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63 いよいよ主人公に春が来てしまうのか……

 フレイヤ王国、王城。

 寝室にて、アルカナ・フレイヤ王女はこんなことを呟いた。


「エリス、太陽様との約束、覚えてる?」


 隣に控えるエリスは、その言葉に首を傾げる。


「……何か約束してた?」


「ほら、おっぱい触らせてあげるっていう」


 そう告げると、エリスは思いだしたように小さく息を漏らす。


「そういえば、そんな約束もしたような」


 あれは、太陽がまだエルフの国に行く前のことだ。

 誘拐された人間のことや、奴隷関連について調査依頼を出したところ、報酬としておっぱいを触らせてほしいと言われたのである。


 それをアルカナとエリスは快諾したので、二人は太陽におっぱいを触らせることになっているというわけだ。


「……これ、触るのってご褒美なの? アルカナ、分かんない」


「殿方にとっては、そうなのかもしれない……正直、この身もあまり分からない」


 二人は不思議そうにしながら胸に触れる。人間国の王女として生まれ育ったアルカナは、そういった知識に疎いためおっぱいを求める男性の心理が分からないのだ。


 一方のエリスも、幼い頃からアルカナの子守ばかりしてきたので、そういった経験はない。知識はあれども、理解は未だ至っていないのである。


「むぅ。まあ、触らせてあげればいいんだよね? これが太陽様の望みというのなら、何も言わずに聞き入れてあげようかな」


「……ん? アルカナ、あの化物の言うことを聞くの?」


 そこでエリスはアルカナの言葉に疑問を覚えたようだ。何せ、前は殺す殺すと言っていたのだから、こうやって太陽の為に何かをしようとするのが意味不明だったのである。


「うん。アルカナ、気付いたの……太陽様は、殺しても殺せないくらいのお方なんだって」


 エリスの疑問に、アルカナは無垢な笑顔を振りまく。


「えっとね、つまり太陽様を懐柔しようと思ったの! 言うことを聞いたり、もてはやしたり、チヤホヤして、太陽様の庇護下に入ることにしたんだよ!」


 ここに至って、アルカナはようやく加賀見太陽の異質さを理解できたのである。


 エルフの国を滅ぼした彼は、少なくともアルカナではどうすることもできない。無敵で最強、殺すことなどほとんど不可能……故に、庇護下に入ることこそが唯一の正解であると、彼女は悟ったのである。


「今更……や、何でもない」


 理解の遅さに驚くエリスだが、敬愛する主君を笑うわけにもいかない。なんだか得意そうに胸を張るアルカナを微笑ましい目で眺めながら、エリスは大きく首肯した。


「流石はアルカナ。その判断は、絶対に正しい」


「うん! だから、太陽様におっぱいを触らせて……いっぱい、楽しんでもらうことにしたんだよ」


 目を輝かせる彼女に、エリスは安堵の息を零す。

 エリス本人は加賀見太陽の化物さを理解しているのだ。そのため、こうやって和解して懐柔、あるいは誘惑する方向で話が進みそうなので、ほっとしていたりする。


 殺せと言われるよりは、遥かに簡単なことだと思ったのだ。


「えっと、他に何か太陽様を喜ばせる方法ないかなぁ」


 思案するアルカナに、エリスは苦笑しながら進言する。


「殿方は様々なおっぱいに心惹かれるという。王城でとびきりに美女を集めて、一緒にお風呂に入ってもらうとか、どう?」


「それだ!」


 納得したように大きく頷いて、アルカナはベッドから勢いよく立ち上がった。


「次からは良い関係を築けるように! 太陽様とは、末長くお付き合いしていけるように……酒池肉林の宴を用意しよっか!」


「流石アルカナ。その判断は、英断となるはず」


「えへへ、そうかなぁ? じゃあ、早速明日にしよう! 太陽様に使者を送って、それからお風呂の準備をさせて……」


 そうやって、ニヤニヤと笑うアルカナ王女に、エリスはそっと目を閉じる。

 加賀見太陽の庇護下に入る。これで、ようやくアルカナは安泰だと安心できたのだ。


 人間失格級の強さを持つ太陽がいる限り、荒事など起きたところで沈着される。

 もう、争いなどないだろうし、仮に起きたところで太陽が制圧してくれるだろう――と、そんなことを期待したのだ。


 これからは、少なくともアルカナが生きている間は平和に暮らしていけるはず。


 主君の平穏を手に入れることが出来て、エリスは自身の役割を果たせたことを嬉しく思っていたのだ。


「よーし、それじゃあ美女を厳選しないとっ」


「頑張れ、アルカナ」


 無邪気に笑うアルカナと二人で、エリスは太陽を歓迎するべく準備を始める――




「春が来た! ひゃっほう!!」


 ところかわって、太陽の住まう屋敷にて。

 使者から受け取った手紙を読んで、太陽は歓喜の声をあげた。


「王女様約束覚えてたのかよっ。よっしゃ、いよいよだ」


 手紙を要約すると、つまり無数の美女のおっぱい触らせるので城に来てください――と。

 そう書かれていた。そして太陽は喜んでいたのだ。


「と、とととりあえずお風呂だな……うん、汚いのはいけないことだからな」


 朝、ゼータのジト目を背に受けながら太陽はお風呂に入る。別に胸に触れるだけなのだからお風呂に入る必要はないのだが、そこは気持ちの問題らしい。


「ぜ、ゼータ? さっきから視線が痛いんですけど」


「いえ、別に。ただ、はしゃいでるなと思いまして」


「……もしかして怒ってるとか?」


「いえ、別に」


「あ、なんだ。妬いてるだけか。他の女のおっぱい触るなら、自分のおっぱい触って欲しいってことか?」


「…………ふんっ」


 いつもより歯切れの悪いゼータ。嫉妬してるとか、可愛い奴だなと笑う太陽。

 ともあれ邪魔はない。ゼータもどうせ一緒についてくるだろうし、もし本当に嫌そうならやめればいいのだ。


 せっかく、おっぱいが触れるチャンスなのである。ここは逃したくないと、太陽は息まいていた。


「ふわぁ……あ、太陽くん。おはよ、朝から騒がしいね」


「おう! 実は、王女様のおっぱい触れることになってさ!!」


「ふーん。流石は太陽くん、言ってることが頭おかしいね。あ、もしかしてボクのも触りたい? 別にいいよ? ほらほら」


「胸どこだよ(笑)」


「おっと、これは戦争かな。ボクの本気を見せる時が来たかもしれないねっ」


 寝起きのミュラとじゃれあい、やがて時間も頃合いとなる。

 そろそろ行こうかなというタイミングで、しかし太陽は……


「も、もう一回お風呂入っとくかな」


 へたれた。寸前になって落ち着きの無くなった太陽は、本日二度目の入浴を済ませることに。


 無駄に長く入った太陽。時間はお昼を過ぎてしまっていた。

 そろそろ出ないとまずい。そうなってようやく覚悟が決まった太陽は、準備を整えて王城に向かう。


「いってらっしゃ~い」


 ミュラに見送られて、太陽は屋敷の外に出た。

 天気はあいにく曇り。だが、太陽の心は快晴だった。


「俺にもとうとう春が来たか……」


 ニヤニヤと笑う太陽。頭の中はおっぱいでいっぱいだった。

 対して、隣のゼータはなんとも面白くない顔をしている。


「……ご主人様」


「ん? なんだ?」


 いつもよりらしからぬ動揺を見せていたゼータだが……次の瞬間には、意を決したように表情を引き締めて。


「どうぞ、お触りください」


 すっと、自分の胸元を差し出すように押し出すのだった。


「なんだか胸がもやもやします。別に、他の女性の胸を触るなとは言いません……でも、触るなら、ゼータが一番がいいです」


 淡々と、されども感情的に語るゼータ。


「…………え、えっと」


 太陽はぽかんとしていながらも、やがて何を言われたのか理解したようで、途端に涎を垂らす勢いで表情を緩めた。


「いいの?」


「はい。覚悟は、決めましたので」


「じゃ、じゃあ……」


 鼻の下を伸ばして、ゼータの胸に手を伸ばす太陽。

 ゼータは逃げない。目は閉じていたが、むしろ早く触れと言わんばかりに胸を前に突き出してきた。


(嗚呼……俺は、この日のために異世界に転生したのか)


 あまりにも嬉しい事態に、太陽は涙を見せる。

 今まで散々な異世界生活だった。怖がられて、泣かれて、ハーレムはおろか友達すらできない日々に少しストレスがたまっていた。


 だが、そんな日も今日で終わりだ。


(ここから、俺のハーレム生活は始まるんだ!!)


 夢にまで見た、異世界での幸福。

 ゼータの胸を触り、次に王女様、エリス……そうやってたくさんの女性のおっぱいを触る。


 これってつまり、ハーレムじゃね? と、太陽は思ったのだ。

 夢にまで見たハーレムが、手の届く位置にあるのである。


「……行くぞ!」


 童貞故の躊躇いはある。伸ばした手は震えて、なかなか上手く動かせない。

 そのせいで時間がかかったが、おっぱいはもうすぐそこだ。


(――よ、し)


 そして、勢いよく手を前に押し出した――





召喚サモン





 ――その瞬間であった。





「…………? ご主人様?」


 加賀見太陽が、消えた。

 ゼータが目を開けた時には、既にどこにもいなかった。


「な、んでっ」


 太陽の痕跡は、どこにもない。

 あるのは、地面に刻まれた巨大な魔方陣のみだった。




 さあ、始まる。

 新たなお話が、今ここに幕を上げたのだ。


 かくして、加賀見太陽はおっぱいを触れないままに。

 ゼータ達の前から、姿を消してしまったのだった――

第三章、始まりです!!

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