47 天才VS無能
トリアは、敗北を知らない。生まれてから一度として彼は負けたことがない。
――天才。そう、トリアは先天的に大きな才能を持っているのだ。彼自身は何の努力もしていないが、勝負をすれば天才故に勝ってしまうのである。
初めは魔法など使わずに、素手だけで相手を薙ぎ払っていた。次に槍を使うようになり、彼に敵う者はその時点で誰も居なくなった。
そして最後に【強化魔法】の魔法を覚えて、トリアは強くなることをやめた。十分すぎるほどの強さを手に入れたトリアは、エルフの国アルフヘイムでも随一の強者となった。
実力を認められ、アールヴ王女の側近として仕えるようになってからも、トリアは一度として負けたことがない。アールヴ王女の指示通り、いかなる敵だろうと簡単に葬ってきた。
それだけの実力が、彼にはあったのだ。
『みんな、なんでこんなに弱いんだろう?』
トリアにとって、戦いとは作業である。楽しくもないし、辛くもない。退屈でこそあれ、ミスすることもない簡単な作業だ。そこに情熱も、信念も、覚悟もない。
トリアは、天才なのだ。何も特別なことをしなくても、相手を倒すことができる。
「軽いな」
だからこそ、なのだろうか。
トリアが天才で、今まで何の苦労もなく強くなったから、ヘズはこんなことを思ってしまったのかもしれない。
「貴君の攻撃は、軽すぎる」
シルトを倒し、それから再びの討ち合いを経て……盲目の剣士はそんなことを口にした。
「手負いの某を前に、攻めあぐねているのがその証拠だ。その一撃から、何も感じない。まるで何もない……貴君との戦いは、面白くない」
先程まで圧倒されていた。だが、今はまったく引けをとっていなかった。互角の討ち合いにトリアは少しだけ驚くかのように、眉根を寄せている。
「どうして……さっきとは、別人みたい」
「別人ではない。ただ単純に、某が強くなっているだけだ」
剣を鞘に、腰を落として……ヘズは真っ直ぐにトリアを見据える。
「才能に溺れた凡夫か……くだらん。血をたぎらせ、相手に呼応し、その真なる力を発揮してこそ、戦いは戦い足り得るのだ。貴君との相対は、戦いとはいわない。これではただの作業だ」
ヘズはトリアの心を見抜いているらしい。呆れたように息を吐き出している。
「……そうだよ。それの、何が悪い?」
しかしトリアは無表情であった。いつも通り無感動に、やる気なさそうな態度で槍を構えている。
「どうせ僕が勝つ。そっちがいくら成長しようとも、僕が負けるわけない」
「傲慢か。エルフという種族は、本当にくだらん……まあ、やってみるがいい。己の愚劣さを、しかと味あわせてやろう」
「偉そうだね。そのわき腹の傷、誰がつけたか忘れたの?」
そこでトリアがおもむろに駆ける。強化魔法によって身体能力を強化したが故に、その移動は瞬間移動じみた速度を有していた。
「それはもう飽きた」
ただし、ヘズにはもう通用しないようである。持ち前の魔力感知によってトリアがどこに移動するのかを刹那に把握したヘズは、鞘走りを利用した居合い斬りを無造作に放った。
「……っ」
剣の軌道は、トリアの首を捉えている。寸分の狂いもない一振りに、トリアは攻撃を断念して回避の行動を選んだ。それが攻を奏して、剣先が頬を霞めるだけで致命傷にはならない。
だが、確かに攻撃があたった。ヘズは、戦いの中で着実に成長している……トリアの動きを完璧に補足しようとしている。
「次は、外さん」
徐々に徐々に、トリアは追い詰められていた。天才故に苦戦を知らないトリアは、この時になって初めて相手の執念というものを感じた。
「分からないな……勝つことって、そんなに大事なの? 強さって追い求める必要ある? 勝たなくても、強くなくても、生きていける。なのに、なんで?」
「男故に。それ以外の理由はない……某は、男故に最強を目指す。ただ、それだけのこと」
トリアには、やはり分からない。ヘズの謎理論は論理を越えている。
「意味不明……もういいよ。さっさと終わらせる」
うんざりとしたように肩を落として、難儀そうに彼は槍を構えた。手こずっている今の状況が気に食わないのか、若干の苛立ちも見せている。
「いけ、【プリューナク】――【神雷・鳴】」
そして、トリアは……プリューナクを、投擲した。飛来する神槍は稲妻のように輝き、ヘズを襲う。
神槍プリューナク。『貫くもの』を意味するこの槍は、投げ槍として鍛えられた神具だ。
投げれば稲妻となり、相手に死をもたらす。
「迎え討て、【不滅の剣】」
対するヘズの剣もまた、神具であった。不滅を謳う剣を構え、持ち前の剣技を振るって稲妻を斬り裂かんとする。
加賀見太陽の炎も……あまつさえ爆発さえも斬ったヘズの剣だ。
当然、稲妻ごとき斬れないわけがなかった。
「【空閃】!!」
空間ごと、稲妻となった神槍を斬り払う。そうすることで迸る稲妻は軌道を変え、ヘズに届かずにそれていく。
完璧な迎撃。だが、その時点では既にトリアが動いていた。
「【二重強化魔法】」
それは、天才ゆえの発想なのか。
強化魔法を二つ重ね、暴れそうになる体内の魔力を持ち前の才能で押さえつけ、更に身体能力を向上させたトリアは光のような速さでヘズへと迫っていた。
「【瞬閃】」
ただし、ヘズはそれさえも読み切っている。流れるような動作で次撃へと移った盲目の剣士は、寸分違わずトリアの首へと剣を振るっていた。
「――っ」
死ぬ。そう直感して、トリアは今日初めて目を見開いた。
(まだ、命令を……達成していない)
死ぬのは早い。ここで死んでは、命令を遂行できない。
死ぬわけにはいかない……死にたくない!
そう思った直後に、彼の身体は勝手に動いていた。
「【三重強化魔法】!」
最早、時間さえ追い越すかのような。
限界を超えた強化魔法を展開して、トリア以外の全てが時を止める。
当然、ヘズの動きもまた……時を止めるかのように、遅くなっていた。
それほどまでに感覚が研ぎ澄まされていたのである。
(やれる)
ヘズの剣をかわし、自らの身体を強引に動かして……トリアは、ヘズの腹部に拳を入れる。
その拳は凄まじい勢いを有していたのか、ヘズの腹部を容易に貫いた。
(勝った)
そうほくそ笑むと同時に、三重に展開した強化魔法がとぎれる。
瞬間、時間が元に戻った。
「……!?」
ヘズは何が起きたのか理解できていない。捉えたと思ったらトリアが腹部を貫いていたのだ。
致命的な攻撃に血を吐き、膝をつくヘズ。
「な、んだ……これっ」
一方のトリアは、突然に訪れた痛みに呻いていた。限界を超えて身体を酷使した代償である。
息は荒い。視界は霞んでいる。全身が熱を持ち、痛みで意識が飛びそうである。
「でも、勝った」
勝利。ヘズに、勝つことが出来た。
いつも通り、ではなかったが……それでも、勝つことができた。
「次は、あの人間を」
邪魔者は消した。あとは、アールヴ王女の命令通り加賀見太陽を殺さなければ――と、思ったその瞬間であった。
「なめるな」
足元に膝をついたはずのヘズが、おもむろに剣を突いた。意識外からの攻撃にトリアは反応することができず、彼もまた腹部を貫かれてしまう。
「……ぅ、ぁ」
勝ったと思っていた。ここまでダメージを与えて、倒れない敵はいなかった。
だが、ヘズは……倒れるどころか、立ち上がってさえいた。
今度は逆に、トリアが膝をつかされて。
「某は……負けるのが、嫌いなのだ」
剣を引き抜かれた直後、トリアはとうとう地面に倒れてしまった。
もう、身体には力が入らない。
(負け……た?)
初めての敗北に、彼は歯を噛みしめる。
(く、そ……)
悔しさを覚えても、全てはもう遅い。
「某の、勝ちだ」
ヘズの宣言と同時に、トリアの意識は闇に落ちた。
わき腹を抉られ、腹部を貫かれ、多量の血を流そうとも……その執念で、ヘズは勝利をもぎとったのだ。
「もう、誰にも負けない」
盲目の戦士は笑い、そして……立ったまま、意識を消失させる。
彼もまた、限界を超えていたのだ――
こうして、エルフ国アルフヘイム最大戦力のトリアとシルトが舞台から姿を消すこととなる。
着実に、エルフ国は追い詰められていくのだった。




