二十六話 襲撃者
一体いつぶりの更新なのだろうか……とりあえず、なんか続きが書けたから投稿するよー
泣きじゃくり怖がり、なかなか話の進まない少女に苛立ち『やっぱり殺しましょう』と視線で訴えてくる双子をなだめながら、ミラの言い分を聞いたバラクエルは。
「……は?」
と、あっけにとられた顔で間抜けた声を上げた。
そして、未だにぐずぐずと涙を流しているミラに怪訝な視線を向けた。
「なぁ、小娘? お前、ふざけているわけじゃないよな?」
「ミ、ミラは全部話したもん! 嘘何て付いて無いもん!」
慌てたように言うミラを見て、バラクエルは疲れたように溜息を漏らした。
(……何かあるのかと思ったが……うん、これ唯の迷子だな。それも、無駄に幸運な)
結局、そういうことだった。
ミラの言い分は、こうだ。
ミラはこの森の外にある小さな農村に住んでおり、父と母と三人暮らし。街に出稼ぎに置出ている姉がいるらしい。
普段の彼女なら、危険という理由で固く禁じられている森への侵入などしないのだが、少々事情が違った。
数年ぶりに姉が出稼ぎから村へ帰ってくるのだ。それを聞いた少女はあることを思いついた。
『そうだ、姉の好物だった木の実を森に取りに行こう』、と。
姉に喜んでもらいたい、その一心でこっそり森に出かけたミラだったが、肝心の木の実が見つからず森を彷徨っているうちに、バラクエルたちと遭遇した……というわけだ。
魔物にも動物にも襲われなかったのは、本当にただ運が良かっただけだ。まぁ、最後の最後で魔族……それも魔王とエンカウントしている時点で、運がいいとはとても言えないのだが。
ミラが人族の刺客などではなかった安堵と肩透かしを食らったことによる徒労感で小さく溜息を漏らしたバラクエル。
この小娘どうしよっかなー……とだいぶ緊張感の薄れた様子で考えていると、バラクエルの後ろから「「さて」」と双子の声が聞こえてきた。
妙に平坦なその声に、バラクエルは背後を振り返り……絶句。
口をあんぐりと開けて、震える指を双子に向けた。
「お、お前ら……? 手に持っているそれは、なんだ?」
バラクエルの視線の先――大人しく立っていたはずのアディアとアリアの手には、見慣れぬモノが握られていた。
アディアが片手で握り、もう片方の手にポンポンと打ち付けているのは、棒の先端に太い棘付き金属球がはまったモノ――モーニングスター。
アリアがひゅんひゅんとお手玉するように宙で弄んでいるのは、持ち手が短く歪な三枚刃が付いているナイフ――フンガムンガ。
バラクエルの言葉に、双子はにこりと微笑んで。
「「武器ですよ? そこのそれを処分するための」」
「何でもないように言うな、このアホどもがーーーー!!?」
「ちなみに私が造りました。どちらもアダマンタイト製の一級品です」
「どうでもいいわそんなんッ!?」
魔王様、渾身の突っ込み。しかし、双子の笑みは崩れない。
「ですが、魔王様? 情報を抜き出したのなら、もうそれに用はありませんよね? でしたら、さっさと殺してしまった方が楽だと愚考いたします」
「そうですわ。それを逃がしたことで人族連中にワタシたちがここに居ることがバレでもしたら厄介ですし。ここは、後腐れないようにグサッ、と……ね?」
まるで今日の献立を決めるかのような気安さで、ミラを『処分』しようとするアディアとアリア。
バラクエルは一理ある二人の意見にぐっ、と言葉を詰まらせ、ミラは「ひゃぁああああ!?」と恐怖に震えている。
浮かべている笑みが酷く純粋で清らかなモノであるため、余計に手にした武具の異様さが際立っている二人。
そんな二人を見ながら、バラクエルは思考を巡らせる。
(う~~ん、いやまぁ……確かに二人の言う通りなんだが……)
正直な話、ここでミラを見逃す理由など存在しない。
ここから逃げ去ったミラは当然だが、バラクエルたちのことを村人に話すだろう。
そうなれば、瞬く間に『魔族が人族の領域にいる』という情報が人族の間で広まる筈だ。
この場所に討伐隊が送り込まれることになる。まだ双子への教育と訓練が途中なことを考えると、中断させられるのは面白くない。
結局、バラクエルがミラを殺すのをためらっているのは、一握りの良心と言うか、子供を手に掛ける事に対する多少の忌避感と言うか……まぁ、無視しようとすればあっさりと無視できそうな感情が原因だった。
故に、数秒考えたバラクエルが出した結論は。
「…………まぁ、いいか」
殺害の容認――だった。
「……ッ!!?」
バラクエルがぽつりと呟いた声に、ミラが大きく肩を跳ねさせる。
同時に、アディアとアリアの浮かべている笑みが一段階深くなる。
手にした武器を構えて、わざと優雅な足取りで、ミラの元に歩み寄った。
ミラは腰が抜けて動けないのか、絶望顔で近づいてくる二人を見上げながら、ずりずりと体を後退させる。
「くひひっ、流石は我らが魔王様。では、早速――」
「愚かな人族の娘よ。己の不幸を呪いなさいな」
「いや……いやぁ……! ころさないで……たすけて……おねえちゃん……」
大粒の涙を流し、イヤイヤと力なく首を振るうミラ。がくがくと震える内股からは、生暖かい液体が流れ出ていた。
しかし、アディアとアリアは止まらない。一歩、また一歩とミラに近づく。
幼い少女の顔に浮かぶ絶望は、二人との距離が縮まるのに合わせて大きくなっていく。震える体はまるで、極寒の夜に放り出されたかのように。
『死』という絶対的な恐怖に怯えるミラ。
実に哀れで庇護欲をそそる姿だ。
正義感の強い者なら、遮二無二救出しに来ること間違いなしである。
例えば、そう。――勇者、とか。
「「では、さような――――」」
死がミラを襲う、その刹那。
――――『それ』は、来た。
「なに……?」
「これは……!」
「なっ――魔力反応!?」
三者三葉、口を突いて出たのは驚愕。
ミラの前で武器を振り上げたアディアとアリア、そしてそれを見守っていたバラクエルは、木々の向こうより飛来する魔力を察知した。
高速で突き進んでくるそれは、攻性魔法。
類稀なる速度、そして最上級に位置するだろう威力を感じ取る。
極めて優秀な魔導士たるバラクエルは、瞬時に放たれた魔法の正体を察知した。
「二人とも、雷属性だ! 対魔障壁、大地!」
「「はっ!」」
バラクエルの支持に従って、手にした武器を放り出したアディアとアリアは魔力を練り上げた。
暗い色の魔力が吹き上がり、瞬く間に三人を覆う壁を造り上げる。
一か月の訓練の中で身に着けた魔導技術。反属性による魔力障壁の即時展開。
とても魔法を習い始めて一か月とは思えない完成度を誇っていた。
二人の魔力が混じり合う漆黒の壁は、ものの見事に飛来した魔法を向けとめる。バチィッ!! と鋭い放電音が森の中に響く。
紫電が散り、障壁が解除された。顔を見合わせたアディアとアリアは、ホッとしたような表情を浮かべ、すぐさま視線を鋭いモノに変える。二人に命を狙われていたミラは、至近距離で発せられた大きな音に驚き、意識を失っていた。
空中を漂う魔力残滓を見たバラクエルが、にやりと不敵な笑みを浮かべ、感心したような視線を森の奥に向けた。
そして、まだ見えぬ相手に対して立てた指を教鞭に見立て、くるくると回しながら語りだす。
「……雷属性最上級魔法【天雷槌撃】か。中々の完成度だ。威力を多少犠牲にし、速度と静謐性を上げるアレンジを施しているのもいい。状況に合わせた創意工夫が出来ている。だが、属性の選択が少しな。雷属性は発生の予兆がほかの属性よりも読まれやすい。雷という現象を再現する関係上、先駆放電が発生してしまうからな。感知は容易いよ。不意打ちがしたいのなら、視認不可の風属性か足元を崩せる大地属性、場所を利用した樹属性を使うべきだったな」
そこで「だが」と言葉を切ると、バラクエルはパチンと指を鳴らした。
「そのことを別ったうえで雷属性を使ったとするならば、今の魔法の本当目的は――」
それは――合図。
音が鳴ると同時に、双子が身を翻した。魔力を身に纏い、戦意を高ぶらせる。
その、直後。
「その子から離れろォおおおおおおおおおおおおッッ!!!」
「ミラぁあああああああああああああああああッ!!!!」
木陰より飛び出してきた影が二つ――猛スピードでアディアとアリアに近づき、手にした剣を叩きつけた。
アディアとアリアは咄嗟にその場から飛び退き、攻撃を回避しつつバラクエルの傍に降り立った。彼女を挟むような位置取りで、警戒を強める。襲撃者二人は、双子からミラを庇うようにして武器を構えた。
「――――本命の不意打ちを隠すための目暗まし、だろう?」
双子の守られる形で立つバラクエルは、森の奥にいるであろう術者に向けて得意げに告げた。
その言葉に反応するように、雷撃が飛んできた方向の木陰より、人影が現れる。
魔道士然としたローブ姿で魔導書と思われる本を手にした黒髪黒眼の美少女。苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべている。
新たな敵の登場に双子が警戒を高める中、バラクエルは少女に向かって笑みを向けた。
「お前、名は?」
「……ユウリ。ユウリ・サツキ。それとも、こういった方がいい?」
――――『勇者』。
読んでくれてありがとうございます!!




