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78 天界偵察(虐殺)

 天界は一面がお花畑の美しい世界だ。色とりどりの花に、桜の木々が咲き乱れるこの場所は植物以外の全てが雲で構成されている。

 家らしき建物も全部雲だ。白くてふわふわした景観は、誰であろうと見るものの心を穏やかにするだろう。


 だが、彼はその例外にあたるようだった。


「【闇の波動(ダークネスウェイブ)】」


 放たれた闇の波動は、天界の地面である雲を抉る。花をちぎり、空気を裂き、全てを蹂躙するのだ。彼が暴れるせいで、天界は少しずつ無残な姿へと変わっていく。


「お前を倒して、俺はあいつと結婚するんだぁあああああ!!」


 蹂躙の矛先は、もちろん天界の住人――天使にも向けられた。闇の波動は叫ぶ天使を容赦なく呑みこみ、天使を亡き者にした。


「ぐげぇ」


 奇妙な鳴き声の後、天使は光のエフェクトとなって消えていく。どうやら天使という種族は、死んでも死体を残さないようなのだ。光となって消えていくため、グロテスクさがまったくない。


 まるでゲームのようでもあった。そのせいか、天界に乗り込んだ化物――加賀見太陽は、調子に乗って天使を殺しまくる。


「フハハハハハ!」


 高笑いしながら彼は闇の波動を放つ。天使は一撃で光の欠片へと変わっていった。どうやら、今太陽に襲い掛かっているのは雑魚のようである。個々の力は弱いが、数だけは異様に多かった。


「俺が行く! 何、とっておきの秘策があるんだ!!」「バカ野郎、ここは俺に任せて先に逃げろよ!」「私が殺してしまっても構わないのでしょう?」「お前らとなんか一緒にやってられるか! 先に帰らせてもらうぞ!」「や、やったか……?」


 次から次へと襲い掛かってくる天使達。太陽は残虐なまでに容赦をしなかった。


「息子を失った恨み! 今晴らしてみせる!!」


 近づいてきた天使は肉弾戦でボコボコにする。魔族化した彼の肉体は召喚される前よりも頑強になっているようで、一撃一撃が必殺となった。結果、天使はどんどんと数を減らすことになる。


「死ねぇええええええええええ!!」


 天界にて、太陽は暴れまわっていた。人間界から王女様の転移によって天界への侵入を果たした太陽は、すぐに天使に見つかって戦いに入っている。結構な時間が経っているが、ずっと戦い続けていた。


「クソ! エクスシア様の無念、私が晴らしてやるっ」


「エクスシアって誰だよ……っと」


 叫びながら突撃してくる天使を屠って、太陽は軽く一息ついた。興奮する意識を落ち着けて、冷静になるよう努める。

 ちょっとだけ、何かがおかしいことに気付いたのだ。


「こいつら、死ぬの怖くないのか? さっきから全く怯んでないみたいだけど」


 天使の様子が少し気にもなっていたのである。どうも彼ら彼女らは太陽を……というか、死を怖がっていない。誰もが果敢に勝負を挑み、そして呆気なくやられていくのである。


 生にまるで執着していないというか、無謀というか……その不可思議な態度に、太陽は疑念を抱いていたのだ。


「ぎゃぁああああ!! 死ぬ、アルカナ死んじゃうよ! やめて、こないでぇえええええ!」


「……王女様みたいに、泣き叫ぶのが普通だよな」


 隣には頭を抱えて喚く王女様が一人。天界には彼女と二人で来ていた。理由は、あまり長居しないので転移が使える王女様をそばに置いた方が移動に便利だと思ったからである。


 ゼータとミュラ、それからリリンもお城でお留守番させていた。リリンはともかく前の二人は一緒に行きたがっていたのだが、最初は偵察だけだからと置いてきたのである。


(……敵情視察は大事だしな。ゼータ達は危ない目に合わせたくないし)


 いつも能天気な彼らしからぬ、用心深い行為だった。記憶喪失なので思い出すことはできないが、前回エルフの国で不用意にゼータを連れて行って傷つけたことを、心のどこかでは覚えているのかもしれない。


「うぅ……アルカナ帰るぅ。お家に帰るぅ! 帰ってビスケット食べるぅ」


 ちなみに、王女様を連れてきたのは、彼女なら逃走が容易だと思ったからである。しかし今は連れてきたことを後悔していた。


「あんぎゃぁあああああ!? 太陽様、次が来るよ! アルカナを守って、無駄に強いんだからこういう時くらい役に立って!!」


「……王女様、うるさいから」


 さっきから頭が痛くなるくらい、王女様は叫ぶのだ。根が臆病な箱入り娘に、戦場はあまりにも過酷だったらしい。


「た、太陽様が、強引に連れてきたんだよ!? アルカナ、行きたくないって、言ったのにぃ」


「はいはい、ごめんごめん。もうすぐ帰るから……あと一人、ちょっとは強い奴が来るまで待ってくれ」


 幼児化してピーピー泣く王女様に太陽はうんざりしつつも、作業のように天使を倒すこと暫く。


「ぐふぇっ!?」


 一人、殴った天使が足元に落ちてきた。しかしこの天使、他の天使とは違って……すぐに光の欠片にならない。つまり、耐久力が他より高かったのだ。


 こいつはまだ死んでいない。そう判断した太陽は、続けざまに二撃目を放つ。

 今度は蹴りであった。


「っらぁ!」


「あぎぃっ」


 腹部を強かに蹴られて、くの字に折れる天使。

 女性の天使であった。頭には光の輪、背中には二枚の羽根、銀の髪に銀の瞳の、さっきまで倒しまくっていた天使とはそう違いのない天使である。


 しかしその瞳には……なんというか、怪しい輝きがあった。


「ら、らめぇ……もっと! もっと、私を殴って!!」


 いや、怪しいというか、その瞳にはハートマークが浮かんでいた。


「あはっ、なんという痛み! すっごいパンチとキック……こ、興奮が止まらないよぉ。うへへ、この主天使ドミニオンズは、あなたみたいな強者を求めていた!」


「……えっと、つまり?」


「もっといたぶって! 私を、殺す勢いで……痛めつけてぇ」


 己の体を抱きながらくねくねする、主天使ドミニオンズ。どうにかそこそこ強そうな奴を見つけた太陽だが、本能的にこいつはヤバいと直感した。


「お、お前、変態だなっ?」


「変態じゃないよ? ちょっとだけ、痛いのが好きな天使のお姉さんだぞ?」


「つまり変態ってことか。気持ち悪っ」


 思いっきり身を引く太陽に、ドミニオンズは荒い息を吐き出した。


「はぁ、はぁ……もっと言って! 私を、もっと罵倒して?」


「死ね! 気持ち悪い! あっち行けよ! 顔だけ美人とかお前王女様かよ!?」


「あひぃん……ぞ、ぞくぞくしゅるのぉ! ら、らめぇ」


「ちょっと待って太陽様? 今、アルカナのこともさりげなくバカにしてたよね? ね?」


 興奮する変態が一人。ドン引きする化物が一人。ぎゃーぎゃ喚く泣き虫が一人。

 場は既に混沌と化していた。太陽は相手のペースに飲み込まれるなと、己を律する。


「け、嫌悪感が半端ないけど……こいつまでは殺しておこう」


 偵察はドミニオンズまで。そう決めてから、未だくねくねするドミニオンズに向けて太陽は魔法を展開するのであった。


「【闇の砲撃(ダークネス・バズーカ】」


 手のひらから、大量の闇を放出する。闇はうねりをあげて雲を契り、大気を穿ち、そしてドミニオンズに直撃した。


「ひぎぃ!?」


 闇の砲撃に撃ち抜かれて、ドミニオンズは頬を緩める。目は恍惚としており、頬は真っ赤に染まっていた。口はだらしなく開けられ、舌はだらりと伸びている。口の端からは涎が滴っていた……というか、あへ顔だった。


「ら、らめぇえええええええ!!」


「……ってか、これで死なないのか」


 ぴくぴくと痙攣して地面に寝そべるドミニオンズは、しかし攻撃が効いてる様子がなかった。闇を浴びてなお彼女は健在である。むしろ元気になっているようにも見えてしまった。


(これは、もっと大きな攻撃じゃないとダメっぽいな)


 内心で舌打ちを零して、次撃へ移ろうとする。

 今度はもっと威力の高い、ドミニオンズを吹き飛ばすくらいの一撃を放ってやると、魔力を練り上げて。


「――ぇ」


 そして加賀見太陽は、しりもちをついた。


(これ、はっ)


 体に力が入らない。めまいもする。視界がふらふらと揺れている。

 それはまるで、魔力が不足した時のような状態で……


「っ、王女様! 転移してくれっ」


 今は危ない。そう直観した太陽が、余裕のない声を発した。鋭い声は、隣であたふたしていた王女様をしっかりとさせる。


「は、はいっ。では、今すぐにっ」


「早くしてくれ……ちょっと、危ないっぽい」


 頭痛にうめきながら、太陽は慌ててドミニオンズを確認する。変態は未だ体を痙攣させているだけなので、逃げるのは問題なさそうだった。


「行きます……【転移】」


 そして、太陽は王城へと帰還する。

 この戦いで、太陽は使い魔になったデメリットを知ったのだ。


 魔力の欠乏――主であるリリンが隣に居なければ、太陽は十分に戦えない。

 そのことに、彼が悩むことになるのは、そう遠くない未来の話である――

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