思考追跡獣
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巨大な歯車がうなる音と共に、格納庫の壁が、あちこちでゆっくりと外に向かって倒れていく。
外の冷気が入り込み、格納庫内の整備士たちの髪を掻き乱した。
倒れた壁には段差がつけてあり、開き切ると、巨人のための小さな階段となる。
ぼくは空の再生槽から立ち上がると、段を踏み外さないように気をつけながら、雪原に降り立った。
母艦に収容されて以来、はじめての外だ。
相変わらず太陽の光は弱いが、地平まで続く雪原の解放感ときたら!
背後には、ぼくの身長よりほんの少し高いだけの母艦があった。
リガの身体を通して見たときは、山のような大きさに思えたが、こうして直接、自分の目で眺めるとJRの特急列車一両分くらいにしか感じられない。
ぼくの隣に立つ巨人のなかで、ギレアドが無線通信でいった。
「第一隊から第四隊までは、艦を中心に円陣を組め。第五隊から第九隊までは、そのさらに外側に円陣だ」
ぼく以外の巨人は、装甲が真っ白なので、背景の雪の中に綺麗に溶け込んでいる。どの機も巨大な槍を構え、周囲に気を配っていた。
彼らが足音を響かせながら雪原を歩き、配置につく。
ぼくのコクピットのなか、通信用モニターにギレアドの顔が現れた。映りはあまりよくないが、なんだか妙に嬉しそうに見える。
「リガ、俺たちは円陣の外だ。後方1リールに着く」
「円の外、ですか?」
「〝熊〟は獲物の後方から襲ってくることが多い。つまりは囮だな。だから、軍団内でもっとも腕の立つものが引き受ける。俺と君だ」
「まさか? わたしが強いだなんて」
「強いさ。殿下を襲った曲者を一蹴したそうじゃないか。それに、そうやって巨人を立たせているだけでもわかる。じつに自然な立ち姿だ。力みも、硬さもない。まさに巨人の身体を我が物としている」
我が物に決まっている。なにしろ、ぼくがぼくの身体を動かしているんだから。
ギレアドがいった。
「艦長、配置を完了した」
その言葉を合図に、母艦がぶるりと震え、煙突から蒸気が吹き上がった。キャタピラが回転し、時速三十キロほどで緩やかに進み始める。
母艦を囲んだ巨人たちも、歩調を合わせて前進する。
ぼくとギレアドの機体だけが、その場に取り残される。
ギレアドが無線でいった。
「全機、念波通信の封鎖を厳にしろ。破ったやつは、あとで俺がとっちめるからな」
リガが、モニターの横にある無線の通話ボタンらしきものを押した。口を図案化したマークがついているから、間違い無いだろう。
「あの、どうして念波はダメなんですか?」
ギレアドがいう。
「熊は、巨人が発する念波を感じ取れるからだよ」
「動物が、ですか?」
「俺たち人間が獲物の足跡を追って狩りをするように、熊は獲物の〝思念〟を追うんだ。思念は足跡や匂いのように雪や風で消えることがない。やつらは数百リル先からでも、思念を捉え、追い続ける。
恐怖はとくに感知されやすいらしい。だから、連中はわざと雪の上に足跡を残す。広大な領域に、放射状に、網目のように。それを見た獲物が恐怖を覚えるようにだ。
俺たちはすでに捕捉されているが、それでも、巨人からの念波は出さないほうがいい。俺たちの思考が雪の一粒なら、巨人の念波は大雪崩もいいところだ。正確な居場所を教えることになるし、なんなら、通信内容も読み取られる」
まさか。ぼくはリガに質問を投げ、彼女がそのまま繰り返す。
「動物なのに、人間の言葉が分かるんですか?」
「噂、だがな。連中はとにかく賢い。そして強い。巨人部隊の討伐隊が裏をかかれて全滅したなんて話もざらだ。巨人がなければ、この世はいまごろ奴らのものさ」
ぼくは支給された短めの両刃剣を握り直した。
武器を選ぶ際、少しでも扱いやすそうなものをと選択したのだが、そんな化け物相手なら、もっと間合いの長い得物にするのだった。
ギレアドの機体は、十字槍を華麗に振り回している。
ものすごい重量の鉄の棒がぶんぶんと唸る。
リガがいった。
「そんなに危険な動物に狙われているのに、ギレアドさん。いえ、隊長はなんだか楽しそうですね」
ギレアドが笑う。
「もちろん楽しいさ! 巨人を駆り、強大な敵とやりあうときほど生を感じることはない。俺は自分より強い奴らを喰らい、さらに強くなる。なのに、今回の遠征では血を沸かせる相手がいなかった。悲しむべきことだよ。このまま、帝都に戻るのか、と思ったところで熊だ! あいつらは最高だよ。リガちゃんだって、やってみればわかるさ」




