大日本神宮製薬から来た男
ごうんごうんと巨大な機械が駆動する音が響き、周囲の壁がかすかに揺れている。
壁に取り付けられた緑色の電灯は切れかけているのか、ついたり消えたりを繰り返している。
油臭いにおいが鼻をつく。
壁に背が低く細い扉が並んでいた。
兵士はそのうちの一つを開くと、リガを押し込んだ。
なかは天井が低く、リガでなければ頭をぶつけていたろう。
彼女が振り向くと同時に扉が閉まった。
狭い室内には窓もなく電灯もない。
光源は扉の小さな覗き窓から差し込む光だけだ。
兵士は何も言わずに立ち去った。
リガは壁にもたれかかると、ずるずると座り込んだ。
さきほど、山を降りる際、一瞬とはいえ、完全な一体化があったので、消耗しているのだ。
ぼくは申し訳なさに押しつぶされそうだった。
彼女の命はどうにか長らえているが、危機は依然変わりない。
どれもこれも、ぼくが動けなくなったせいだ。
この思考は心の奥底で考えたものだが、ぼくが何か自責の念に囚われていることは、リガにも伝わったらしい。
彼女が首を振った。
〝ヴァミシュラーさんのせいじゃありませんよ。空腹を感じられなかったのは仕方ないことです。わたしはあなたと一つになっていましたが、まさかあの感覚が空腹だなんて思いませんよ。人間と違いすぎます〟
リガは本当に優しい子供だ。
彼女は何としても生かしてやりたい。
リガがいう。
〝ねえ、また聞かせていただけませんか? ヴァミシュラーさんが人間だった頃のお話。どんなところに住んで、どんなお仕事をされていたんですか?〟
人間だった頃、もう千年も昔のように感じられる。
〝そうだね。ぼくが住んでいたのは、とても大きな都市だった。君の住んでいたあの街よりもずっと大きい。東京、埼玉、千葉、家が切れ目なく続くんだ〟
〝大きいって、どれくらいなんです? 何人ぐらいの人が住んでいたんですか?〟
〝うーん。三千万人くらいかなあ〟
リガの困惑が伝わってきた。
〝世界のすべての人が集まっていたんですか?〟
〝いや、世界全体にはもっと大勢の人間がいたよ。七十億ぐらいだ。でも、住んでいる人間の数は、君のこの世界の方がずっと多いはずだよ。なにしろ、面積がぼくの世界の何億倍もあるんだから〟
〝億って。数の単位が多すぎて想像が追いつきません。それで、お仕事はどんなことをなさっていたんですか?〟
〝総務。中堅どころの製薬会社、つまり薬を作る会社で社内報を作っていた〟
〝よくわかりませんが、すごいお仕事なんでしょうね〟
すごいかどうかはともかく、手間のかかる仕事ではあった。とくに社内報の原稿集めだ。職員の大半は一円の利益にもならない社内報への協力など時間の無駄だと思っている。そこを突破せねば、いい原稿は集まらない。
原稿を書いてもらう見返りに酒を奢るなどはよくある話、血を研究素材として提供したり、治験に参加することもあった。
ぼくは、リガに伝えようと、先日校了したばかりの社内報の表紙を強くイメージした。
ベースになるのは写真だ。
山梨県にある朝倉山浅間公園から富士山を捉えた写真。五重塔に似た忠霊塔も映り込んでいて、和の情緒がある。
我が社の社名が「大日本神宮製薬」なだけあって、表紙は日本らしさを感じる写真と決められているのだ。
見出しは三本、「四半期決算は過去最高、シェア世界一に向けて」「富士宮研究所が第二のヒーラ細胞発見」「風邪の特効薬開発の可能性」だ。
左下には会社ロゴ。四角の中に、少しまるっこい字で「日」とある。
リガの感動が伝わってきた。
景色の美しさに震えているようだ。
それと、かすかな困惑。
〝どうしたんだい?〟
ぼくが聞くと、彼女がおそるおそるといった風に答えた。
〝その、左の下の方にある小さな四角の絵なんですが、どこかで見たことがあるような気がして〟




