普通じゃない
「あーー……、えっと」
なんて声を掛けていいか分からず、意味をなさない間抜けな声が出る。
ルードはよくそんな息が続くなと感心したくなる程、長い長いため息を吐くと姿勢を正し、ナオミたちに向き直った。
目の端でダフネの様子を確認する。
ダフネは腕組みしながら胸と顎を逸り上げ、入室したルードに言い放った。
「ル、ルードラが全部悪いのよ」
えええぇぇ……、なんでそうなるの?!
「わ、私はべべべ別に、貴方とヨリ戻したいなんて思ってないわ」
「えぇ、まぁ……、聴こえてきた話の内容からして不可能、でしょうね……」
ダフネの目尻がきゅっと跳ねる。
そこはもう少し、言葉を濁した方が……、いや、はっきり伝えた方がいいのかしら。
「家の宗教観が絡んできますもの、仕方ないことですわ」
「でも、貴女が打ち明けさえしてくれれば……」
「ま!私のせいにするつもり??私は貴方の前でチキンを口にしたことなんて一度もないのよ??そこは察してくれるべきじゃなくて??本当に結婚したかったら、事前に私の嫌いな物が何かくらい知っておくべきだったと思うの」
「…………」
突っ込みが追いつかなさすぎる以前に、どこから突っ込めばいいのか。いや、わざわざ突っ込む気はないけれど。
眼前で繰り広げられる愁嘆場に、自分が談話室にいる意義を見失いそう。
「ふ、二人とも、とりあえず落ち着い」
「僕はとっくに落ち着いてま」
「貴女は黙ってて!」
「「…………」」
ルードにダフネへの謝罪をさせるどころじゃなくなってきた。
どうしたものか。それとなくルードと視線を交わせば、目ざとくダフネに気づかれる。
「ルードラ、よそ見しないで。今は私の話を聴いて」
「僕とヨリを戻すつもりがないんですよね??だったら貴女の話を聴くのは最早むいみ……」
「まぁ、なんて薄情者!」
だーかーらー!!火に油を注ぐんじゃあない!!
ほら!ダフネの顔色は頭に血が上り過ぎて、真っ赤に熟れたトマトみたい。今にも潰れてしまいそう。
ダフネは過去の恨み言をここぞとばかりにぶちまける機会を存分に活用する気でいる。
でも、終わった話を蒸し返したとして、だ。
ルードの傷を抉るつもりで結局己の傷をより深く抉るだけではないだろうか。
生産性なさすぎるにも程がある。やはり二人を止めなければ。
騒がしさを聞きつけて誰かが様子を見にくるかも分かったものじゃないし。
「君は一体何が言いたい??僕に何を望んでいる??」
「別に。もう今更ルードラに望むことなんてないわ」
「ダフネ」
「今一度貴方の姿を拝見できさえすればそれで満足だったの。でも」
ダフネはルードから視線を外すと、徐にナオミへ指先を突きつける。
淑女の礼儀などくそっくらえとばかりの、失礼すぎる行動にナオミは怒りや呆れを通り越し、ぽかんと面食らった。
突きつけられた指の爪を見て、よく手入れされていてきれい、などと脈絡なさすぎる感想を抱くほどに。
「こんな、地味でちんちく……、こほん!……やたらと賢しげで気難しいと評判の年上女に夢中だなんて……、幻滅よ!」
……今、地味でちんちくりんって言おうとしたわね??
突っ込みたくて堪らないがあえて黙っておこう。
実際に母方の血のせいか、ナオミは小柄で肉付きが薄く、手足もやたら細長い。
胸だけはなぜか大きいが(悪目立ちするので好きじゃない)、純然たるこの国の女性と比べれば、まぁ、全体的に貧相な体格だとは認めよう。
顔の彫りが浅めなのも認めるし、賢しげで気難しいのも……、まぁ認めよう。
「女性なのに家庭に入るのが嫌だなんて常識じゃ考えられない。貧しい労働者なら死ぬまであくせく働くのかもしれないわ。でも、私たちみたいに働く必要のない家に生まれたなら、普通は良妻賢母を目指すもの。結婚は人生で最もたる幸せなのに。私だって……、ルードラは面白がってくれたけど、こんなに気が強くては結婚なんて到底無理って両親に言われてきたから、淑やかな立ち居振る舞いを身に着けたのよ。なのに、この方ってば平気で男性相手に突っかかるし、露骨に嫌な顔見せるし、本当信じられない!私より地味でこんな変な、普通じゃない人のどこに魅力を感じるの??教えて!」
なるほど。
ダフネのルードへの怒りは、かつて泣く泣く諦めた恋人が彼女から見て全く魅力的でない女性に懸想(便宜上あえてそう言おう……)するのが大層気に入らない、ということか……、知らんがな!
自分の存在がルードを詰る理由にされてはたまったもんじゃない。
ルードが魅力を感じているのはナオミではなく、ナオミの前世とかいうキャサリン姫なわけで。
もしも、ダフネにまで前世話を始めたら──、益々事態は混乱を極めていく。
ルードが前世ガー!などと語り始める前に、何か言わなくては!
「あー……」
「彼女が気に入らないからわざと球を当てようとしたんですか」
少し怒った雰囲気のルードと顔色一つ変わらないダフネを見比べる。
「だって面白くなかったんですもの」
ルードは眉間を押さえ、口を噤んでしまった。
あの死球はわざとだったのか。
直前に見たダフネの黒い表情は、やはり見間違いじゃなかったのだと改めて思い知らされる。
「ルードラだって、集中的に私へ打ち返してきたじゃない」
ナオミには気にしてないって、さっき言ったばかりでは。
この国の空模様のようにころころと発言が変わり過ぎて、だんだん疲れてくる。
「捕れる筈の球をなぜ捕らないのか気になったからですよ。気を悪くしたなら謝ります。すみませんでした」
ダフネのこぼれおちそうな青い瞳が大きく揺らぐ。
鳩が豆鉄砲食らった顔に、ルードが謝罪する事態はかなり珍しいのかもしれない。
「しゃ、謝罪など結構です!それよりもこの方の魅力を私に教えて」
だいぶ落ち着きを取り戻してきたようだが、例の質問を取り下げる気はないらしい。
詰んだ。ルードじゃなくてナオミが、だ。
だってルードはナオミじゃなくてキャサリン姫が──
「……そうですね。たしかにナオミさんは大変強情ですし、一筋縄ではいかない女性です」
あの、喧嘩売ってますか??
あぁ、でも、ナオミじゃなくてキャサリンのことか。
「ナオミさんは常識知らずではなく、常識の上を行く型破りな人。咄嗟の状況判断も行動に移すのも早い。だから授業を逃げ出した義妹を樹の上まで追いかけて捕まえられるし、死球が当たった僕への手当も即座に、誰よりも素早く動けた」
「待って、それってただのルードラやデクスター家への点数稼ぎじゃ」
心外な!
さすがに頭にきた。抗議しようと口を開きかけ──、ルードに制される。
「ダフネ。君も見ただろう??彼女が見せたあの激しい剣幕を。点数稼ぎ目的ならダフネ達が言う『淑やかに控えめに』動く。当事者以外の周りに与える印象も考えて。でもナオミさんはしなかった。立ち回りが下手と言えばそれまでだけど、案外そういう愚直さが好きかもしれ……」
皆まで言い切る前に、中途半端にルードは言葉を切った。
たった今、自分が口にした発言が信じられない、と言いたげに、少し厚めの唇を何度も開閉させている。
だが、信じられない気持ちなのはナオミも一緒だった。




