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31.眠気には勝てませんので

 騎士団本部に戻る途中で、どうやら私はまたも寝入ってしまったらしい。

 目が覚めると本部ではなく、見慣れたヴィクターの部屋の中にいた。ちなみに家主の姿は見えず、一人きり。


 窓辺に置かれたメルヘン巣箱からよろよろと脱出する。この巣箱、移動ベッドと思えば何気に便利だよねー。ありがとう、ロッテンマイヤーさん!


 にしても、我ながら寝すぎだな、とは思う。もしかしたらシーナちゃんって、コアラ並に睡眠時間が必要な生き物なのかも?


 ふああ、と大あくびしてへたり込む。ちらりと窓を見上げるが、カーテンに覆われて今が昼か夜かもわからなかった。


「……起きたか」


「ぴえっ?」


 突然部屋のドアが開き、ヴィクターが不機嫌そうに入ってくる。その手にはお盆を持っていて、湯気の立つ深皿が載せられていた。おお、朝ごはん? はたまた夜ごはんかな?


「ぽえ、ぽえぇ~!」


 しっぽをぱたぱた振る私を無視して、ヴィクターは深皿を机に置いた。むんずと私をつかみ、お皿の側に移動させてくれる。


(どれどれ……。おおっ!)


 ほろほろに煮込まれた鶏肉に、じゃがいも、人参、玉ねぎとお野菜たっぷり。具だくさんで食べごたえがありそうなスープだ。


 椅子に掛けたヴィクターが、面倒くさそうにスプーンを差し出してくる。


「夜食だ。もう夜も遅いから、食える分だけで構わん」


「ぱぇ、ぱぇぱぁ!」


(ありがと、ヴィクター!)


 いそいそとスプーンを受け取って、早速スープを……スープを……。


「ぷ……、ぷぷぅ……っ!」


 す く え な い。


 さすがにこの体で汁物は難しい。カチャカチャと無作法に音が鳴るだけで、スプーンには何も載せられなかった。てか長い、長すぎるのよスプーンが……!


 しばし私の奮闘ぶりを無言で見下ろし、ややあってヴィクターはため息をつく。


「……貸せ」


 スプーンを奪い取り、一匙すくって口元まで持ってきてくれた。驚く私に、「食べろ」と目顔でうながす。


 恐る恐る、スプーンに顔を寄せる。やわらかな鶏肉が、あっという間に口の中でとろけて消えた。


「ぱえっ」


(おいしいっ)


 ぱたぱた、ぱたぱた。


 しっぽを上下させてお礼を伝えれば、ヴィクターはまたもスプーンを動かしておかわりを私の口に突っ込んだ。

 そうして私が完食するまで黙々と、不平も漏らさず世話を焼いてくれる。おかしい、おかしいぞ。あのヴィクターが優しいだと……!?


 てれてれと耳を垂らす私を放って、ヴィクターはお盆を部屋の外に出した。すぐに戻ってきて、私の口をナプキンでぐいぐいぬぐってくれる。あ、コレお母さんだわ。


 私は目をきらきらさせて、彼の手をそっと握った。


「ぱぇ、ぽぇあぁ」


(ありがと、おかーさん)


 ビシッとデコピンされた。なぜわかる!


 痛むおでこをさすっていると、ヴィクターがむっつりと口を開く。


「……まだ雨が降っている。キースが言うには、おそらく数日はこの天気が続くだろう、と」


 そっかー。

 じゃあもう少しだけ、人間に戻るのはお預けだね。


 がっかりして座り込む私を、ヴィクターがちょんとつついた。バランスを崩して後ろに倒れ込んだ。おい怪力男。


 どうやらヴィクターにも想定外だったようで、バツが悪そうに視線を泳がせる。

 ちゃんと助けてよ、と仰向けのまま短い手を伸ばせば、ヴィクターがひょいと私を起こしてくれた。そのまま抱き上げ歩き出し、巣箱の中に落とされた。だからさぁ、荒いのよ! 扱いがさぁ!!


「ぱうぅ~! ぱぇぱぁっ!!」


「…………」


 巣箱の中からぎゃんぎゃん文句を言ってやる。


 ヴィクターは眉根を寄せると、深々とため息をついた。いや、ため息をつきたいのはこっちなんですけど!?


 鼻息荒く怒る私を、ヴィクターはもう一度抱き上げる。やり直すのかな、と思いきや、今度は私を自分のベッドの上に置いた。んん?


 ぱちくり瞬きする私を置いて、ヴィクターは部屋の明かりを消す。そうして、自身もベッドに潜り込んだ。


(ええ?)


「……ふん」


 じろりと私を睨みつけ、寝返りを打って背中を向けてしまう。疲れていたのか、そのまますぐに寝息を立て始めた。


(え? なんで、なんで?)


 頭の中はクエスチョンマークでいっぱいだったが、睡魔には勝てない。恐る恐るヴィクターの枕に近づき、寄り添うようにして丸くなった。

 ふあ、とあくびが出る。部屋の暗さとヴィクターの寝息につられ、すぐに意識が遠のいていく。


(……お休み、ヴィクター)


 また明日。

ブクマ、評価、いいねありがとうございます!!

明日は短めの閑話を投稿します☆

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