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59 終戦

 エルフ対人間の戦いは、人間側の圧倒的な勝利で幕を閉じた。

 不幸中の幸いは、民衆の犠牲がなかったこと。それともう一つ、アルフヘイムという場所を放棄せずにすんだことである。


 バベルの塔は崩れ、加賀見太陽の魔法の余波で街の一角は崩壊しているものの、復興はさほど長くならないだろう。それだけは、アールヴ・アルフヘイム王女の誇っていい功績だった。


「トリア、シルト……今代のエルフはもう終わりじゃ」


 そんな街を見渡しながら、アールヴ・アルフヘイムは側近の二人にこんなことを言う。


「エルフの誇る魔法アイテムや神具は全て、人間側に譲渡することとなった。戦力的に、エルフはもう人間に逆らうこともできん。尻尾を振って、その慈悲に乞うこと……それのみが、これからの妾の仕事となるじゃろう」


 憔悴しきったその顔に、二人は無言で跪く。


「こんな、情けない妾より……二人には最後の命令がしたいのじゃ。聞いて、くれるかや?」


「仰せのままに、陛下。この身は、既にあなたの為に捧げています故」


「陛下……なんなりと、ご命令を。僕にできることなら、なんだってやりますから」


 忠誠の言葉を返す二人に、アールヴ王女は疲れたように微笑んだ。


「満身創痍のところ、申し訳ないのじゃ。そなたらの命を守れたこと……それもまた、妾の功績として称えられて良いじゃろう」


 本来なら人間側が殺そうとしてもおかしくないほどの実力者二人は、アールヴ王女の口添えでなんとか命を守ることができた。その代償としてあらゆるものを失ったが、それでも彼女は大切なものを守り切ったらしい。


「そなたら二人が、エルフの光じゃ」


 そして、彼女は告げる。


「まずはシルト。そなたにはエルフ国の治安維持と、能力の育成を任せよう。数百年くらいかや……それくらいで、人間に勝てるくらいの戦力を育てるのじゃ」


「……大役、身命を賭して果たして見せます」


「期待している。それと、スカルは捕まえて地下に封じておけ……あれはどうせ生きておる。捕まえて、人間にちょっかいを出さない内に幽閉せよ」


「お任せを」


 頭を下げるシルトに、今度はアールヴ王女が頭を下げた。


「頼んだのじゃ」


 野望はない。驕りもない。敗北を味わって奴隷となった彼女は、もうプライドも捨ててしまったようだ。今はもう、枯木のように生気がない。


「そして、トリア……そなたは、強くなれ」


 だが、次代に繋げようとする執着によってなのか、その目だけは怪しげに光っていた。


「国の外に出よ。限界を越えよ……そなたであれば、あの加賀見太陽も越えることはできよう。そなたはそれだけの潜在能力を持っておる……どうか、未来のエルフを照らす光となってほしい」


「――陛下っ」


 切なる願いに、トリアは勢いよく立ち上がった。


「あなたがそう望むのなら、僕はいくらでも強くなる……あなたが与えてくれた役割を、僕はまっとうする。強くなり、エルフ族の矛として、いかなる敵も貫いてみせる!」


 無気力だった天才は、ここでようやく本気になってくれた。

 それにアールヴ王女は笑い、再び頭を下げるのだった。


「頼んだのじゃ……」


 その言葉が、最後であった。


「「…………」」


 二人はアールヴ王女の前から姿を消して、与えられた命令を遂行する。今までと同じように、だがまるで違う未来を描いて……彼らは、次代のエルフの礎を築くべく、動きだした。


 そんな二人に、アールヴ王女は眩しそうに目を細める。


「また、負けたのじゃ……かつての屈辱、果たすことはできなかったようだのう。すまんな、先代。エルフの悲願、妾では果たすことができなかった」


 言葉は、今は亡きアールヴ王女の父親に向けて。


 アールヴ王女が人間に戦争を仕掛けたのは、実はエルフの悲願があったからである。


 エルフはかつて、種族戦争で他種族を圧倒し、戦果をあげ、隆盛の真っ只中にいた。広い土地の中で、多数の奴隷と共に優雅な時代を気付いていた。


 そんなエルフの隆盛を、壊したのは……一人の人間だったのだ。


「確か、異世界人だったか」


 先代から聞いた話によると、その人間は違う世界から来た化物だったらしい。圧倒的な力でエルフを蹴散らし、あまつさえエルフの美女を奴隷にして、ハーレムを築きあげたとのこと。


 そして、ハーレムとなったエルフ以外の古代エルフは、ほとんどが殺されてしまった――というのが、エルフの屈辱なのである。


 現代のエルフは古代のエルフより力がない。古代エルフ製魔法アイテムが複製できないほどに、力や技が廃れている。

 それが何故なのかというと、現代のエルフ全てが……かつてエルフを奴隷とした異世界人の、子孫だからである。


 つまり、人間の血が混じってしまったのだ。エルフという種族は魔法に愛されていたのだが、それが穢れることによって単純に魔法能力が劣ったのである。


 中には運良く殺戮から免れた純潔のエルフもいたので、全てに人間の血が混じっているわけではない。王族に始まり、一部の貴族などといったエルフが強いのは、単純にエルフの血が濃いからだったりする。


 だが、一人の人間によってエルフが弱体化したことは真実だ。そのハーレムの主が死に、外敵から襲われることを危惧した先代によって『アルフヘイム』という国が生まれた。


 力があったというのに、隠れ住むようになったのはこんな背景があったからである。


 そして、アールヴ・アルフヘイム王女が戦いをけしかけたのも、自分たち種族の誇りを取り戻すためだったというわけだ。


「まあ、返り討ちにあったわけじゃが……」


 力なく笑い、肩を落とすアールヴ王女。


「もしかしたら、加賀見太陽も……異世界人だったのかもしれんのう」


 ぽつりと呟き、天を見上げる彼女の瞳からは……一筋の涙が、零れおちてしまった。


「だとしたら、どの神による悪戯じゃ?」


 震える声は、大きなため息と共に消えていく。


「……もう考えたところで意味はないかや。妾も、できることをやっていかねば」


 思い足を動かして、アールヴ・アルフヘイム王女は国の再興のために力を振り絞るのであった。

 その首に、奴隷の首輪をつけたままに――









 

 場所は変わって、人間界にて。


「あー……なんか久しぶりの気分だ」


 加賀見太陽は、自らの屋敷に来ていた。エルフの国に行ってから、時間にして一週間も経っていないというのに屋敷に懐かしさを覚えているようである。


「やっぱりここが落ち着くな。そう思うだろ、ゼータ?」


「はい、そうですね。ご主人様がいなければもっと落ち着けるかとも思いますが」


 隣には、見慣れた魔法人形が佇んでいる。太陽のそばに控える彼女は、おろしたてのメイド服を着てちょっと機嫌が良いようだった。


「それ、似合ってるぞ」


「当然です。ゼータは可愛いですから」


 無表情の中でどこか得意げにする彼女を眺めて、太陽は苦笑する。


「ってか、お前人間時代の身体にも戻れただろうに……なんでまだ人形の姿なんだよ」


 そう。何故なら、人間に戻れたであろうゼータがまだ魔法人形のままだったからだ。アールヴ王女の手によって戻ろうと思えば戻れたはずなのに、である。


「お前、人間に戻ったら俺のヒロイン候補一号になれたかもしれないんだぞ!? 人間の身体になってくれたら、最高だったのにっ」


 人間になってくれていたら、ゼータは晴れて人形ではなくなる。つまり、太陽と同種になるのでヒロインとして申し分のない存在になれかもしれないのだ。


「ゼータは、ご主人様の思い通りになんてなってあげませんので」


 そばで、ゼータは少し視線を逸らしながら……こんなことを言うのだった。


「それに、魂が人間の身体に戻ってしまったら、ご主人様との記憶もなくなってしまいますから」


 古代エルフ製魔法アイテム、状態回帰ステイト・リカバリーは状態の時間そのものを巻き戻す。故に、ゼータが人間だった頃の肉体に魂を戻す場合、記憶もまた巻き戻ってしまうのだ。


 それが嫌で、ゼータは魔法人形時代の記憶を回帰させるだけで、それ以上のことは断ったのである。


「あと……こっちの顔の方が可愛いですので。一応、肉体は保管していただきました。いつでも元に戻れる状態ではありますが、今のところその予定はありません」


 少なくとも、太陽の生きているうちは。

 ゼータは、人形でもいいと思っているようだ。


「ふーん。ま、お前の好きにやるといいよ。ゼータがどうなったって、ゼータはゼータだ。俺の愛するゼータだからな、心配するな」


「…………別に、心配はしてません。そんなの、知ってますので」


 ふいっと今度は身体ごとそっぽを向くゼータ。太陽はそんな彼女に小さく笑いながら、息をつくのだった。


「さて……着替え遅いな、あいつ」


 それから太陽は、ふと彼女のことを思った。

 ハーフエルフで、そのくせ妙に懐いてくれて、最後は命を賭けて頑張ってくれた少女。


 その少女は、今――


「た、太陽くん? 似合ってる、かなぁ?」


 ――メイド服を着て、太陽の屋敷に来ていた。

 着替え終わったのか、今しがた別の部屋から出てきた彼女はくるくると回ってメイド服を確かめている。


「こ、こんなに高い服着たの初めてだよっ。どうかな? ボク、変じゃない?」


 灰色にくすんだ髪の毛に、栄養失調気味の肌。青紫色の唇に、白濁色の瞳の少女は……見た目不健康そうだが、表情はやけに明るかった。


「ああ、変じゃない。むしろ似合ってる……これでもう少し大人だったら、多分土下座して求婚してたくらいだな」


 メイド服のハーフエルフ――ミュラを見て、太陽は大きく頷く。


「ゼータもそう思うだろ?」


「似合ってはいますが、着付けがなっていません。後で指導いたします」


 隣のゼータは不満そうだが、ともあれ。


「これからメイドとして、よろしくなミュラ。分からないことは何でも聞いてくれ。ゼータに」


 太陽は、歓迎していた。

 ミュラというハーフエルフを、メイドとして……自らの屋敷に、招いたのである。行くあてのなかった彼女を、太陽は身内として傍に居てもらうことに決めたのだ。


「まったく……勝手にメイドを増やされると困るのですが。一応、ゼータにもお話されても良かったのでは?」


「悪い悪い。でも、前にお前休み増やせって言ってただろ? だけどメイド増やしてなかったし、ミュラが来てくれて丁度いいと俺は思うんだけど」


「……まあ、そういうことにしておきましょう。メイドになった以上、ビシバシと鍛えさせていただきますので」


 ゼータの許可も取って、太陽は未だにメイド服を気にするミュラの頭を撫でる。


「楽にしてくれ……お前も、普通の幸せを味わってくれると、俺も嬉しいよ」


 今まで、苦労ばかりだったであろうミュラの人生。これからは、少しでも取り戻してほしいと、太陽は願っている。


「う、うん……よろしく、お願いします」


 そして、ミュラもまた笑顔を返す。エルフの国に居た頃より晴れやかな笑顔に、太陽は優しげに微笑むのである。





 こうして、加賀見太陽もまた元の生活へと戻る。

 エルフの国を滅ぼしても、太陽は変わりなく。


 二度目の人生を、異世界にてゆるりと満喫するのだった――



【第二章 奴隷編~エルフVS人間~ 完】

二章完結!

活動報告にて、今後の予定を記しています。

時間があればよろしくお願いします。

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