38 王女様暗殺
「ヘズさん。奥の方に出口があるとか言ってましたっけ?」
「然り。奥は奥である。別に間違ったことは言っていない」
「だからって奥すぎません……? ミノタウロス倒してからもう既に結構な距離歩いてるんですけど」
「奥は奥である」
バベルの塔の最下層を歩く太陽は、難儀そうにため息をついていた。
出口がすぐにあるとばかり思っていたのに、結構遠かったのでうんざりしているらしい。
その上。
「ぐへっ」
不意に飛来してきた矢が額にぶつかって、太陽は更に表情を険しくした。もう何度目かも分からない罠に、まんまと引っ掛かってしまったのである。
「落とし穴、横槍、突然の矢、おもむろにギロチン……俺じゃなかったら死んでるだろこれ」
永遠の監獄も伊達じゃない。脱出させないように色々と工夫されているのだなと、太陽は二度目のため息を吐き出した。
そんな時に、ヘズが何気なくぽつりと呟く。
「それにしても遠いな……もしかして迷ったか?」
「おいこら。ヘズさん、今何て言った?」
聞き間違いだと思いたい言葉だったが、どうやら太陽の耳は正常だったらしく。
「すまぬ。迷った」
申し開きもなくあっけらかんとした表情のヘズに、太陽は一気に脱力するのだった。
「はぁ……っつーか、そういえばなんですけど。何で俺ばっかり罠に引っ掛かってるんですか? ヘズさんは何で罠に引っ掛からないんすか?」
「某には見えておるからな。罠になど引っ掛からん」
「な、なら教えてくださいよ……」
「ん? 教えてほしかったのか? あまりにも罠に引っ掛かるものだから、てっきり趣味なのかと」
「そんな趣味ねぇよっ」
呑気に歩く二人に、緊張感はなく。
現在、人間界にエルフが進行中であることに気付くこともなく、二人はのんびり脱獄するのだった。
そうやって二人の化物が監獄内をお散歩している時と同じくして、人間界王城には二人のエルフが侵入していた。
「アリエル姉さん、大丈夫……?」
「あ、ああ……大丈夫だ。心配かけてすまない、エリアル」
銀髪が特徴的なエルフ――アリエルとエリアルの姉妹である。空間移動魔法を得意とするこの二人は、トリアからアルカナ・フレイヤ王女の暗殺を厳命されていた。
「アリエル姉さんが、あんな仕打ちを受けるなんてっ。許せない!」
「……もうあんな痛みは味わいたくないものだ。私はまだ軽めに済まされたが、この任務を失敗するとより大きな処罰を受けることになる……絶対に、成功させなければならない」
憤るエリアルに、身を震わせるアリエル。
アリエルは人間界から奴隷の運搬を任されていたエルフである。太陽をエルフ国アルフヘイムに引き連れて入ったのが、彼女なのだ。
太陽が暴れたおかげでアリエルには責任問題が生じてしまい、処罰を受けてしまったのである。
「失敗は許されない。必ずや、アルカナ・フレイヤを殺そう」
「ええ、姉さん……絶対に、任務を達成しましょう」
姉妹は顔を見合わせて力強く頷き、顔を上げた。そこは地下牢――いつもアリエルが転移してきて、奴隷の受け渡しをしている場所である。
空間移動魔法はどんな場所にも一瞬で移動できる素晴らしい魔法だが、幾つか制約があった。視認できる範囲か、もしくは一度行ったことのある場所にしか移動できない――という制約である。
そのため、アリエルは今までに来たことのあるこの地下牢にしか空間移動できなかったのだ。二人は息を潜めて歩き出し、城内を散策していく。
もう夜も深い頃合い。目指すは王女の寝室である。
「……なんだか静かすぎないか?」
「そうかしら? まあ、私達にとっては都合が良いからいいと思うけれど」
なんというか、城内は人が極端に少なかった。耳が痛くなるほどの静けさを怪訝に思ったアリエルだが、妹の言葉に深く考えることはなくそのまま歩みを進めることに。
階段を駆け上がり、そして……謁見の間と書かれた部屋の扉を開けた。
「……ん、エルフ? こんな夜に、何か用?」
そして、そこには――純白の甲冑に身を包んだ、一人の騎士が佇んでいた。
「「っ!!」」
瞬時に警戒の態勢をとるエルフ二人に、純白の甲冑を纏う騎士は薄い笑みを浮かべる。
「アリエル、だった? いつも顔を合わせてるのに、そんなに驚くこともない」
「貴様は……エリス!」
佇む騎士――エリスに、アリエルは声を荒げた。待ち構えられていたという事実が、彼女とエリアルに混乱をもたらしている。
「おかしい……今日は奴隷の売買なんてないはずなのに」
「白々しい言葉を! 何故……何故、我ら二人の到来を知っていた!? どうして貴様が、ここにいる!」
吠えるアリエルは、動揺していた。不敵に笑うエリスという存在が不気味に思えて仕方なかった。
だが、対するエリスはどこまでも冷静で。
「別に。二人が来ることなんて、知らなかった……ただいつも通り、アルカナを護衛しているだけ」
静かな言葉を紡ぐのみである。
アリエルとエリアルは混乱こそ隠しきれてないが、それでも当初の目的は忘れていなかった。
「エリアル、まずはこいつから殺す……サポートは任せる」
「うん、任せて姉さん。さっさとこいつを殺して、任務を達成しましょう」
ローブをはためかせて、懐からナイフと長剣を取り出すアリエル。背後ではエリアルが両手を前に出して、魔法を放つ準備をしていた。
「行くぞ!」
そうして、走りだすアリエル。けん制の意味なのかナイフを投げた後に、長剣をエリスに向かって振り落とした。
「……遅い」
だが、エリスはナイフを軽く避けた後、長剣を自らの剣で簡単に受け止めた。優雅で華麗な動作は、両者の実力者を浮き彫りにしている。
たった一つの交錯だが、近接戦ではエリスが絶対優位に立っていると判断できる程度には実力に差があるように見えた。
見えた――のだが。
「……っ!?」
剣を受け止めたエリスの後頭部。
そこには、先程よけたはずのナイフが……突き刺さっていた。
「な、ん……で」
途端に膝をついて倒れ込むエリスに、アリエルは歪な笑顔を浮かべながらその頭を踏みにじる。
「くくっ……愚かな人間め! 私達が何の魔法使いなのか分からなかったのか!? 空間移動魔法だぞ? 投げたナイフくらい、空間移動させるのは造作もないことだっ!!」
そう。実はけん制にしか見えなかったナイフの投擲こそが本命の攻撃だったのである。アリエルの肉薄を囮に、宙を舞うナイフをエリアルが空間移動魔法によって軌道を変え、エリスの後頭部に突き刺したというわけだ。
「更に、こんなこともできるぞ?」
既に虫の息のエリスを嘲笑い、今度は長剣を無造作に振るったアリエル。適当な空間を薙ぎ払っているようにしか見えないのだが、その切っ先はエリアルによって空間移動されていた。
移動先は――エリスの、首。
「――――」
瞬間、ぐちゃりと音を立ててエリスの首が切り落とされた。
噴き出る血が床を濡らす。凄惨な死体を前に、だが二人のエルフは愉快そうに笑っていた。
「姉さん、うまくいったわ!」
「ああ、やはり人間は愚かだ……さっさと王女を暗殺しよう」
最後にもう一度、エリスの肉体を思いっきり踏みにじって謁見の間の奥に向かおうとするアリエルとエリアル。
意気揚々と、エリスに勝ったことを喜ぶ二人だが……
「なるほど。空間移動魔法……厄介かも」
不意に聞こえた、聞こえるはずのない声が二人の鼓動を早くした。
「なっ!?」
「嘘、殺したはずなのに……!?」
慌てて声の方向に目を向ける二人のエルフ。背後、エリスの死体の先……扉から顔をのぞかせていたのは……
「でも残念。アルカナの眠りは、邪魔させないから」
純白の甲冑に身を包んだ、騎士。
二人目のエリスに、間違いなかった――




