もできないってどんな拷問だよこれっ」



 そう。今の太陽には、あれがない。

 故に、いくら相手がその気になったところで、太陽はどうしようもないのだ。


「……何でこういう時に限ってないのよ。あたし、ちょっと我慢できないんだけど」


「俺に文句言われても困るんですけど」


 二人して不満そうにしているが、ともあれ行為には至らない。

 結局、太陽は童貞のままに。


「俺の息子がなくなったのは、天使のせいだからな……天界ぶっ潰すぞ」


「そうね。あんたのを取り戻して、あたしが処女でなくなるためにも――神様、ぶっ殺すわよ」


 リリンと一緒に、天界を潰して神様に殴りこむ。

 そのことを、誓うのであった。



「はぁ、今日も天界に行くのですか? 別に転移してあげてもいいですけど、その代わり死んでくれませんか?」


「おっと、手が滑った」


「あぁあああああ!? 壁が壊れたぁ……この悪魔、人でなし、鬼畜!!」


「魔王だからな。それより、いい加減言うこと聞かないとこの城壊すぞ?」


「っ、ぐぎぃ……ま、任せてください! わたくしと太陽様の仲じゃないですかっ」


 翌日の朝、太陽はアルカナに再び転移魔法をかけるようお願いした。

 当たり前のように変なことを言ってきたアルカナを脅した後、太陽は見送りに来ていたミュラに向き直る。


「それじゃあ、行ってくるから……いい加減、離してくれない?」


 裾の長いメイド服を着ているミュラは、あからさまに寂しそうな顔で太陽を見つめていた。


「……だって、寂しいんだもん」


「いや、それならついてきても良いんだって」


「それはダメ。ボクは絶対に足手まといになるし、ゼータさんが居れば太陽くんの面倒を見てくれるだろうし……」


 天界への殴り込みは、リリンとゼータと共に行くことになっていた。

 王女様は全力で拒否したのでパス。どのみちうるさいので連れて行く気はなかったが。


 それから、ミュラも行かないと言い張っているのである。


「でも、寂しいのは仕方ないよ。また、離れ離れになるなんて……」


 俯く彼女に、太陽は頬をかく。

 童貞故に、こんな時どんなことを言ったあげればいいのか分からない。


 だが、不器用なりに……太陽は、優しくこう言うのだ。


「ちゃんと戻ってくる。その時は、ミュラのお手製料理、何か食べさせてくれ。修行したんだろ?」


 目線をミュラに合わせて、できれば肉がいいと快活な笑顔を見せる太陽に……ミュラは、仕方ないと言わんばかりに笑う。


「……分かった。期待してていいよ? とびっきりの料理を、食べさせてあげる」


 そう言って、ミュラは太陽の頬にちょこんと唇をつけた。


「待ってる、から」


 それだけを言って、彼女はこの場から走り去ってしまう。


「……ぜ、ゼータっ。チューされた!? 俺、今もしかしてチューされたよな!」


「子供のすることです。本気になさるのもどうかと思いますが」


「そ、それもそうだな。うん、そうだよな」


 興奮しかけた太陽は、ゼータの冷たい言葉によって落ち着きを取り戻す。

 それから、ゆっくりと深呼吸して……自らに、気合を入れるのだった。


「よし! 天界に行こう!!」


 掛け声とともに、ゼータとリリンへ視線を向ける太陽。

 だが、二人とも太陽のことなんて気にもかけていなかった。


「ちょっと、あれくらい許してあげなさいよ。あんた太陽の使用人なんでしょ? それくらいで嫉妬しない方がいいんじゃない?」


「嫉妬なんてしておりません。というか、リリン様こそ、ご主人様を呼び捨てにするくらい仲が良くなったようですね」


「べ、別に、あたしはサキュバスなんだから、男なら誰であろうと節操なしに食べるわよ! 勘違いしないで、あたしはただこいつで性欲を発散させたいだけなんだからっ」


 言い争う二人に、太陽はニヤニヤとした笑みを浮かべて。


「ほらほら、俺の事大好きなのはわかったから、さっさと行くぞ」


「別に好きではありませんっ」


「勘違いしないでって言ってるじゃないっ」 


 反論の声を軽やかに聞き流しながら、太陽は王女様に転移魔法をお願いするのだった。


「では、どうかもう帰ってこないでくださいませ……って、嘘です嘘! やだなぁ、冗談ですよ――【転移】! さっさと行っちゃえ!!」


 王女様が、転移魔法を展開する。


 太陽は、己の息子を取り戻すために。

 リリンは、魔族の誇りを取り戻すために。

 ゼータは、特に用事はなかったが太陽と離れたくないがために。


 各々が目的を達成するべく、三人は天界に向かうのであった――

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