25 あと数ミリメートルのおっぱい
廃棄場――そこは、あらゆるガラクタが山積みになった場所だった。装飾品にはじまり、武具や布類、果てはマネキンのような模型が幾重にも詰まれて山となっている。
なんだか不気味な場所だともいえた。
そんなところで、太陽とゼータは二人きり。しかも、ゼータは太陽の洋服の裾を掴んでいるという状態である。
そこで、太陽はふとこんなことを思った。
(これ、もしかしておっぱい触ってもいいのでは?)
珍しくゼータがデレている。普段は触っただけで「洗浄してきます」などと言ってお風呂場に直行する彼女が、この時においては太陽に触れてきていたのだ。
太陽は愚考する。童貞ながらに……いや、童貞だからこそチャンスは逃さないと、経験皆無の頭を必死に回していたのだ。
全ては、おっぱいを触るために。
(ゼータは俺のこと大好きなはず……普段は気持ちを抑えているが、今ようやく表に出してくれたのかもしれない。なら、俺は男としてゼータの気持ちに応えなければいけないのでは? こう、俺からも親愛を示すために……という口実で、どうにかおっぱい触れるのでは?)
「ご主人様……」
ゼータはスッと身を寄せてくる。彼女の豊満な胸が腕に当たって、太陽の心臓は大きく鼓動した。これを触りたいという欲求がむくむくと大きくなってくる。
(今なら……今ならっ)
ゼータは太陽の思っている以上に喜んでいるようなのだ。あまりの嬉しさに警戒心が緩んでいるようにも見えたのである。
「う、うへへ」
鼻の下を伸ばしながら、太陽はゆっくりと手を伸ばした。わきわきと指は動いている。だがゼータは何も言わずに、ただ太陽にもたれかかるだけだった。
(いける!)
確信して、太陽は唾を飲み込んだ。手は期待と興奮で震えてしまっている。ゆっくりと伸ばされてはいるものの、しかし童貞故のへたれさが太陽から勢いを削いでいた。
あと少し……指を伸ばせば、ゼータの大きな胸を掴むことができる。前の世界での悲願を果たすことができる。ほんの少しでいいのだ。それだけで、太陽は一歩大人の階段を上ることができるのだ。
「よし!!」
気合を入れて、太陽は指を伸ばす。
あと数ミリでゼータの大きな胸に届く、という瞬間だった。
「ご主人様、危ない!」
不意に、ゼータが太陽を突き飛ばした。そのせいで距離が離れてしまい、結果的に太陽はゼータの胸を揉むことに失敗してしまう。
「あ、ぁ……ぁあああああああああ!!」
嘆いても既に遅い。へたれたが故に、少しためらったが故に、太陽は千歳一隅のチャンスを逃してしまったのだ。
「クソが! いい雰囲気だったのに、邪魔したのは誰だよ!」
いったいゼータは何に危険を感じたのか。
視線を向ければ、そこには木偶のような魔法人形がいた。
「アルファ型魔法人形……かなり古い時代の、魔法人形でございます」
アルファ――ナンバリングすれば『1号』とでもいえばいいのか。魔法人形が制作され始めたの初期頃の魔法人形である。
このアルファ型魔法人形が、太陽に向かって襲いかかってきた居たのだ。
「なんでここに魔法人形がいるんだよっ」
太陽はのっぺらぼうのように目鼻の無い顔をジッと睨む。おっぱいがあと少しで触れたのにと、イラついているらしい。
「……ここは廃棄場のようですので。もしかしたら、アルファ型魔法人形も廃棄されていたのかもしれません」
周囲にはゴミが山積みになっている。廃棄された中に魔法人形があったのだろうと、ゼータは予想をつけていたようだ。
「ゴミならきちんと処理しろよ……捨てた後でも動くとか、迷惑極まりないだろうが!」
太陽は声をあげ、怒りをそのまま魔力に変換して魔法を放つ。
「【火炎】!!」
おっぱいを触れなかった恨みは大きかった。太陽は火炎の魔法を放ち、アルファ型魔法人形をゴミ山ごと焼却する。
しかし、この一撃が悪手であった。
「ご主人様……アルファ型魔法人形が、たくさん近づいてきました」
別のゴミ山から、わらわらと木偶のようなゴーレムが集まってきた。
「な、なんで! こいつらなんで俺を狙うんだっ」
「……アルファ型魔法人形はその昔、魔法攻撃に対する盾として使用されていたそうです。なので、魔力を感知すると飛びつくように設計されているのだとか」
故に、最初のアルファ型ゴーレムも太陽の魔力を感知して飛びかかってきたのだ。それを撃退するために魔法を放ったというのに、この魔法によって周囲のアルファ型魔法人形が反応してしまって、こんな風に集まってきたというわけである。
「くそ! なら、この辺り一帯を焼却すれば……」
「どれくらい広いと思っているのですか。生半可な攻撃だと、遠くのゴーレムも集め兼ねません。ここはゼータにお任せするのが適切かと」
大規模攻撃は回避するべき、との助言に太陽は舌打ちを零す。廃棄場を全て燃やしつくすほどの魔法を放つこともできるのだが、しかしそれだとゼータの身が持たないので太陽にはどうすることもできなかった。
「……魔力、渡しとく。後は任せていいか?」
「はい。これで、貸し借りはなしです……残念ですね、ゼータの胸が触れなくて」
無表情の中に柔らかい笑みを見せたゼータに、太陽は頬を引きつらせた。
どうやら太陽の思惑を理解していたらしい。その上で黙っていてくれたようだが、タイミングが悪かった。
もう触れない。その事実に、太陽は打ちのめされてしまう。
「く、くそぅ……持ってけ泥棒!」
手のひらから膨大な魔力をゼータの背中に押し流す。
「んっ……く、ぁ」
色っぽい声と共に魔力を受け取ったゼータは即座に魔法を展開してアルファ型魔法人形のヘイトをとった。
「土石魔法付与】【派生・硬化】」
ゼータは、自らの体に付与魔法を展開。更に魔法を派生させて、【硬化】の性質を発現させた。肉体の能力を向上させてから、彼女はアルファ型魔法人形に殴りかかる。
「やっ!」
元々は盾として使われていただけあって、回避能力や攻撃能力は低い。しかし、耐久力は高いようで、ゼータの一撃では倒れなかった。
「これは、少し厄介かもしれませんね」
二撃、三撃と続けるとようやくアルファ型魔法人形は壊れていく。
あと十数体ほど。ゼータは囲まれて袋叩きに合っては敵わないと、移動しながら次の個体に殴りかかった。
アルファとゼータ。最古の魔法人形と最新の魔法人形が相対する。性能はもちろん最新のゼータが優れているので、勝利するのは他愛ないことだった。
ただ、時間がかかることこの上ない。雑魚ながらに面倒な雑魚、と表現した方が適切だろう。一体一体をゆっくりと潰していって、全てのアルファ型魔法人形を壊し終える頃には早一時間が経過してしまっていた。
「ふぅ……これで一段落といったところでしょうか」
もうアルファ型魔法人形は周囲にない。ゼータの魔法を感知できる範囲のアルファ型魔法人形は一掃できたようである。
「注意して進んだ方がよろしいかと。近づきすぎれば魔法を放たずとも反応するようなので」
淡々と言葉を紡ぎながらゼータはすたすたと歩きだす。その後を追いかけながら、太陽はダメ元でもう一度お願いしてみた。
「……おっぱい触ってもいい?」
「ダメです。というか、近づかないでくださいませ。吐き気がします」
しかしゼータは冷たかった。先程までの素直さはどこにいったのか、いつもの毒舌魔法人形に戻ってしまっている。
「また今度、気分が乗ったら考えてあげます」
「そんなぁ……」
ガックリと肩を落とす太陽。好機を逃して落胆してしまっているようだ。
「おっぱい、触りたかったなー」
ぶつぶつと呟きながら、しばらく歩き続ける。
「ちなみに、どこに向かってるんだ?」
「さぁ?」
あまりにも自信満々に歩いていたのでついていってたのだが、目的地が分からないとゼータが言うので太陽は脱力してしまった。
いつも通りのゼータである。いつも通りすぎて先程までのゼータが偽物なのかと思ってしまうくらいには、いつも通りであった。
「……ま、いつかどっかに到着するだろ」
おっぱいを触ることは断念して、気楽に行くことを決意する太陽。
のんびりと散歩する気分で、廃棄場を歩いて……しばらく経った頃だった。
「――っ!?」
不意に、またしてもゼータが警戒の声をあげた。すぐさまそちらに視線を向ければ、ボロボロのローブをまとった人影がゼータに向かって襲いかかるのを視認する。
灰色のくすんだ髪の毛。白く濁った瞳。薄汚れた容姿の人影は、少年にも少女にもとれる中性的な顔立ちをしていた。年の頃も恐らくは十台前半。太陽よりも年下に見える。
そして、その耳は……片耳だけが、尖っていた。
「ハーフエルフ、でしょうか」
ゼータの呟きで、太陽は相手の正体を知る。エルフほど完成されてないその美は、半分だけだから……つまり、ハーフなのだからと察した。
「廃棄場に、なんで……?」
首を傾げるも、相手は止まらない。その手に刺突武器のレイピアを握りしめ、ゼータに向かって攻撃をしかけている。
エルフの次は魔法人形。そして今度は、ハーフエルフに襲われてしまったようだった――




