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第一話 獅子之宮十勇士

この物語はフィクションです。

登場する氏名、地名、団体名は、実在するそれらとの関係は一切ありません。


 ――――私立(しりつ) 獅子之宮学園(ししのみや がくえん)

 開校七十四年。現総生徒数四百六十二名。

 彼の学園は数年前まで特に特色の無い平凡な高等学校で在った。あえて特徴を挙げるのならば都内にしてはかなり広い土地を所有していることと、自主性を伸ばすためという名目のもと生徒の発言権を多少強くしているというところだろうか。


 しかし、それも別段特別というわけでもない。探せば教師よりも生徒の発言権の方が高いなんていう学校も在るところには在るかもしれない。

 そんな普通で平凡な高校であった獅子之宮学園だが、五年前に理事長、学園長、教頭の学園三大トップが総入れ替えになったことで大きな転機を迎えることとなる。


 曰く――

『天稟有す者たちが更なる高みへ目指すことの出来る学園にする』


 新理事長が就任時に口にしたその言葉。それを実現せんがため、理事長は私財を投じてこれまで無駄に広かっただけの学園の敷地に、傍から見れば節操が無いと思われるほど様々な設備を用意した。

 校舎増築、各運動施設、音楽設備、芸術設備、合宿施設、情報設備、工場設備、菜園施設などなど。


 更に、自身の脚で探し見つけ出した才能豊かな少年少女たちをスカウトし、獅子之宮学園へ次々と入学させた。

 校風も全面的に生徒主体に切り替え、生徒たち自身が一組織となって学園を運営する枠組みを造り上げ、各種才能を伸ばす為の様々な取り組みも行われた。


 そんな理事長自らによる学園改革は、その四年後に最初の成果を出すこととなる。

 獅子之宮学園の名が、日本中で轟くことになったその出来事。


 ――全国大会での優勝。


 それも一つではない。

 空手、剣道、弓道、合気道、フェンシング、薙刀、居合い道、スポーツチャンバラ、ムエタイ。

 九つの武道、格闘系種目で、しかも一つの学園の生徒たちが個人優勝を総取り。

 近年目覚ましい成果を上げていなかっただけに、ダークホースとして各高校武道界に旋風を巻き起こした。

 しかも、優勝を果たした生徒たちは未だ高校一、二年生。これからの活躍にも期待されることは想像に難くなかった。


 同年、武の道において素晴らしい成果を上げた九人。

 学園改革開始から初めて確かな結果を残した才高き生徒たち。

 その功績から、彼等彼女等は獅子之宮学園とその周辺で尊敬と好奇の念を込めてこう呼ばれた。


 ――『獅子之宮学園(ししのみやがくえん) 武道十勇士(ぶどうじゅうゆうし)』――


 と……。




   ◆◇◆◇◆




「――武道十勇士ねぇ……サナダさんちのパクリじゃん。………ん? でも、あれ?」

「どうした?」

「いやいやいや、おかしくね? 全国大会で優勝したのって……えと、空手、剣道、弓道、合気道……」

「フェンシング、薙刀、居合い道、スポチャン、あとムエタイな」

「そそ。その九つだろ? なのになんで“十”勇士なんだよ」

「……あ、ああー、そっか、お前知らねーのか。まあ、転校してきたばっかだしな」

「知らないって、何を?」

「それは――――あぁ、ほら、噂をすればだ。窓の外を見てみろよ」

「は? 窓の外って、中庭か? なんなんだいったい……」




   ◆◇◆◇◆




 獅子之宮学園の校舎と部活棟に囲まれるように存在する大きめの中庭。

 中央に噴水、校舎傍に芝生と花壇、地面は石畳に覆われている。

 その場所に、ブレザー型の制服を纏った一組の男女の姿が在った。

 彼らはその手に竹箒を持ち、中庭の清掃を行っていた。


「此処もそろそろ終わりそうですね。終わったら遠藤君たちと合流しましょうか、漣耶(れんや)さん」


 (つや)やかな長い黒髪をうなじと髪先で二度束ねた少女が、すぐ傍の男子生徒に鈴を鳴らしたかのような声音で話しかける。


「……ああ、そうだな」


 漣耶と呼ばれた青年は、それに言葉少なに返答した。

 無表情に淡々と掃除を続ける漣耶に、少女はくすりと微笑むとチリトリを持ってしゃがみこみ、竹箒を持つ彼を促す。


「漣耶さんはい、集めたゴミをどうぞ――」


 と、その時。


「――東雲(しののめ)ぇ、漣耶ぁぁぁァァァアアアアアアアアアアアアアア!!!!」


 放課後の彩りとなった中庭、校舎と部活棟を繋ぐ憩いの広場に、その場に似つかわしくない野太い大声が響き渡った。

 声の主は身長百九十以上はある大柄の男子生徒。

 剣山を思わせる逆立った短髪、遠目からも解るほどに筋骨隆々とした体躯にボロボロの空手着を着込み、厳しい顔つきで仁王立ちしている。

 空手着の男子生徒の視線は、己の正面に立つもう一人の男子生徒――東雲漣耶に固定されていた。


「……何か用か?」


 淡々と、小声だが不思議と明確に聞こえるその声音で、変わらず無表情の青年は応える。

 少し長めの漆黒の髪、整った顔に付いた切れ長の瞳が、空手着の男子生徒を無感情に見つめていた。


「用があるに決まってる! 昨日の借りを返して貰いに来たんだよ!!」


 威嚇するように睨みながら、パキパキと拳を鳴らす空手着の男子生徒。


「…………“借りは返す”ものであって、“借りを返して貰う”というのはおかしい」


 対して、漣耶は冷静に相手の言い間違えを指摘した。


「あ"あ"!? なに言ってやがんだっ!?」


 しかし、相手はその言を理解する頭脳を持ち合わせていなかったようだ。

 空手着の男子生徒は痺れを切らしたのか、肩を怒らせながら箒持つ男子生徒に近付く。


「何でもいいだろうが……なぁ? オレが言いたいことはひとつだけだ――――――さあっ、闘ろうぜ!!」


 漣耶は小さく溜息を吐き、近くの木に竹箒を立てかけた。


「…………仕方ない」


 先程と同じ無表情。だが、明らかに雰囲気の変わったその双眸で、漣耶は近付いて来る空手着の男子生徒へ向き合う。


「……美翅(みはね)、離れていてくれ」

「は、はい。漣耶さん、その、お気を付けて」


 漣耶と一緒に掃除をしていた女子生徒――綾薗(あやぞの)美翅は、心配そうな顔をしつつも、彼らの邪魔にならぬように校舎近くまで離れていった。




   ◆◇◆◇◆




「なぁ、おい、あれ……十勇士の“決闘”じゃないか?」

「え、マジで?」


 中庭での二人の男子生徒の異変は、校舎の窓からそれを見た生徒たちによって瞬く間に学園中に広まった。


「ちょ、もう始まりそうじゃん!」

「ありゃ空手部の(とどろき)と……おおぅ、東雲さんじゃねーかい」

「おい、押すなって! 落ちるっ、窓から落ちるから!?」

「いやー、昨日に引き続きよーやるねー」

「キャ~! 漣耶くーん!!」


 中庭が見える位置、校舎の窓際に好奇心旺盛な生徒たちが続々と集まってくる。

 しかし、誰ひとりとして中庭に足を踏み入れることはしない。それがどれほど危険なことか、みな嫌というほど理解していたからだ。


「うひ、闘る気マンマンだなぁ、轟の奴」

「昨日の決闘、判定負けでイラついてたからねー」


 獅子之宮学園では、改革後一番最初に功績を上げたということもあり、現在は“武道”に力を入れている。

 具体的には『他流派、異種格闘技などの交流――実戦を推奨し、武道経験者同士が双方合意のもと、十人以上の第三者が居て、且つ学園敷地内にのみ限り“決闘”を行うことを許可する。』という校則が追加された。


 決闘とは、場所、時間を問わず己が武術のルールに則り、双方合意の勝敗条件の下、正々堂々と互いの武を競い合うことである。

 日々、自身に異なる刺激を与えて向上心とし、また大勢の第三者に見られることで舞台度胸を付け、同時に見栄を育てることにより正々堂々の精神を鍛える。正に一石三鳥……という新校則立案者の学園長の言い分だが、おいそれマンガで見たことあんだけど、という噂も生徒間で実しやかに広がっていた。


『――レッデぇ~ス、アーン、ジェントルメぇぇぇ~~ン!』


 突然、学園中のスピーカーからテンションの高い男子生徒の声が流れてきた。


『イヤーハー! 本日も十勇士による“決闘(デュエル)”が始まるぜェ~!! フゥゥゥー!!』


 どんどんどーん、ぱふぱふぱふー!!


 ざわ……ざわ……ざわ……!


 野次馬生徒たちが合いの手を入れる。

 まるでお祭り騒ぎのようだが、これが獅子之宮学園の日常だ。


『実況はワタクシ、放送部所属二年の“オゥノー大野(おおの)”と――』

『解説はうち、薙刀部エースにして十勇士の一人、三年生の“蘇芳朱鷺(すおう とき)”でお送りするでー』

『さてさてっ、本日の対戦カードはー……空手界の問題児“轟玄十朗(とどろきげんじゅうろう)”と、十勇士最強の男“東雲漣耶”だあああああ!!』


 ウォオオおおおオオオオォォオオオオオおおおオオオオオオオオオオオオオ!!


 対戦者の名前を聞いて観衆が鬨の声を上げる。


『昨日と同じカードやっちゅーに、皆ノリえぇなぁ。ま、轟のリベンジは予想してたことやけど』


 校舎三階の廊下に特設した実況席で一組の男女が、眼下の中庭に居る火中の二人を眺めながらマイクに向けて口を開く。


『おーっと轟選手、開始の合図を待ちきれない様子だフォーゥ!』

『早めにゴング鳴らしたほうがえぇね』


 遠目に見ても解るほど息荒く肩を怒らせた空手着の大男――轟玄十朗。

 それを静かに見据える長身痩躯の男子生徒――東雲漣耶。


「――始まるぞ!!」


 生徒の誰かが声を上げた。

 その言葉に観戦者全員が口を閉ざし、その視線を中庭に向ける。


「…………っ」


 ゴクリ、と息を呑む音が響いた気がした。

 視線の先では、二人の男子生徒が闘いの間合いに入ろうとしていた。




   ◆◇◆◇◆




 …………カ――ン!!!


「ぜっ、ァぁあああ!!!」


 試合開始の鐘が響くと同時、咆哮と共に玄十朗は大きく踏み出して漣耶目掛けて強烈な中段正拳突きを放った。

 日々、巻き藁を数千と突いて鍛えた彼の拳の硬さは岩塊の如く。その日本人離れした巨大な体躯と鍛え抜かれた筋肉も相まって、呻りを上げて迫り来る丸太と化した打突。

 玄十朗と軽く二周りは体格に差のある漣耶が一度でもまともに受けようものなら、意識は容易に刈り取られ、打たれた箇所は骨折必至だと思われる。


「――――ッ!」


 しかし、危なげもない動作で漣耶はそれを軽やかに避けてみせた。

 迫る剛腕の側面を掌底で弾くと同時に、石畳を蹴って斜め後方に跳ぶ。


「っ、しゃらくせえッ!! オォーラオラオラオラァ!!!!」


 避けられたことなど気にも留めず、玄十朗は漣耶を追いながら正拳突きを乱れ打つ。

 スポーツ空手のようなワン・ツーではなく、両足で地面をしっかりと固定して放つ正拳突きの連打。

 驚くのは左右の突きの連携の速度だ。積み重ねてきた鍛錬によって左右の正拳突きを放つ時間差を極限まで縮め、更には力強く一歩一歩踏み込むことで距離も詰めていく。

 一撃一撃が必殺の威力を誇る拳の弾幕が、漣耶を襲った。




   ◆◇◆◇◆




『出たぁぁぁ~~~~!!! 轟選手の必勝戦法、“剛拳乱打(パワード・ガトリーング)”だぁああああ!!!!』

『勝手に技名付けると後で怒られるで~。ま、そない大仰に言うほどの技でもないけどな。“正拳突き”っちゅうシンプルな技は、シンプルなだけにあの巨躯と鍛え上げた剛腕から繰り出されるソレは強烈の一言、えっげつないでホンマ。……昨日みたいにまず小手先で、っちゅうのはやめたみたいやね』

『フゥゥゥー!! 実際、数々の大会で幾多の猛者を打ち砕き、葬って来た拳だぜ! ズガガガガッと効果音が響いてきそうなその光景は(さながら)ら人間削岩機! 有無を言わせぬ剛腕の暴風雨ってところだイェエエエ!!』

『そやなー………………ま、それも相手が“あの東雲”やなかったら、の話なんやけどな』

『オゥ、ノォォォ―――ゥ!!!』




   ◆◇◆◇◆




「……」


 自らに迫りくるそれらを、漣耶は冷静な表情(かお)で見据えていた。

 幾らその連打が速いとは言え、相手の拳は己と同じ二つ。決して増えた訳ではない。

 玄十朗が詰めてくる速度と同じ速度で後退しながら、自身に当たると見極めた攻撃のみを(はた)いて()らす。

広い中庭だからこそ出来る芸当だ。実際の試合場ならば、漣耶はとっくに白線を越えて場外となっているだろう。

 その点、玄十朗の正拳突き連打は厄介だ。単純な技の連携ゆえに(すき)が無い。

 肩幅も常人より広く、比例して攻撃範囲も広い。左右の逃げ場も無いときている。

 全国高等学校空手道選手権個人組手の優勝は、全てこの剛なる拳で試合を勝ち進んできたのだ。

 それが出来るだけの日本人離れした体格、そして幾千幾万という努力が出来るという才能を、轟玄十朗は持っていた。

 だが――。


(…………クソッ……!)


 だがしかし、自身の象徴だった堅なる拳は、一向にして相手に当たらない。

 まるで虚空に漂う羽毛の如く、ふわりふわりと紙一重で回避していく。

 襲い来る拳を絶妙なタイミングにて掌底で弾き、その反動を利用して逆方向に全身をスライドさせる。

 まるで本当に浮いているのではと錯覚してしまうほど滑らかで流れるような足捌き。


「…………」


 何よりも、表情が全くと言っていいほど変わらない。

 攻撃側の玄十朗よりも回避に徹している連夜の方が体力の消費は少ないというのは分かるが、こうも無表情だと不気味さすら感じる。

 攻撃をかわしつつも無感情に自分を観察しているような座った瞳に、憤怒の表情を浮かべる玄十朗は無意識に苛立ちが募っていった。




   ◆◇◆◇◆




 校舎二階の実況席では、そんな二人の攻防を観戦しながら大野が声高に実況していた。


『避ぁける避けるエスケ――プ! 東雲選手、轟選手の猛攻を避けまくる~~!! バァット、このままでは時間の問題か!? ハウドゥ東雲選手ぅぅぅ!!?』


 その横で暫し無言で居た朱鷺がアゴに手を当てて口を開く。


『前進しながらの連続正拳突き。言葉で言えば単調で攻略も簡単そうやけど、見れば一目瞭然に轟のそれは左右の突きの連携速度がハンパない。しかもあれは、攻撃をしつつ全身の筋肉圧縮と間接固定を高速で繰り返してるようなもんやから、つまりは防御も兼ね備えてるんや。半端な攻撃じゃあ轟の躰の何処を打っても強靭な筋肉の鎧に弾かれてまう、まるで装甲車やな。…………けど、ふむん』

『オオゥ? どうしたんデスか、トッキー先輩?』

『トッキーゆうなっちゅーねんジブンっ。――ってか、そろそろ戦況変わるで?』

『アーハン?』


朱鷺の言葉に大野が再び眼下に視線を戻したと同時、言葉通り、闘いに変化が生じた。




   ◆◇◆◇◆




(……チッ、正拳突きは完全に見切られてるってか。んじゃあ――“これ”はどうだよっ!!?)


 上段、中段、下段、かつ左右中央の九ヶ所へランダムに正拳突きを放つも、(ことごと)く全てを避けられ、焦れた玄十朗は漣耶の不意を突く手段に出た。


「オララララゼァアアアアアッッッ!!!」


 突如、玄十朗は正拳突きの連打から“右前蹴り”へと瞬発的に切り替える。

 空手の前蹴りの特徴は、体幹はほぼ不動という点にある。回し蹴りのように腰の回転や振りかぶる動作を必要としないので、構えを変化させずとも放つことが出来、初動が限りなく少ないのため発動を悟られ難いのだ。

 漣耶の意表を突く形で放たれた峻烈な前蹴り。


「!? ――――()ッ!!」


 しかし、それをもこの無表情な青年は紙一重で避けて見せた。

 ブレザーの胸元に横に裂いたような切り傷を残したが、漣耶自身は無傷のまま。

 ……そしてこの時、隙の無かった玄十朗に初めて明確な隙が出来る。


「ッ!?」


 瞬きの間の刹那。強烈な前蹴りを放った玄十朗は右脚を前方へ完全に伸ばし、片足立ちとなった。

 これは玄十朗の誤算。不意を突いた一撃、しかも正拳よりもリーチが長く、速く、威力も高い前蹴りならば、当たりはしないまでも漣耶の体勢を崩せるくらいは――。

 だが実際は逆だった。

 自分は不安定な片足立ちとなり、相手は無傷でそれを避けた。

否。避けるだけではなく、蹴りの更に内側――玄十朗の懐へと滑り込んできたのだ。


「……」

「……っ」


 超至近距離で向かい合う形となった二人。

 時の流れが止まったかのような錯覚。


(やばい……!)


 右脚を引き戻して体勢を整える猶予は無いと感じた玄十朗は、全力で上半身を捻り、息の当たりそうな位置に居る敵に向けて手刀を放とうとした。が、それも阻まれる。

 回し受けに似た動きで手刀――ではなく二の腕を持ち上げるように受け流し、手刀の下を掻い潜る。同時に、唯一玄十朗を支えていた左脚を払われ、百キロを超える巨体が一瞬宙に浮いた。


「――――!?」


 常人ならば地に足が着いていないというそれだけで混乱して何も出来なくなるか慌てるかのどちらかだろう。

 しかし、玄十朗も伊達に武道十勇士と呼ばれている訳ではない。

 彼にも、高校一年生で全国大会優勝を果たしたという誇りと、何より誰にも負けたくないという純粋な意地がある。


「グッ……ゥオオオオオオオオオオオ!!!!」


 猛る獣のように吼えながら玄十朗は空中で躰を回転させた。

 ――いまだ標的は手の届く位置に居る。

 玄十朗は相手の思い通りにさせたくない一心で、受身を取って落下時のダメージを最小限にするよりも、形振り構わずの攻勢を選んだのだ。


 ……ゴッ!!


「ッ!?」


 しかして執念の一言に尽きるそれは完全に漣耶の意表を突くことに成功した。

 胴の捻りの反動を利用した玄十朗の肘鉄は、鈍い音を立てて漣耶の側頭部にまともにヒットする。空中で安定性に欠けているとはいえ、玄十朗の丸太の如き剛腕による強烈な一撃だ。体格が二周りも小さい者などひとたまりもない。

 ――と、思われた。


「ご、ぐぁ……ッ!?」


 次の瞬間、呻き声を上げたのは漣耶ではなく玄十朗だった。

 彼の躰が重力加速以上の速度で中庭の石畳に叩き付けられる。


「…………ッ」


 常人ならば仰け反るどころか吹き飛ぶであろう玄十朗の一撃を漣耶は歯を食いしばりながらも耐え、更に反撃を加えたのだ。

 中国拳法では“発勁(はっけい)”、骨法では“(とお)し”と呼ばれる足の爪先から掌までにおける間接の捻転運動による慣性エネルギーの移動増加性を利用した攻撃。

 回避不能な空中、しかも攻撃直後で無防備な玄十朗の腹部にクリティカルヒット。

 内臓が暴れ回るほどの衝撃と、地面に叩き付けられた鈍い痛みが玄十朗を襲う。


「……ぐっ、が、この…………うっ!?」


 顔をしかめる玄十朗。

 だが直に体勢を立て直そうと相手を見ると、そこには己が眼前数センチの所に突き付けられた手刀の切っ先が在った。


「…………」


 立ち上がろうとした体勢のままの玄十朗と、手刀を突き付けた漣耶の視線が交差し、沈黙が訪れる。


「……………………チッ」


 暫くの後、玄十朗の舌打ちと共に勝敗は決した。




   ◆◇◆◇◆




「――まあ、予想通りかな」


 中庭を一望できる第一校舎の四階の一画、廊下端の窓に肘をかけた端整な顔立ちをした黒髪の男子生徒がそう漏らした。

 何故か他に生徒が見受けられないその一画は、夕暮れの今時分は校舎の影になっていて薄暗い。

 勝者を告げるアナウンスと観客の声援が何処か遠くに聞こえてくるような場所だった。


「…………フッ」


 今回の玄十朗の敗因は、当たらない攻撃に焦ってしまったことだろう。

 実際の空手の試合ならば、対戦相手があそこまで長時間後退するということはありえない。すぐさま場外となって仕切り直しとなる。

 人並み外れた体格と筋力による圧倒的な攻撃力と防御力で一気に押し切るのが玄十朗のスタイルだ。

 だがそのため堪え性が無く、漣耶にはその点を突かれた形となったのだろう。


「懲りないねぇ。十勇士最強を相手に」


「……故に、なのだろう」

「純粋に強い奴と戦って勝ちたい。轟ちんが考えてるのはそれだけだにゃー」


 独り言のはずだったが、自分のそれに応える声があった。

 振り向くと、見知った顔が二人。

 綺麗に揃えたボブカットの凛々しい顔立ちをした小柄な女子生徒と、ぼさぼさ頭に糸目なにやけ顔をした浅黒い肌の男子生徒。

 窓の縁に預けていた体を離し、男子生徒は近付いて来る二人に向き合った。


「これはこれは、合気道部の加羅谷(からや)と剣道部の弥鞍(みくら)じゃあないですか。十勇士が二人して……もしかして、“アレ”に()てられてそちらさんたちも決闘を?」


 アレの部分で中庭を指差し、男は軽い調子で言った。


「違う。ただの観戦だ」


 と、合気道部の神童“加羅谷輝莉(からや かがり)”は堅い口調で応えた。


「だよにゃー。オレら仲良しだから決闘なんてしないよにゃー?」


 と、剣道部最強の変人“弥鞍隼人(みくら はやと)”が語尾に「にゃー」を付けたヘンテコな口調でそれに続く。


「仲良しではないが、決闘はしない」

「ニャんと!?」

「ははっ」


 顔色を変えず否定する輝莉に、わざとらしく大袈裟に驚く隼人。

 片や清廉潔癖にして鉄壁の乙女、片やニヤニヤへらへらな軟派男。

 そんな正反対の性格の二人が一緒にいるのが、男には少し可笑しかった。


「……そちらも観戦か、天童(てんどう)?」


 それとも観察か? と真面目な顔で輝莉が問う。


「居合い使いのおみゃーとしちゃあ同じ古流同士、ライバルハートがメッラメラかにゃー?」

「まさか。在学中にアイツともう一度戦う予定は……無いよ」


 と、男――居合い道部の奇才“天童宗壱(てんどう そういち)”は一笑に付した。


「……そうか」

「にゃー」


 ――言以上の何かがある。


 そうは思ったが二人はそれ以上追及はせず、再び視線を中庭へ戻した。




   ◆◇◆◇◆




 所変わって第二校舎二階の廊下。

 中庭を見降ろす観衆が密集する窓際に、そこだけぽっかりと穴が開いたように人が寄りつかない所があった。

 その場所には三人の生徒。何処か一線を画く雰囲気を持った女生徒二人と男子生徒の姿が在った。


「ぬぬ、うぬぬぬ……おのれ轟め、我が番いに傷を負わせおって……!」

「落ち着くんだ、(あずさ)殿。見るんだ。漣耶殿なら問題無い」

「け、結構思いっきり“入った”ように見えたけど、漣耶クンも表情(かお)にでないからね」


 弓道部二年、“奏島梓(かなでしま あずさ)”。


 フェンシング部二年、“フォルティス・三島(みしま)・ローデンヴァルト”。


 スポーツチャンバラ部三年、“垣峰真湖(かきみね まこ)”。


 獅子之宮学園武道十勇士が三人も揃っているその場所に、近付こうという一般生徒は殆ど居ない。


「――あら、十勇士の皆さん」


 だが、そんな彼女らに近付く人影が。


「あ、生徒会長?」

「ふふ。ごきげんよう、皆さん」


 深緑の長髪を靡かせ、意思の強そうな瞳が印象的な女子生徒――獅子之宮学園生徒会会長“北條紫夜(ほうじょう しや)”が優雅な足取りで三人に近付き、窓縁に手を置いた。


「あら、負けたというのにもう元気そうね、轟くん」

「り、両方とも“全力”ではあったけど、“ホンキ”ではなかったから」


 眼下の様子を見た紫夜から漏れた感想に、真湖がもじもじした様子で応えた。


「ふん。我が番いは自身の武器(えもの)すら手にしておらなんだしな」

「それを言うなら轟も、無手相手よりは武器相手の方が調子が出るタイプだ」


 梓とフォルティスが真湖の言葉に補足する。

 十勇士の三人が言うには、あれでも二人は本気では無かったらしい。


「――まあでも、大怪我しない程度にならお祭り騒ぎは歓迎よ。その方が面白いし」


 ふふ、と可笑しそうな笑みを浮かべつつ、紫夜は微笑ましい光景を見るような眼差しで戦い終わった二人を見つめる。


「……お言葉ですが、“獅子王祭(ししおうさい)”も近いというのに安易に決闘を仕掛けるなどと、轟には十勇士の自覚が足りないと思いますが」


 だが、生真面目と称されることが多いフォルティスは、紫夜とは逆に今回の決闘に憤りを感じているようだった。

 そんな彼の言葉に、紫夜は笑みのまま小さく息を吐く。


「ローデンヴァルトくんの言う通り、出来れば仲良くしてくれた方が良いわよ? 獅子王祭には十勇士全員の力を借りたいしね。…………でも、此処は“獅子之宮学園”なの。向上心のある生徒を止めることは出来ないのよ。それに、東雲くんとの決闘ならまだ安心して見ていられるじゃない?」

「…………まぁ、そうなのですが……」


 紫夜の言葉に、フォルティスは難しい顔をしつつも頷くことしか出来なかった。

 しかし、彼の言っていることも間違いではない。

 もうすぐ、獅子之宮学園の文化祭――“獅子王祭”が開催される。

 敷地が広い分規模も大きく、外部からの客も大勢来る。

 人が多くなれば、比例してトラブルも多くなるというのは常識だ。

 自警団として風紀委員と武道系部活所属の生徒を各所に配置することを考えているのだが、それを統括出来るのは“武の象徴”であり、“現在の学園の象徴”ともなっている“獅子之宮学園武道十勇士”となるのは明白だった。


 なのだが、十勇士はそれぞれが各種目での全校大会で優勝するほどの強者たち。

 十勇士の幾人かも、一年前は自分自身が他の誰よりも最強と思っていた。

 それは“十勇士最強”が決まってからも“楔”となって各自の心に残っている。


 ――いや寧ろ、十勇士最強が決まってしまったからこそ、更に“それ”は強くなったのかもしれない。


(まあ、近いうちにどうにかしなければいけない問題よね……)


 苦笑しながら紫夜は思う。

 学園初の功績を上げた生徒――武道十勇士たちの確執問題。

 その彼らに負けず劣らず個性的な性格と高い才能を持つ多くの生徒(もんだいじ)たち。

 生徒会長である自分が治めるべき学園が、如何に難儀な事であるか。


「……ふふ」


 しかし、紫夜のその笑みには苦笑とは別のもの――何処か子供のように心躍る様子も垣間見ることが出来た。




   ◆◇◆◇◆




「……あ、あれが武道十勇士……」


 観戦する他の生徒たちに押しつぶされながら、転校生は眼下で起こった出来事に声を震わせた。

 まるで格闘ゲームの対戦を実写で見ているかのような感覚。

 胸が熱くなり、無意識に拳を強く握ってしまう。


「どーだ? あれがいま我が校の象徴となっている人たちだ。十勇士の称号は伊達じゃないって解っただろ?」

「あ、ああ……」


 隣に居る案内役の生徒の言葉に生返事を返しつつも、未だ中庭の二人から目が離せないでいる転校生。

 だが、不意に思いついたように声を上げて案内役の生徒に問いかけた。


「……ってオイ。さっきの質問、そういえば全国大会で優勝した種目が“九つ”なのに何で“十”勇士なのかって質問に答えてもらってないよな?」

「ん? ああ、それな。――ホラ、あの決闘した十勇士のひとり居るだろ? デカくない方の」


 案内役の男子生徒が、中庭で美翅から手当を受けている漣耶を指差す。


「東雲漣耶……十勇士の一人にして、現在の十勇士中最強と呼ばれている男。この人の特殊性はそれだけじゃなくて……」


 男子生徒は一拍置いてから、再び口を開いた。


「十人中、唯一“公式大会での実績がない”十勇士なんだ」

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