少女同棲解除
ヤズデギルドがいった。
「というわけで、お前が、この部屋で夜を共に過ごすのも今日が最後だ。明日から、操縦士用船室を与えよう」
「最後?」
「ああ。早く操縦士仲間に馴染んだ方がいいだろう? それに、その方がお前がわたしの暗殺に巻き込まれる危険も減る。心配するな。ギレアドもそうだが、操縦士たちは蛮族に対する偏見が少ない。彼らが気にするのは操縦の腕がいいかだけだ。しっかり励むことだな」
ぼくは、リガのなかで、複雑な感情が蠢いているのを感じた。
この世界の太陽のように、弱々しい明るさがあり、それを暗い霧のような気持ちが掻き乱している。
霧は、これまでに感じた、ヤズデギルドへの燃えるような怒りや憎しみとは少し違う。
霧は、執務室に併設された小さな浴室で風呂に入ったときも、洗濯済みの服に着替えたときも(ーーリガはヤズデギルドが寝巻きを用意するというのを断り、二着の兵服を着回していたーー)、ヤズデギルドと向かい合って、鶏肉に似た生き物のステーキを食べた時も、ずっと彼女の思考にとどまり続けた。
夜時間は進み、ぼくは睡眠に入った。
どれくらい眠ったろうか、ふいに目が覚めた。
夜時間の格納庫は静かだ。
聞こえるのはキャタピラから伝わってくる振動音と、数十個の時計の秒針が、時を刻む音だけだ。
格納庫内には、いたるところに時計がある。
見えているものだけでも、天井からぶらさがる三つの大時計に、ぼくの再生槽にかけられた二つの時計、壁の時計、計六つだ。
太陽の沈むことのない世界では、時間の認識において、時計の果たす役割が、地球よりもずっと大きいのだろう。
大時計のベルが、リンリンと四回鳴ったあと、ガチガチと二回鳴った。
今の時間は夜時間の四時半ということだ。
なぜ、こんな時間に起きてしまったのか。
さっさと眠りなおそう。
いまのぼくにできるのは、傷んだ体を休め、修復することだけなのだから。
だが、視界が閉じられない。
リガだ。
彼女が起き出し、目を開いて活動しているのだ。
ベッドの下を探り、何かを取り出す。
ステーキ用のナイフ、夕食に使ったものだ。
右手に握りしめ、静かに部屋の扉を開ける。
〝何をする気なんだ?〟
彼女はぼくの問いに答えず、そっと階段を降りていく。
〝リガ〟
〝リガ〟
〝リガ?〟
何度も呼びかけて、ようやく彼女が答えた。
〝わたしはお姉ちゃんやみんなの仇を討つためにここにいるんです〟
〝それはわかってるよ〟
〝いいえ。ヴァミシュラーさんはわかっていません。わたしは、自分の命なんてどうでもいいんです。大切なのは、仇を討つことなんです〟
〝リガ〟
〝なのに、わたしは都市では考えられなかったほど贅沢な食事をして、お湯で身体を洗って、あたたかな寝具まで与えられて〟
彼女がナイフを握りしめた。
〝ヤズデギルドは親切です。彼女らにとっては攻め落とした都市の奴隷に過ぎないのに、いろいろ教えてくれたり、わたしの立場を慮ってくれます〟
リガが執務室へ続く扉の前まで来た。
ここは、さらに下に続く階段との踊り場でもある。
降りれば、ヤズデギルドが寝ている寝室だ。
リガがいう。
〝だから、わたしはいますぐ、ヤズデギルドを倒さないといけないんです。たとえ枷に命を奪われたとしても、これ以上敵討ちを遅らせてはいけないんです〟
〝リガ〟
彼女は何も返さない。
沈黙したまま、踊り場に立っている。
母艦の駆動音が、狭い空間の中で単調に響いている。
天井を這い回るパイプ内を、蒸気が流れる音がする。
水のコポコポいう音。
ぼくはリガの気持ちがよくわかった。
いま、彼女は心を素直に開いている。
そして、彼女もぼくの気持ちを感じている。
彼女が小さく息を吐いた。
そのときだった。
いきなり執務室への扉が開いた。
向こう側から開けたのは、顔を包帯で覆った男だ。
服装は一般船員の白い服だが、体格は歩兵隊の一員のように大きい。身長百九十センチほどか。
男は手に分厚いナイフを握りしめていた。
男とリガの視線が絡んだ。




