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49 加賀見太陽の弱さ

「ゼータ?」


 その呼びかけに応えた彼女は、いつも一緒にいた彼女と同じ姿形をしていた。


「……その名称は当機を指しているのでしょうか? 否、訂正を求めます」


 だが、彼女は……加賀見太陽の知る、彼女ではなかった。


「当機はゼータ型魔法人形(ゴーレム)7号。ゼータなる個体とは異なります」


 黒く長い髪の毛。眉ほどの高さで切りそろえられた前髪。均整のとれた体型、その身を覆うメイド服……は、胸元が破れてこそいたが、それでも彼女は『ゼータ』に違いないはずだった。


「あなた様は、どなたでしょうか?」


 でも違う。

 ゼータは……ゼータでは、なく。


「おい、冗談はやめろよ……俺だよ。加賀見太陽だ。お前の愛するご主人様だっ。そんな、他人みたいな演技やめてくれ」


 太陽の呼びかけに、ゼータはいつものように罵倒を返してくれなかった。

 ただ不思議そうに首を傾げて、平坦な声を紡ぐのみ。


「申し訳ありません。ゼータ型魔法人形(ゴーレム)7号には、加賀見太陽なる人物の記録はありません。ご了承くださいませ」


 微かに宿る、感情の抑揚も。

 確かに感じる、温かな声音も。


 ゼータから感じた、小さな優しさも……全ては、なくなってしまっていた。


「――――っ」


 今しがた地下から駆けあがり、ミュラとゼータが監禁されているであろう層に到着した太陽は、すぐにゼータを見つけることが出来た。


 ドーム場の空間で佇む彼女に疑念を感じながらも、声をかけてみたところ……太陽は、ゼータがゼータではなくなっていることに気付いたのだ。


「そんな、嘘だろ……だって、さっきのエルフは、無事だって」


 シルトは傷つけていないと言った。太陽との交渉材料の価値を下げる愚策などとらないと、はっきり口にしていた。


 だというのに、この状況は何だ。


「ゼータ……お前、本当に何も覚えていないのか? 俺のことも、屋敷で過ごしたことも、何もかも忘れたのか?」


「……? 覚えて、いるとは? ゼータ型魔法人形(ゴーレム)7号には、何も記録がありません。必要な知識などはありますが、加賀見太陽様の仰るエピソードは皆無です」


 本当に、ゼータは何も分からないようだった。

 太陽のことも、全ての思い出も……忘れ去ってしまったようだ。


「キヒヒヒ! そうだよぉ……この魔法人形(ゴーレム)は、何も覚えてないよ。だって、吾輩が記録を消したからねぇ!!」


 そこで太陽は、一人のエルフを知覚した。ずっとそこにいたらしいが、ゼータのことに夢中で太陽は気づいてなかった。


 骸骨のような顔。エルフにあるまじき醜悪さを放つそいつの笑い声に、太陽はピクリと反応する。


「お前か?」


「ん~? 何が、吾輩なのかなぁ?」


「お前が……ゼータの記憶を消したのか?」


 発する声は、酷く冷たい。


「記憶、とはまた愉快な表現をするものだねぇ。これは人形。記憶にあらず、記録と表現した方が適切だよぉ」


「……どうして?」


 いつもの能天気さどこにいったのか。太陽は虚ろな目でスカルを見据えている。

 普通の人間であれば、太陽の異常さに気付くことができただろう、その身から放たれる禍々しい殺意に、気付くことができたはずだ。


 しかし、スカルというエルフは頭が狂っているわけで。

 そんな他人の機微など、彼は考えることもしていなかった。


「どうして? それは、実験のために決まっている! この魔法人形ゴーレムにある『心』とは、一体どこに宿っているのか? その答えを、吾輩は知りたいのだよぉ」


 熱に浮かされるように、唾を吐きながら一方的に喋りはじめるスカル。


「心は、身体にはなかった! 身体を分解し、隅々までチェックして、だがパーツの状態は多少の摩耗こそあれども、製造直後とほとんど変わりなかった! だから、吾輩は仮定する。心とは『記録』に宿るのではないか――とね!」


 太陽は、不快だった。


「仮定を基に、今度は実証に入った! 魔法人形の記録を消去し、そして心を生みだした元凶であろう君と対面させることで刺激を与え……それでも無反応であれば、晴れて吾輩の仮定は証明されることとなる! 心は記録によって生まれるのだと、定義づけることができる!! ただし、反応した場合は……心と記録に相関性はないことになるねぇ。そうなると、少し考察を深めなければならなくなる」


 スカルの言葉に、太陽は不快を募らせていく。理解を放棄してさえもいた。


「さあ、ゼータ型魔法人形(ゴーレム)7号よ!! この人間と顔を合わせて、何か自分に変化はあったかい? 答えるんだ、今すぐにっ」


「はい。何も、感じませんでした」


 ただし、ゼータの声だけは……しっかりと理解できていた。


「ただ、なんというか……奇妙な言葉がゼータ型魔法人形(ゴーレム)7号の中で生まれております」


「……なんだって? ふぅむ、それはちょっと予想外だねぇ……でも言ってみなさい。なんて言葉が、思い浮かんだんだい?」


「『いただいたメイド服、破ってしまって申し訳ありません』――と」


 その言葉に、太陽は目を抑える。


「あと、なんでしょうか……目から、液体が漏れ出ています。もしかしたら、ゼータ型魔法人形(ゴーレム)7号は故障しているのかもしれません」


 微かに揺れた声音に、太陽は唇をかみしめる。


「やっぱり、お前はゼータなんだな……そんな安物のメイド服、いつまでも大切に着やがって。最初にあげたやつだからって、そんなに毎日着るなよ。あの時はお前買ったから金なかっただけで、今はもうちゃんとしたもの買えたんだよ……」


 最初は、可愛くもなんともない地味な服を着ていた。だから太陽は、なけなしの金を使ってゼータにメイド服を買った。趣味全開だし、ゼータ本人も嫌がっていたが……それでも、なんだかんだ大事に使ってくれていた。


 再びお金を稼いでも、もっと上等なものを買い与えても……ゼータは、この一着をいつまでも大切にしていた。


 そんなゼータを、太陽は身内のように愛していた。


「おかしい……どういうことだ? 心は、記録に宿らない? 記録とは関係ないのか!? なら、どこにある……胸か? 否、そこは変わりなかった。何も変化などなかった……なのに、何故? 何故?」


 いつもそばにいてくれた。

 太陽にとってゼータは、反抗期の妹みたいな存在だった。


「もともと、心はある……こいつらはもと人間なんだぞぉ? ゼータ型ではその魂を人形に閉じ込め、完璧な人間を作成したはずだったんだぁ……でも、人形にした途端心は消えさった。じゃあどういうことだ? 心とは何だっ。調べないと……実験しないとぉ。この魔法人形を、バラバラにして実証しないといけないねぇ!!」


 だから、太陽は――もう、自分を制御できなくなってしまっていた。


「……俺の弱さって、何だと思う?」


「――は? なんだね、人間……ちょっと静かにしたまえ。今、凄く大切なことを考察しているんだからぁ」


「それはさ、異世界人であることだ」


 唐突な言葉に、スカルはぽかんと太陽を見つめるのみ。それでも太陽は気にせず、淡々とした言葉を続ける。


「異世界人だからさ、倫理観って言うか……価値観がお前らとは根本的に違う。例えば、お前らでいう種族の違いって、俺からしてみれば国が違う程度でしかないんだ。見た目が違うだけで、中身は一緒だって考えてしまうんだよ」


 この異世界ミーマメイスに来た当初、太陽は魔族と出会っても殺すことなどできなかった。人間と同じような存在だとばかり思っていたからだ。


「でもさ、この世界では違う。種族の違いは、即ち生物の違いだ。俺の世界でいうところの、人間と熊って感じだよな。分かりあえるわけがない。現に魔族は人間食ってたわけだし……だから、殺した。魔族に対しては、殺すべき存在だと自分を納得させることができた」


 だが、エルフの場合は……心のどこかで、セーブをかけていた。


「エルフはさ、魔族より人間にかなり近い。実際、俺の目の前で人間が殺されなかったっていうこともあるせいか、やっぱり手加減してたんだと思う。今まで何人かのエルフと戦ったけど、誰ひとり殺せなかった」


 痛めつけるだけで、それ以上は何もできなかった。


「これが、俺の弱さなんだよな……非情になりきれない。お前らが当たり前のようにできる、一歩踏み出した行為を……俺は、簡単にすることができない」


 太陽は平和な国で育った。戦いとは無縁の世界で育った。

 だから『殺す』という行為が……実のところ、得意ではなかった。


「魔族でさえ、相当な葛藤があった。この世界に来て半年くらい経つけど、魔族を殺す覚悟を決めるまで四ヶ月くらいか? 結構、悩んだ時期もあったよ」


 でも、そんな迷いは全て消して魔族は殺した。魔王まで、殲滅しきってやった。


「お前らエルフに関しても同様だったんだろうな。殺すまで至れなかった……だけど、もう大丈夫そうだ」


 太陽は、心が冷めていくのを感じた。

 虫を殺すように。何の感情もなく……エルフを消そうと、思えてしまった。






「殺す」





 今度はハッタリではない。

 明確な意思の下に吐きだされた殺意は、禍々しく太陽を覆う。


「ただ、ゼータを元に戻せるというのなら……楽に死なせてやるけど?」


「キヒヒッ! 消去した記録が、戻るわけないだろうがっ」


「……だと思ったよ。だから、まあ殺させてもらう」


 太陽は、止まらない。

 否、止まれない。


「【強化魔法(ストレングス)】」


 太陽が己の肉体に強化魔法をかけた、次の瞬間。


「――ぇ?」


 スカルは、ドームの天井に張り付いていた。


「な、にが……っ!?」


 遅れて、感覚が追いつく。一瞬の間に殴られ、上に吹き飛ばされたのだと知ったスカルは……あまりの速度に目を見張った。


「ぐ、がっ……ぁ」


 そして、腹部を殴られたことによって、身体の内部がぐちゃぐちゃになっていることを知覚する。


「死ね」


 だが、何もできないままに……地面を蹴ってこちらに飛び上がる太陽が、最後の一撃を放って。


「――――」


 ぐちゃりと、スカルの身体が爆散した――

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