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66 どうせ喪失するなら記憶じゃなくて童貞が良かったんですけど

「さてさて。そろそろ俺がここに居る理由とか、ついでにお前ら何してたのとか、そもそも俺って誰? みたいなことを一通り説明してほしいんだけど」


 彼はそう言って、足元でうずくまるロリサキュバスことおもらしリリンちゃんに視線を向ける。


「改めて言うけど、記憶がない。っつーか、知識があるのに思い出だけがないんだよ。エピソードっていうか、俺の過ごした日々みたいのが消失してる。これってどういうことだ?」


「……そんなの、あたしだって分からないわ」


「おもらししたからっていつまでも拗ねんなよ」


「拗ねてないし」


 ぶすっとした表情のリリンは、ふてくされたようにそっぽを向いている。子供特有の強情さに彼はやれやれと首を振っていた。


「はぁ。なんでこうなってんのかな……俺、記憶はないけどなんとなくおっぱいが触れる気がしてたんだ。それが邪魔された気がする」


 彼は確証こそなさそうだが、やけに残念そうな顔をしていた。


「あと一歩だった気がするんだよ。分かるか? ほんのもう少しで、俺は童貞を喪失しようとしてたんだ。だけどなんだ、なくなったのは記憶の方とか、ふざけんなよおい」


「……ふーん。あんた、童貞なんだ」


 童貞という言葉に、リリンはピクリと反応した。自身も処女なのでどことなく仲間意識を覚えたようである。


「まあ、あたしにはあんたのことなんて分からないわ。ただ、偶然発動した召喚魔法であんたが出てきたってだけの話よ」


「召喚魔法……お前、召喚術師なのか? オカマなのか?」


「どっちも違うに決まってるじゃない。魔法が発動した理由はあたしだって分かんないし……それに、何よオカマって」


「や、召喚術師ってオカマのイメージがあるんだよな。なんとなくだけど」


 不思議そうに首をひねる彼だが、ともあれ記憶がないので思い出そうという行為そのものが無意味である。


「話をまとめると、お前が俺を召喚したのは偶然で、俺の正体も分からないということか。なるほど、何も解決してないな」


 現状、リリンも彼も何も分かっていないようだ。うんざりとした息を吐きだされて、ジトっとした視線がリリンに向けられる。


「で、お前は何であの蛇に食べられそうだったわけ? あと、そういえばなんとなくであの蛇ぶっ殺したんだけど、それって実はまずかったりする?」


「それは……別に、まずくないわよ」


 まずいわけがない。何せ、死にたくなかったのだから、リリンからすればこの人間は救世主のようなものだ。


「あ、あたし、実は生贄みたいになってて、だから食べられそうだったんだけど……あんたのおかげで助かったわ。その、ありがと」


 それでも素直になれなくて、感謝を伝えるのにもぶっきらぼうになっていた。

 唇を尖らせるリリンに、人間はからかうような笑みを浮かべる。


「素直になったら可愛いじゃん。ま、子供だから俺の守備範囲外なわけだけど」


「子供って言わないで! あたしだって、もう12歳よっ。立派な大人なんだから!!」


 彼の言葉に、今度は語気を荒げるリリン。どうやら気にしてることを言われて頭に血が上ったようだ。


「大人、ね」


 されどもその人間は自分のペースは崩さない。ニヤニヤと笑いながら、値踏みするようにリリンを眺めている。


 くせのある金髪に、くりっとした金の瞳。肌は真っ白ですべすべだが、肉付きは薄い。伸びた八重歯、小さな角と翼、くねくねと動く尻尾は愛らしかった。衣服は胸元と腰元を覆い隠す程度の露出が多いものだが、本人がロリなせいで色気はあまり感じられない。


 一通り見て、ふむふむと頷いた人間はハッキリと一言。


「頑張れ」


「応援するな! 憐れむようにあたしを見るな! み、見てないさいよっ、すぐに立派なサキュバスになってみせるんだから」


 そんな人間の言葉に、リリンは顔を真っ赤にする。


「あんたの童貞なんて、あたしが奪ってやるわよ! 今に見てなさいよねっ」


「……お前が大人のサキュバスだったら、喜んで捧げてたのにな」


 再びのため息は、落胆からくるものなのか。


(何よ……何よ、何よ!)


 命を助けてくれのには感謝していたが、一連の態度にリリンはむくれてしまっていた。


(こいつ、いったい何なのよ)


 謎の人間を眺めながら、彼女は思案する。


「ってか、お前サキュバスなのか……それって、魔族でもあるという意味だよな。魔族と聞くと、なんとなく血が騒ぐんだけど、いったい俺は何者なんだか」


 突然の召喚に、記憶喪失。普通の人間ならパニックに陥ってもおかしくない現状に、されどもこの人間は能天気なままだったのだ。


(こいつは、普通じゃない……?)


 そもそも、大蛇ウロボロスを肉弾戦だけで圧倒できる存在が、普通なわけがないかと自答。

 次いで、矛盾が発生した。


(あの脆弱な人間に、ここまで強い個体がいたの?)


 人間だ。そう、今しがた目の前にいるのは人間だ。

 あの、吹けば飛ぶようなか弱い生物が、ここまで強いという事実にリリンは驚いている。


(まるで、あの……チート野郎みたい)


 噂でしか聞いたことこそないが、魔族を滅ぼしたチート野郎のようだと思うリリン。

 魔王城にて数多くの強者を滅し、あまつさえ魔王の殺害さえも果たしたチート野郎に、目の前の人間を重ねてしまった。


「まさか、ね」


 ありえない。そんな化物が、未だに処女の未熟なサキュバスに召喚されるはずがないと、リリンは否定する。


「そういえば、他のみんなはどうして……」


 と、そこで先ほどから生贄の儀式を見守っていたはずの同胞が来ないことを不思議に思った彼女は、何気なく周囲を見渡してみた。


 先程までは祭壇が崩れたことによる土煙で見通しが悪かったのだが、もうすでに薄くなっている。

 目を凝らして、そうして見えたのは……


「動くな、リリン! そいつが、何故ここに居る!?」


 怯え、震え、恐怖に涙する同胞達だった。


「――――ぇ」


 言葉もなく身をすくめる仲間達に、リリンはどうしていいか分からずに戸惑うばかり。

 何に驚いているのか分からなかった。


 だが、先頭に立ってこちらを睨む老魔族の言葉によって、リリンはすべてを理解することになる。


「そいつは、加賀見太陽――我々魔族を追い詰めた、張本人じゃ!」


 召喚して、突然現れた記憶喪失の人間は、同族を追い詰めた当人でした。

 そんな事実に、リリンはまたしてもぽかんとしてしまうのだ。


「え? ……嘘、こんな童貞が、あの化物なの?」


「童貞で悪かったな、ロリおもらし」


 驚くリリンに対して、その人間はあくまで平然としており。


「ふーん。確かに、加賀見太陽って言われたら、たぶんそうなのかもしれないって気がしてくるな。うん、俺は加賀見太陽だ」


 自身の名前に気付くことができて、むしろ喜んでいる始末。


「じゃあ、改めて。俺は加賀見太陽、よろしくなリリン」


「あんたが、加賀見太陽……っ」


 能天気に笑う人間――加賀見太陽に、リリンは思わず拳を握る。

 この人間に、リリンは言いたかったことがあるのだ。


「あ、あんたの、せいでっ、あたしは処女のまま死にそうになったのよ! バカ!!」


 そう。彼女は、こんな風に生贄にされそうになって怒っていたのである。


「いや、そんなこと言われても、記憶がないんだから困るんですけど」


 されども人間は、軽薄なままに。

 あははと、かつて滅ぼそうとした魔族に笑みを向けるのであった――


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