第六話 反撃準備
ドゴオオオオオオオ……ッッッ!!
「……くっ!」
樹海の木々の間を縫うようにして駆ける東雲漣耶の斜め後方が爆発した。
吹き飛んだ土塊や木々の破片が彼の横をかすめる。
ジャア"ア"ア"ァァア"ア"ア"ア"ア"ア"ァァア"ア"ア"!!
背後から聞こえてくる圧倒的なまでの巨体から発せられる重低の威嚇音。
――闇よりも黒い、電車の如く巨大な大蛇だ。
漣耶は同行していた水運搬部隊を学園まで避難させる為に、自身が囮となることでその時間を稼いでいた。
樹海の木々を障害物として利用し、大蛇の視覚から消えたり映ったりを繰り返して翻弄させることで、圧倒的体格差を埋めて囮となることを成立させていたのだ。
(…………なるほど)
漣耶は逃げながらも大蛇に度々攻撃を放っていた。大蛇の能力を図るためだ。
頭部、首元、胴体、尾。それらに強弱それぞれの刺突を放ち、大蛇の皮膚の硬度や攻撃を受けた際の反応を見た。
それらの結果を鑑みるに、どうやらこの大蛇は単純に蛇を大きくしただけの生物なようだ。とは言ってもその大きさは電車並みなのだが。
咬み付きと、その巨体に押し潰されないように気を付けて立ち回りさえすれば、簡単にやられるということはないだろう。
聞いた話によると、管になっている牙の先から毒液を噴射するような毒蛇も地球上には居るらしいが、十五分以上も逃げ回っていたがこの大蛇がそういったアクションをする気配は全く無かった。
最悪、口から毒霧や胃酸を吐く、くらいのことは考えていたが、そういったこともなさそうだ。
(……それならば勝機は……有る!)
漣耶は方向転換し、獅子之宮学園の敷地へと駆け出した。
一人では勝てない。それに此処では地形も悪い。
障害物の多い樹海は逃げるのには向いているが、戦うには見渡しが悪いのだ。戦うということは大蛇に近くに居続けて攻撃を何度も行わなければならない。しかし、木々の生い茂ったこの場所でそれを行えば、いつのまにか大蛇の巨体に囲まれていた、などということも十分に有り得る。
故に、戦う事を決心した今、それに相応しい場所へと行く必要が有った。
――究極的に言ってしまえば、戦う必要は無いのかもしれない。
なれど、逆を言えばこの機会を逃せば、大怪獣と言っていいこの大蛇を野に放したままとなってしまう。
水を汲みに行くにも、食糧を探しに行くにも、元の世界に帰る為の手掛かりを探しに行くにも、どうしたって樹海の探索は必要不可欠だ。
しかし、その度にこの大蛇の脅威に怯えるのは如何ともし難い。
此処は多少の危険は覚悟の上で、大蛇を討ち取るのが肝要だ。
(……目指すは学園の第一多目的グラウンド……!)
水運搬部隊は既に学園に着いた頃だろう。だとしたら彼等が生徒会長らに報告して、生徒の校舎内への避難をさせていると思われる。
自分以外の生徒が居ず、且つこの巨大な大蛇と戦うのに十分な視界の開けた広い場所……となればもう学園の敷地内で一番大きいグラウンドしかない。
漣耶は目的の第一グラウンドに面する塀の非常用出口門を目指し脚に力を入れた。
◆◇◆◇◆
同時刻、獅子之宮学園の保健室。
ドアの外には野次馬根性丸出しの生徒が集まっていた。
「…………わーお」
「マジでか」
「ちょ、あたしにも見せてって!」
「ぐっ、押すなって、おい!」
「やべえ。美少女すぎるぜ……」
「やばい。美少年すぎるわ……」
「はーい、治療の邪魔なので関係の無い生徒は自分の教室に戻って下さーい!」
「オレっ、まだ見てないんですけどぉぉぉ……!」
「……血の涙を流すなよ」
保健室の中では、例の大蛇に追われていた金髪の少女と少年が保健委員の女子に手当を受けていた。
「―――――!」
「―――――?」
不思議そうな顔で辺りを見渡しながら大人しく座っている二人。
姉弟と推測されるほど面影の似た彼等は、二人とも誰もが認めるほどの美形だった。
「ホンモンや……ホンマモンの金髪美少女やぁ……!」
目を引くサラサラとした長髪は黄金色に光を弾き、モデルのようなすらっとした長身のスレンダー体型ではあるものの、女性らしい部分はハッキリと丸みを帯びていて確かな柔らかさを感じさせている。
困惑と好奇心に輝く大きい深緑の瞳は、若草色の簡素な作りの衣装と和して清楚な雰囲気を醸し出していた。
「ハァ……ハァ……! び、びびっ、美・ショ・タ・キタ――! あーやっべ、王子との妄想が捗っちゃうよコレ! あ、でもでも、空手部の野獣との組み合わせもそれはそれで有りかも!? 美ショタ×野獣。なんちゃってなんちゃって!!!」
金髪の少女の傍らに座る彼女に似た面影の少年。
一回りほど少女よりも身長の低い少年は、彼女の弟だろうと見た者は思った。
容姿は姉ゆずりなのか、彼も美が頭に付く少年だ。いまだ幼さの抜けていない彼は何処か中世的な体付きをしており、そんなところも脳の腐った女子たちにはたまらないのか、先程からドアの外に「グフフ」「デュフフ」という女声が増えていた。
「……うぉ!? さっき聞いた話、ホントだったのかよ」
「コスプレ……にしちゃ自然すぎるな。マジモンぽい」
「わぁ、幻想的……綺麗ね」
しかし、彼等が少女たちを一目見ようと躍起になっているのは、少女等が美形だからではない。それらは彼女等を見た副産物的なものであり、本来の理由とは――
「……ほ、本物の……“エルフ”……?」
保健室の“窓”の外から中を見た鈴木真代が思わず呟いた。
校内に爆発的に広がっている噂を聞き付けて、オカルト研究会の会長は一も二も無く保健室へ向かったのだ。
真代の視線の先にあるものは、治療を受けている金髪の少女たちの“耳”。
笹の葉のように細く尖った耳だ。作り物のような不自然さは感じられない。
その長い耳と美麗な容姿から、少女たちは――エルフと呼ばれた。
約十分程前に、十勇士三人と水運搬部隊は金髪の少女たちを連れて、無事に学園に戻ることが出来た。
正門では生徒会役員を中心として十数人の生徒たちが待っていた。
話を聞くに、校舎の屋上からあの巨大な大蛇が既に確認されていたらしい。
運搬部隊の代表役として、朱鷺は生徒会長・北條紫夜に一連の報告を行った。
巨大な大蛇と、それに追われていた少女たちとの遭遇。
東雲漣耶が囮となって現在も大蛇から追われていること。
その隙に自分たちは負傷していた少女らを連れて学園に帰還したこと。
漣耶が未だ逃亡中ということで、危機的状態が解かれたわけではないが、とりあえずは負傷者の治療優先ということで金髪の少女たちは保健室へ案内された。
「――――!」
「――――♪」
「あっあっ、ダメだよー! て、手当してるんだから動かないでって。ちょ、は、ハサミで遊んじゃ、メッ! き、聞いてよー! あうー」
現在は十勇士・垣峰真湖が二人の治療をしていた。
その理由はいくつかある。
ひとつは保健室の主である養護教諭の不在。地震があった当時は用事で既に帰宅していたらしい。
もうひとつは、武道系部活所属、それも護身術に特化した真湖は怪我の治療にも十分な知識と経験を持っていた。
何より獅子之宮学園の生徒の中で一番最初に少女らに声を掛けたのが真湖であり、更にその長身を物ともしないほどの小動物的人畜無害オーラを放つ彼女は、言葉も通じない初対面の相手をも安心させるという特殊能力を持っていた。
そんな真湖が身振り手振りで説得をして彼女らを此処に連れて来たのだ。
とはいっても見知らぬ異種族を相手に正直に付いて来たところを見ると、少女と少年は共にとても純粋な性格をしているのだろうと真湖は感じていた。
「しっかし、結構喋ってはいるみたいだけど、何言ってっかさっぱりわかんねー」
「英語でも仏語でも、中国語でもないな。しかし単音だけでの会話も一部あったし……構文が理解出来ん」
そう。やはりと言うべきか、彼女たちには言葉が通じなかった。
日本語は当然ながら、英語、仏語、独語、中国語、韓国語を話せる生徒たちが次から次に声を掛けてみたが、反応は無かった。
誰も彼女らと話すことは出来ないし、誰も彼女らの言葉を理解出来ない。
「ふはははははヒィ――――ッ!! 噂に違わぬ美少女だ! よし吾輩の裸婦画モデルになっブロゲデラバゲフハ~~~っっっ!!?」
『 制 ☆ 裁 』
「ふむ。耳長族との邂逅には心躍ったが、やはり言語の問題があったね美加くん」
「ですね毒島部長。異世界人は何故か日本語を公共語としていた、とか、何故か異世界語を理解出来てしまう私たち……なんていうご都合主義はやはりなかったですね。あとメジャーなのといったら精霊の力で意思疎通できる術を使う感じでしょうか。エルフがいるくらいなんだから魔法もある可能性高いでしょうし。――くっ、ああでも! 今すぐ話を聞きたい! 話せないのがもどかしいィ! 普段どんな生活してるんだろう? エルフってあまり肉食的な印象はないけど弓が得意なイメージは強い、ということは狩猟を行っていた可能性もあるわけで食生活は人間と殆ど同じかもというかやっぱあの姉弟って私たちとかわらないくらいの年齢に見えるけど既に百歳とか超えてるんだろうかああ聞きたい話したい話を聞きたい――――」
「美加くん、どうどう」
「ちっくしょう……! 広報委員としてインタビューとかしたかったってのに。言葉が通じなきゃ意味はねーっつの!」
「……………………へ?」
保健室の窓の外側は真代のように彼女たちを見に来た生徒で埋め尽くされていた。
此処からは金髪の少女たちの会話が聞こえてくる。
しかしその言語は地球上のものではないようで、何を話しているのかは全く分からない。御伽話のエルフと会えて嬉しいと思う大半の生徒の中には、そのことを残念がる生徒も多かった。
しかし。
「え…………みんな、彼女たちの言葉が分からないの……?」
ただ一人、真代だけは他の生徒たちとは別の意味で驚いていた。
◆◇◆◇◆
「――直ちに漣耶殿の捜索に向かうべきです!」
昇降口では生徒会役員のトップ三人と、漣耶と真湖を抜いた十勇士たちが一堂に会していた。
現在の獅子之宮学園トップである生徒会長・北條紫夜に向かって、十勇士のフォルティス・三島・ローデンヴァルトは声高に主張した。
彼は水運搬部隊の一員として、同じ十勇士として、漣耶だけを囮として置いてきたことに罪悪感を感じているのだ。
「うむ、我も同意見じゃ! 番いの危機に颯爽と現れる我! うむうむ。これはもう惚れてしまうに違いない! 我なら惚れるな、間違い無い!」
フォルティスの意見に同調するのは同じく十勇士・奏島梓だ。
少しズレたことを言っているが、彼女も確かに漣耶のことを心配している。しかしそれよりも漣耶の実力に対しての信頼が先に来ているだけのことだ。
「……あなたたちの言いたいことは分かるけど、それは難しいわ」
十勇士二人の言葉に、されど紫夜は苦渋の顔色で却下した。
「何故ですか!? 同士が危険に晒されているのです! 助けるのが仲間でしょう!? 何も一般生徒まで出張らせる訳じゃありません! 十勇士だけでも捜索を許可して下さい!!」
「そーじゃそーじゃ!」
「……流石に十勇士全員を東雲くんの捜索に充てたら学園の防衛が手薄になります。他の生徒たちの士気にも影響する。それほどまでに、あなたたちの存在は彼等に対して大きいの」
「しかし……!」
「一番最善なのは『今、私たちは動かずに学園の防御を堅めて、東雲くんが大蛇を倒して無傷で戻ってくる』こと、ね」
「ハッ。そりゃあ楽観が過ぎんじゃねえか、生徒会長さんよぉ?」
「確かにな」
紫夜の言葉に、静観していた轟玄十朗と加羅谷輝莉が口をつく。
「ええ勿論、それが楽観的過ぎる期待だということは分かっているわ。そして、物事は最悪の中の最悪のケースを考えて行動しなければならないということも」
「最悪中の最悪のケースだと?」
「――十勇士全員で東雲を探しに行ったはいいけど、そのまま誰も帰って来なかったってケース、かな?」
「なるほど。あと付け加えるとするならば、更に件の特大大蛇が複数匹存在する場合、だな」
首を傾げる梓に、天童宗壱と輝莉が答えた。
「そういうこと。最悪でも天童くんの言ったケースだけはなんとしてでも避けたいわ」
「では、生徒会長殿は漣耶殿は見殺しにすると……!?」
「ローデンヴァルト、言葉を慎め。会長が心を痛めていないとでも思っているのか?」
「そ、そうですフォルティス君! わたしたちだって悩みましたけど、学園には一般生徒も多く残っているんです! 彼等にとっては十勇士のあなたたちの存在こそが、こんな状況下での希望となっているんですよ!? そんなあなたたちを危険と分かっている場所においそれと向かわせるわけにはいかないじゃないですか! あなたたちに万が一のことがあったら……わたしたちは……」
フォルティスの生徒会長への糾弾に、沈黙を守っていた副会長・近江籐次朗と書記・佐々木ほのかが思わず反論した。
「……っ」
二人の剣幕にフォルティスは一瞬たじろぐ。
「いいの二人とも。ありがとう。今回の全責任は私にあるわ」
紫夜は籐次朗たちに礼を言い、フォルティスに真っ直ぐと向き合う。
「今は捜索の許可は出しません。東雲くんの自力での帰還を待ちます」
「……それで、待っても帰ってこなかったら……?」
「それも今は考えないようにします。東雲くんの力を、信じましょう」
「……っ。そ、それは――」
「詭弁、だということは分かっているつもりです。ですが、私にはこれが精一杯なの……分かって、下さい」
「…………!」
――自分は無力だ。
フォルティスも、紫夜も、同じことを思った。
お互いの言っていることは理解出来る。そして、自分の言っていることの無茶さも自分自身で分かってはいたのだ。だからこそ感じる己の無力感。
政治では大のために小を切り捨てるというが、東雲漣耶という小は、ことのほか大きかった。
「――北條の言ってることは正しいよ」
話に割って入ったのは宗壱だった。
制服姿だが、腰には自前の刀を佩いている。
「今は動くべきじゃない。一般生徒にも“校舎”から出ないように厳命しておくべきだね」
「……学園敷地外じゃなくて校舎外に、ですか?」
「ああ、そうだ」
籐次朗の疑問に宗壱は頷く。
場の雰囲気はフォルティスと紫夜の言い合いから、宗一の独壇場へと一変していた。
「東雲漣耶。あいつほど冷静で感情の動かない人間を、俺は知らない」
感情の籠らない声音で、何処かつまらなさそうに宗壱は言う。
「奴が自ら囮となったのなら、それは何か考え有っての行動だろうね」
「考え?」
「ああ。奴は“考え無しの行動”をしない。少なくともその場の状況とこれからの対応とを照らし合わせて最も的確な判断をしているはずだ」
「これからの対応とは、囮となって運搬部隊が避難する時間を稼ぐことか?」
「いや、その後もさ」
「その後?」
「そうだよ。つまり――――その特大大蛇とやらを倒すことまで、さ」
『!?』
――あの大蛇を倒す!?
宗壱の言葉に生徒会の面々と、実際に大蛇を間近で見たフォルティスが驚愕した。
「少なくとも俺ならばそこまで考える。俺が東雲だったら、囮となっている最中にその大蛇について調べるね。適度に攻撃を加えて弱点や反応を探る、とかね」
「…………」
「そして、倒す見込みがついたらきっと奴は来るはずさ。広くて見晴らしが良く、更に他の十勇士が近くに居る場所――――恐らく学園敷地内の第一グラウンドにね」
『!!』
「グラウンドだと? ――学園敷地内に大蛇を連れてくるというのか?」
件の大蛇から逃れるために囮を買って出たというのに、それでは本末転倒なのではないか? と輝莉は問う。
「いいや。さっきも言った通り、東雲は先の先まで考えて行動する。その大蛇を倒せる見込みがあるのならば倒した方が良いと考えるだろう。ただ逃げただけじゃ、この先ずっと大蛇の脅威に怯えることになるからだ。そして、倒すのだとしたら、最も有利に事が運べるように効率を考えなければならない。樹海は障害物が多くて逃げるのには向くが、戦うとなると言ってみればアウェー。地の利は大蛇にある。更には大蛇以外の外敵の存在にも気を配らなければならない。そんなんじゃ、まともに戦うなんて出来っこないって」
「だから、自分の地の利を求めてグラウンドに来ると……?」
「第一多目的グラウンドは獅子之宮学園の敷地の中で最も広い更地だ。身を隠す場所もないが、相手の巨体を全て視界におさめられる唯一の場所と言っていい。――相手の視線が何処を向いているかが分かる。十勇士にとって、これほど戦い易い場所もないだろう?」
「フンッ、確かにな」
「何より…………グラウンドで戦ってくれれば、十勇士が参戦出来る。東雲一人で戦うよりずっと勝率は上がるし、フォローし合えば負傷する可能性も低くなる」
「…………」
「俺が東雲だったらそうするし、奴なら実際そうしてくるさ。だから今は動かずに、東雲が帰ってくるのを待った方が良い」
宗壱が自信に満ちた表情で語ったためか、その言に説得力を見たのか。
生徒会役員の面々が言葉を無くし、十勇士たちはほぅと関心するように息を吐いた。
(…………まあ、俺としては本当はどっちでもいいんだけどね……)
しかし、堂々と熱く言い放った言葉とは裏腹に、彼の内心は真逆と言っていほどに冷めていた。
皆に言った通り、漣耶が大蛇を連れてグラウンドに来る可能性は高いとは思う。そしてその場合、倒せる見込みが有ると漣耶自身が感じたからこそ連れてくるのだ。ならば大丈夫。きっと自分たちは倒せるだろう。それ程には宗壱は漣耶の実力を信用していた。
――だが、東雲漣耶が帰って来ない可能性だって十分に考えられる。
あの東雲漣耶が殺られたという事実は学園の人間には精神的に厳しいだろう。
しかしそれも原住民と思わしきあの金髪の少女たちの登場で色々と変わってくる。万に一つの可能性とは思うが、元の世界に帰る方法も分かるかもしれない。
(……まあ、それは有り得ないだろうけど……)
それでもこの何も分からない状況から脱するには十分の“確かな変化”だ。
自分たちを取り巻く環境もより目まぐるしく変化していくだろう。
――それこそ、東雲漣耶の死が過去のものとなってしまうくらいに。
更に言えば、天童宗壱は東雲漣耶に対して様々な感情はあるが、固執はしていない。
此処で漣耶が命を落とそうと、残念とは思うだろうが、それを必死で阻止するということは絶対にしない。
――天童宗壱という男は、そういう冷めた男なのだ。
既に宗壱の意見を受け入れ始めている周囲が相談を始めた。
「そう、ね。天童君にそう言われるとそう思えてくるわね。十勇士の皆さんはどう思いますか?」
「うーん、そやなー。あんの東雲の奴がはしっこいのは十二分に理解しとるし……下手に探し回るよりも天童の言う通り、グラウンドに奴と大蛇が来た時に迎え撃てる準備をしとったほうがええと、うちも思うで」
「そうだな。奴の冷静で即決的な判断能力は此方も敬服すべきところだ。もしも東雲が本当に件の大蛇を連れて来たのだとしたら、我らの力を合わせれば勝てるかもしれん」
紫夜の問いに朱鷺と輝莉が答える。他の十勇士たちもそれにも異論無いようで、難色を示していたフォルティスも此処が妥協点と考えたのか素直に賛同した。
「――では、決定します」
生徒会長・紫夜が最後に纏める。
「東雲くんの捜索は行いません。学園内にて彼が戻るのを待ちます」
フォルティスが一瞬眉を顰めるが、そのまま沈黙を貫いた。
「ただ、天童くんの予想が当たっていた可能性を考慮して、今日一日は十勇士の皆さんは即座に第一グラウンドへ急行出来る場所で待機していて貰います」
十勇士全員が力強く頷く。
「正門には見張りと警備員を増員。屋上からの監視も、大蛇の動向に注視するよう伝えます。――ほのか、手配をお願いします」
「はいっ」
「私たちは引き続き、此処での生活基盤の確立のため各委員長と打ち合わせを行います。――近江くん」
「資料作成は既に済んでいます。あとは実際の数値を確認して計算するだけです」
応える周囲に紫夜は頷き、決意の声を上げた。
「今日一日が、恐らくこの未知の土地での最初の正念場です! 全員で生き残るため、元の世界に無事に帰るため、どうか皆さんの力を貸して下さい!」
『応ッ!!』
◆◇◆◇◆
「メーデー! メーデー! 総員、戦闘配備ぃ!」
「……掛け声違う。『May Day』は避難信号」
「アホやってんじゃねーよ! 俺ら空手部の配置はグラウンド脇の用具倉庫前だろ! 早く行くぞ!」
学園は騒然としていた。
風紀委員、武道系部活所属生徒は勿論、武力を持たない一般生徒たちまでが忙しなく校内を走り回っている。
『ヘーイ、我が兄弟達よ! 一昨日ブリブリ放送部所属、『オゥノー大野』だイエエエエエエエ!!』
マイクを握ると性格の変わる男、放送部の大野匡の高テンションの声が全校放送で流れた。
『みんなはもう知ってるよな? 我らが学園が誇る武道十勇士の一人、東雲漣耶は今、水運搬部隊が遭遇した超特大スネーぃクを引き付けて、運搬部隊が逃げるための囮となって逃げ回っているらしいんだゼ!』
この話は事情を知る水運搬部隊の面々や、生徒会、風紀委員から各方に向けて説明がされていた。
『オレもよくは知らないんだが、もしかしたらその超特大スネぅぇ~クを倒すために、東雲さんが第一多目的グラウンドへ大蛇を連れてやって来るかもしれないって話だから、さぁ大変だ! あくまでも可能性って話だが、それでも準備しないよりはしておいたほうが絶対にウィィィィ!! というわけでっ! 全校生徒一同はどうか御協力を――――と? え、なにナニ? ふんふん。おおっと、此処で緊急情報だ! 校舎屋上の見張りチームからの最新情報だぜィ! なんと、噂のスネーォクと思われる黒くて長くて太~いのが学園……第一グラウンドの方へと向かってるらしいんだぜ! オゥノォォォォォゥッ!!』
お気楽な大野の声とは裏腹に、その放送の内容には全校生徒、及び教師陣の誰もが、事前にあるかもしれないと聞いてはいたのに驚愕した。
それは、宗壱が予見していた事態に相違なかったからだ。
『えーと、報告によれば、スネ~クの到着まで数分程度しかないみたいだぜ!? 一般生徒は校舎の外に出ないようにと厳命されているから気を付けてくれよ! あとは……間違っても第一グラウンドの方へ行っちゃあいけないんだぜ! オゥノー大野とのお約束だ!!』
誰にも見えないサムズアップ&ウィンクをする大野をスルーして、こりゃ大変なことになったと更に騒然さを増す獅子之宮学園の面々。
時間が無かったので生徒会からの指示も最低限だったのだ。
正門の警備員と屋上からの見張りを残して、武道系部活所属生徒は第一グラウンドに面する第二校舎一階や近隣の倉庫前にて待機。
その他の生徒、教師は第一グラウンドから離れている第四校舎で待機。
十勇士たちは第一グラウンドの四方に散って待機。
最後に生徒会役員とエルフの少女たちは、グラウンドを一望できる第二校舎四階で待機とした。
「――見えた」
双眼鏡を除く紫夜が呟く。
眼下に映るグラウンドから塀を越えた先、緑の雲海の変化が明確に分かった。
濃黒色の太く長い何かが、その身を波打ちながら木々を押し退けて此方へと向かってくる。
「此処からは見えないですけど、あそこに東雲さんが居るんですよね?」
「……そのはずです」
漣耶の安否を憂いているのは、ほのかと千早だ。
他の皆は黙して眼下の大蛇が近付いて来るのを見ている。
「―――――!?」
「―――――!!」
「え、あ、うぇ? どど、どうしたんですか?」
突如、エルフの少女たちが騒ぎ出した。
その視線は件の大蛇に向けられている。
「だ、大丈夫、大丈夫ですから。此処に居れば安全ですから。あの、わかります?」
ほのかが彼女らの安心させようと説得を試みるが、やはり言葉の壁は厚い。
「あっ……し、東雲くん!」
しかし、そんなやり取りを置いて紫夜が思わず感情的な声を出したと同時。
机や椅子でバリケードを作るように封鎖した第一多目的グラウンドに面する非常口門が、雷鳴の如き轟音を撒き散らして弾け飛んだ。
その爆発の中からは、槍を振る漣耶と大口開けた大蛇が勢い良くグラウンドへ飛び出してきていた。
◆◇◆◇◆
「……刹ッ!!」
複数の机と椅子が吹き飛ぶ最中、漣耶は幾度目になろうかという刺突を大蛇の額へと放ち、そのままグラウンドへと降り立った。
大きく樹海を迂回して正門側から非常口門側へと辿り着いた漣耶だが、大蛇から逃げながら単身でバリケードを跳び越えるのは難しいと判断して、大蛇の突進の威力を利用してバリケードを破壊したのだ。
ギリギリまで大蛇の鼻先に近付いて誘導したので、バリケード突破時に大蛇へ刺突を放った反動で距離を取った。
「東雲!!」
「漣耶殿!!」
「おお、無事だったか我が番いよ!」
グラウンドには既に他の十勇士たちが揃っていた。
漣耶にとっては彼等が既にグラウンドで待っていたというのは予想外ではあったが、彼等が居るという現実は覆らないし、これは良い方の計算違いだ。
頭を直ぐに切り替えて、漣耶は十勇士たちに発した。
「……彼奴に特殊な攻撃はない! 咬み付きとその巨体にさえ気を付ければどうということはない……!」
『――――!』
漣耶の咆哮が引き金となり、十勇士たちは眼の鋭さを増して大蛇に向かって動きだした。
十勇士 対 超特大大蛇の決戦が、今――始まった。
感想、質問、指摘、お待ちしております。




