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手当

 岩鬼を蔦でしばりあげた晦冥は、怖い目で私を睨んだ。

 その目に思わずたじろぐと、ひょいと私は抱き上げられて、岩の上に座らされる。

 怖い顔のまま、晦冥は私の足元に座り込んだ。

「触るぞ」

 晦冥の手が伸びて、ひねった私の足に触れる。

「イタッ」

 ただ触れただけなのに、思わず叫んでしまう。思ったより酷いようだ。

 晦冥は丁寧に、私の足首を調べていった。

「かなり赤くなってる。もう腫れてるし。骨には異常はなさそうだが、かなり酷いぞ」

「……そうかな」

 痛みに引きつりながら、ちょっとだけ強がる。

「とりあえず冷やさないと」

「……うん」

 晦冥はパチンと指を鳴らす。拳くらいの雪の塊を作り出した。

 冷たいそれを手ぬぐいでくるんで、足に縛り付ける。

 すごく冷たくて、痛いんだか、冷たいんだか、よくわからなくなった。

「しばらく歩くな」

「そう言われても」

 私は苦笑する。

「ここにずっといるわけにもいかないし。というか、そもそも、この後、どうなる予定だったのかしら」

 ちろりと、岩鬼の方に視線を送る。

「いつもはどうしていた?」

 晦冥が質問する。岩鬼は、縛られたまま、身体をぶるりと震わせたようだった。

「よ、翌日の朝、花嫁は回収していく決まり……であります」

「ふーん。それで、何を約束していた?」

「この山の休眠です」

「なるほど」

 これだけの温泉があるってことは、この山の活動は活発なのかもしれない。

「つまり、気に入らないことがあると、この山を噴火させたわけだ」

 晦冥は呆れたような顔をした。

「おかしいと思った。こんなに気脈の弱い山で、温泉があるとはな」

 あ、そうなんだ。山本来は、わりとおとなしいんだね。そこまで気が付かなかった。

「いくらなんでも、地上界に介入しすぎじゃないのか?」

 岩鬼は答えない。

 もちろん、やってはいけないって決まりはたぶんないし、地獄の住人ならば、それくらいの力は持っているのだろう。

「あんまり、意のままに地獄の力を使うと、結局は、地獄も滅びるって、前に王に話したはずなんだがなあ」

 晦冥は大きくため息をついた。

 さりげに、地獄の王と話したとか言ってるけど……怖いぞ、従兄殿。

 というか。それ、陛下知ってるのかな? 知ってるとしたら、もう、晦冥が次期第六天魔王でいいんじゃない? 地獄の王に顔がきくとか。

「王は関係ない……です」

 岩鬼はぽつりと口を開く。

「ふうん。じゃあ、地上の女の魔力を吸って、何をしていた?」

「そ……それは……」

 ガタガタと岩鬼の身体が震えだす。どうやら、王に『内緒』で、何かやっていたのだろう。

「この後何もしないのであれば、見逃してやる。そうでないなら、こちらにも考えがある」

 ニヤリと晦冥は、人の悪い笑みを浮かべた。

「俺が手を下しても良いが、そういう話なら、じきじきに王に会って話す」

「お、お許しを! な、なにも致しませんゆえ」

「誓えるか」

「はい。誓います」

 岩鬼はこくこくと頭を下げる。王にバラされると、晦冥に殺されるより、恐ろしい目に合うらしい。

 晦冥は、ふむ、と頷いて、手をパチンとならして、蔦の術を解いた。

「行け」

「ありがとうございます」

 へこへこと頭を下げ、岩鬼は、岩窟の奥へと消えていく。

 それを見送る晦冥の横顔を見ながら、ちょっと恐怖を感じる。

 ひょっとしたら、三人兄弟の中で、いちばん『陛下』に似ているのかもしれない。

「どうした?」

 不意に視線を私に戻した晦冥が、不思議そうな顔をした。

「えっと。いや、意外と、陛下と晦冥って似てるなあって」

「俺が?」

 晦冥が嫌そうな顔をした。

「顔が似てるとは言われるけどな。性格は、弟の玲瓏(れいろう)が一番、親父に似ているぞ」

「本当に?」

 玲瓏(れいろう)は、なつっこい印象のせいで、陛下とは全然違うように思えてしまう。

「あいつは、お前の前だと、猫かぶりだから」

「猫かぶりっていうほど、かぶってないけどね」

 人懐っこくて柔らかいのは、外面(そとづら)だってのは、わかってる。甘え上手なだけで、考え方はかなり冷酷なところもあったりするし。

「でも、そうかもね。私、自分が思っていたより、三人のこと、知らないのかもしれない」

 晦冥は、ぶっきらぼうで、ふらふらしていて、あんまり話したことがなかったから、こんなにいろんなことを考えているとは思ってなかった。あとの二人も、思い込みだけで、よく知らないのかもしれない。

「何にしてもありがとう。それにしても、いつから見てたの?」

 出てきた頃合いが、あまりに絶妙すぎだと思う。

「割と頭から」

 晦冥は肩をすくめた。

「事情も知りたかったし、そもそも、最初から出てきたら、お前、機嫌悪くなるだろう?」

「……そうかな?」

「そうだよ」

 うーん。否定はできないけれど、なんだかな。

「肉弾戦が入らないなら、お前、俺より強いし」

 天界で屈指の実力の従兄どのに、そんな風に言われるとは、複雑である。

「そこまで、強くは……」

「でも、助けを呼ぶ気は全くなかっただろうが」

 勝手に決めつけられたけど、あながち間違っているとも言えない。今でも、自分一人でもなんとかなったんじゃないかなーってどこか思ってる。もっとも、私一人だと、本当に死闘になっていた可能性が高い。

「ただ、けがをする前に助けるつもりだった。すまん」

 晦冥は頭を下げる。

「ううん。これは私が意地っ張りだから、仕方がないよ」

 勝負的には、私が『勝って』いた。着地に失敗したのは、私自身だ。そんなところまで、予測するのは不可能だと思う。

「しかし、この後、どうしようかな」

 とりあえず、田沢が何をたくらんで私を嫁に選んだのかはわかったし、大本の原因は取り除いたけれど、素直にそれを話して、丸く収まるとは思えない。

「このまま、逃げればいいんじゃないか?」

「それはダメだよ。伍平さんたちに迷惑がかかるもの」

 田沢が私への報復を、伍平夫婦や、あの里の人たちに向ける可能性は非常に高い。

「岩鬼に生気を吸われたフリして、一度あの町に行って、ガツンとやるしかないかなー」

「その足でか?」

 晦冥が呆れた顔をする。

「手を貸してくれる? 晦冥しか頼れないの。お願い!」

 ちょっと厚かましいかな、と思いながら、手を合わせる。

「俺がお前に惚れているのを知っているくせに。ずるいな、お前は」

 晦冥は大きくため息をついた。


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