35「ぽんこつカルテット」
三日後――。
「なによ。なんで、今日はそんなにやる気に満ちあふれてんのよ」
アンジェルが朝から溌溂として仕事の段取りに励むアタミを不気味なものを見るかのようにいった。
「アンジェルさん。アタミさんが真面目にお仕事頑張るのはいいことじゃないですか」
フランセットが微妙な判定のフォローを入れるがアタミは特に気にした様子もなく、テキパキと事務処理を行ってゆく。
「……ま、いつも通りケアレスミスが目立つけど、やる気になってくれたのはうれしい限りだわ」
「失礼なやつだな。俺はいつも真面目にやっているぞ。なにせプロの事務職員だからな」
「そうそう、アタミさんは立派なプロの事務職員ですよっ」
「なぁーに、妙にアタミのことかばってんのよフランセット。アンタ、コイツに弱みで握られてんの? エロ系の」
「も、もうっ。朝からやめてくださいよっ!」
フランセットが顔を真っ赤にして怒鳴ったのでアンジェルは引き気味に数歩退いた。
「ごめんなさい。今のは冗談でも口にするべきじゃなかったわ。しかもアタミが相手じゃなおのこと――」
「あの、本気で怒りますよ」
フランセットが微笑みを顔に張り付けたまま感情を込めずいったので、アンジェルは珍しく冷汗をかきながら謝罪した。
「だからゴメンってば!」
「オイ、漫才はいいからしばらく抜けるぞ。要件は新米冒険者育成のための特別レッスンだ。問題ないなアンジェル」
「アンタなに勝手な項目作ってんのよ。確かに受付職員には初心者に対する基礎知識の講習を行うことがあるけど、それは冒険者講習乙免状を持ってる有資格者だけで――って、これってギルドマスターの許可印?」
「おう。昨日、ギルマスのオッサンに内容を説明して許可をくれといったら判をくれたぞ。あのオッサンいいやつだな」
「アンタなにしてくれちゃってんの? そもそも直の上長であるあたしを飛び越して」
「まあ聞いてくれや。俺たちは確かに冒険者たちに依頼を割り振ったり、アイテムを販売したりするのがメインの仕事かもしれんが、ときには頽れそうなひよこに手を貸すのも長い目で見ればギルドの繁栄に繋がるのではないかと思ってな」
「ん。ちょっと待って」
最初は噛みつかんばかりに目を三角にしていたアンジェルだが、ペラペラッとアタミの持参した書類に目を通して深く息を吐き出した。
「ふん。案外まともなこと考えてるじゃない。確かにいわれたままのことやってるだけじゃ先はないわね。けど――」
「けど、なんだよ」
「アンタはまだ基本がまともにできてないから、こういうのにクチバシ突っ込むのは自分のお尻のタマゴの殻が取れてからにしなさいよっていいたかったの」
「さいですか」
「ま、今回はテストケースね。一週間やるから好きなようにやってみなさい。それと今後はあたしに必ず相談すること。アンタが上手くいって目鼻がついたら、このシステムを会議にかけて正規に運用できるよう取り計らって上げる」
「おう、頼むぞアンジェル」
「一応、あたしアンタの上司なんだぞ」
「俺は職位とかそういうちっぽけなものに縛られない存在なんだ」
「組織のコマのひとつのくせに根底から覆しかねんことを堂々と……」
「じゃあ、行くわ。あとは任せた」
ちょっとだけキリッとした顔でアタミが受付ブースを出てロビーの中央に移動する。
そこには掲示板に貼った依頼書を眺めているクリスティーンの姿があった。
「あ、おはようございますアタミさん」
彼女はアタミの姿を見つけると仔犬のように顔をほころばせ杖を抱えて駆けて来た。
「おう、おはよう。今日は早いじゃないか」
「もう、それはいいじゃないですか。奉仕作業は当分免除させていただきました。わたしが一人前の冒険者として成長することが、きっとみなさまのお役に立つと信じます」
「うむ、それでいいんだ」
「はいっ。アタミさんのお言葉ですからっ」
不意にアタミはクリスティーンのキラキラした輝く瞳に息が詰まった。
(この子、アレと違ってまた妙に俺のこと信じすぎなんだよなぁ)
「ま、俺の言葉は額面に通り受け取らず。冒険者の鉄則その一、どんなときにも言葉の意味を考え抜け、だ」
「どんなときにも言葉の意味を考え抜け、ですねっ」
クリスティーンは杖を抱えたままフンフンと真剣な面持ちでアタミの言葉を反芻する。
「ちょっと場所を中庭に移動するぞ」
「はいっ」
小柄なクリスティーンはちょこちょことアタミのあとを懸命について来る。ロビーにいる数人の冒険者が、以前のゴブリン事件のことを思い出したのか自然な動きでクリスティーンから距離を取った。アタミは繊細なクリスティーンが目敏く他者の行動に気づき悲しそうな顔をしたの気づく。
「ほっとけ。これからのおまえで見返せばいい」
「は、はいっ」
てくてくと歩いてゆくと中庭に到着する。そこには三人の女性がそれぞれ微妙な距離を取って佇んでいた。
「あの、アタミさん。この方たちは?」
「仲間だ」
「え?」
「おまえの仲間。新たなるパーティメンバーだ。それでは紹介しよう」
「ちょっと待ってください」
「そのあまりの美貌によって今まで数え切れないパーティーを仲間割れさせて滅亡に追い込んだ伝説のパーティークラッシャー。犯罪ギリギリの露出過多コスチュームに身を包んだ二十歳。彼女の妖艶な魅力でギルドは今夜もサバトに変わるのか? 破壊神モルガーヌここに参上」
「あの、ちょっと大変ないわれようなんですけど」
「前科五十三犯。若干十六歳にして十万フラルクの懸賞首。更生を条件に釈放され冒険者ギルドに加入するも、その日のうちに物販所に侵入し警備兵にとっ捕まった。今でもバリバリの現役少女盗賊ユゲットだ」
「ユゲットさんだぞ」
「そしてどんじりに控えしは。潮風荒きキドプールの浜に生を受け、網元の娘がなんの因果か女だてらに剣を磨き、トントン拍子で地元の清風騎士団に所属。ギリギリを求めるあまり夜な夜な剣の腕試しで地元を追われ。たどり着いたがこの冒険者ギルド。危険すぎてハブにされ、ソロ活動を余儀なくされた。当年十九歳にして悲運の騎士アデライドだ」
「紹介に悪意を感じるのだが……」
「つーわけで、駆け足で紹介したが、おまえたちはこれからパーティーを組むために俺が厳選した逸材中の逸材だ。仲よくするんだぞ」
目に見えている地雷ばかりである。
アタミにしては愛想よく振る舞うが、少女たちは互いに見合ったまま距離を測りかねているといった具合だった。
「あ、あの、わたし僧侶のクリスティーンといいます。修道院で修業を終えてみなさまのお役に立つため冒険者を志願しました。よろしくお願いいたします」
このままではマズいと思ったのかクリスティーンが自己紹介を行う。
「うむ、ちゃんとごあいさつできたな。ホラ、拍手拍手」
アタミがみなを見回し率先して手を打ち合わせるが、それに続くのはクリスティーンのみだった。
「ねぇ、アタミっち。アタシ面白いことがあるからっていうから、折角時間潰して足運んだのに。コイツら金持ってなさそうジャン」
ローライズから伸びる白い足がまぶしい盗賊のユゲットが頬を膨らませてジロリと睨んで来る。
「アタミさん。やっぱり私冒険者を廃業しようと思います。いくら男性がいないパーティーといってもさすがにこれでは……」
モルガーヌがはふうと景気の悪いため息を吐く。
「あんだよ姉ちゃん。アタシが盗賊だってのが気に入らないのかい? これでも腕っぷしには自信があるんだよ」
「あ、あの、おふたりとも。アタミさんが苦労してわたしたちを引き合わせてくれたんじゃないですか。喧嘩はやめて話し合い解決しませんか?」
「話し合いでどうにかできたなら、私はアタミさんを頼っていませんよ」
「そそそ。娼婦もどき姉ちゃんのいう通り。だいたい、アタシはアンタみたいな真面目っ子が苦手なんだよう」
「そんな……!」
「ちょっと待ちなさい。ユゲットさん。今、私のことをなんとおっしゃいました?」
初顔合わせの野良犬のように、三人の女冒険者たちはたちまち揉めはじめた。
僧侶のクリスティーン、盗賊のユゲット、魔術師のモルガーヌは顔をくっつけあったまま鼻息荒く自分の主張を譲らない。
「淫売もどきっていったんだよ。なんだい、その胸をおっぴろげたカッコは? 男なんか阿呆だから、そんな来るもの拒まずみたいな! 格好してれば発情した男どもが殺し合ってパーティーがぶっ潰れるのは当然じゃないか!」
「ば、馬鹿にしないで! これはお母さまから受け継いだ我が家の由緒ある伝統の魔術服です!」
「あ、あのっ。喧嘩はやめて、わぷっ」
「お、おい、おまえら、まず俺の話をだな――ってアデライド! どこに行く」
「悪いが私はここで失敬する。アタミ殿の言葉を信じてみようかと思ったが、このようなメンバーではとてもとても。ソロのほうがよっぽどマシというもの。ああ、これは悪い。高名なギルドとはいえ事務職員風情を頼った私に非があるな。ここに謝そう」
アデライドは雪のように白い頬を自分の指でこすりながら、さも馬鹿にした表情で吐き捨てた。




