走馬灯
抜刀の瞬間、ぼくたちはリガの肉体に、片方の操縦桿を放させた。
一体化していた精神が解ける。超絶的な感覚は消え去り、ぼくはぼく単体の存在に戻った。
引き伸ばされた時間感覚のなか、ぼくが右腕で振るった刃と、ヤズデギルドのジズが振るう刃がゆっくりと互いに近づいていく。
彼女はどこを狙って刀を振っているのか。
一刀で首を落とす気なのか、頭を吹き飛ばすのか、胴を切断するのか。
まるで分からない。
ぼくにできるのは、ただ、わずかでも速く自分の刀を振ることだけだ。
リガが何かを念じるのが感じられた。
怒りか、怨みか、哀悼か、後悔か。
ぼくの集中の度合いが増し、彼女の心は遠くなる。
ビジョンが頭の隅を通り過ぎていく。
超構造体の崖から見下ろした山岳民族と第十軍団の戦い。
ぼくの再生処理を行うリガの姉アリシャ。
高層ビルから落下するぼく自身。ネクタイが巻き上げられ顔に激しく当たる。ビルのガラス壁面にぼくの歪んだ顔がうつっている。
これは走馬灯だ。
死の淵に足をかけ、巨人脳がほんの少しでも生存確率をあげようと、生き延びるための手がかりを記憶のなかに求めているのだ。
しかし、最後のは何だ? ビルから落ちた?
まるで覚えていない。いや覚えていないというよりは、いまのいままで忘れていたといったほうがいい。
巨人脳が走馬灯に使っていた脳のリソースを運動操作に注ぎ、ビジョンは消えていった。
世界から音が消えた。
眼前のジズも消えた。
ぼく自身の自我すら薄れていく。
ぼくはただ腕を振り抜くのみ。
いや。
違う。
ぼくはすでに振り終えている。
気づけば、ぼくの足元に一本の腕が転がっていた。
刀を握りしめた巨大な手だ。
自分の腕を見る。両腕は付いている。
ぼくの装甲に血がかかった。
眼前に立つジズの二の腕から先が消え去り、切断面からスプリンクラーのように血が吹き出している。
ヤズデギルドの反応は速かった。
残ったジズの左腕でぼくの喉を狙って手刀を繰り出す。
だが、ぼくにはまだ幾分の集中力が残っていた。半ば無意識のうちに刃を振るった。
ジズの左腕が路面に転がる。
時間感覚がゆっくりと戻ってきた。
疲労が吹き上がる。一年分の乳酸がまとめて蓄積されたかのようだ。
それに左手の小指とくすり指が妙に熱い。
よくよく見れば第二関節から先がなかった。
抜刀のさいに切り落としてしまったらしい。
傷口から、じわじわと血が流れ始める。
ぼくの背後で、エプスが巨人の手で盛大に拍手した。
リズミカルな轟音が響き渡る。
ジズが両膝をついた。
吹き出した血が路面に小さな池を作っている。
この出血量では、もう稼働できないだろう。
ヤズデギルドが念波でいった。
「教えてくれ。どうやって攻撃の調子をあれほどまでに変えられた? なぜ、いきなり見せかけの動きに惑わされなくなったのだ?」
リガがぼくに代わって答える。
「あの瞬間、ヴァミシュラーさんが一人で身体を動かしたの。あなたに勝つために、わざと弱くなったのよ」
そういうことだ。
強すぎる洞察力が足を引っ張るなら、一体化を解除して、洞察力をなくせばいい。ヤズデギルドの動きが見えないなら、惑わされるも何もない。
リガが続ける。
「ヴァミシュラーさんはわたしのために命をかけてくれたんです。相打ち覚悟で戦ってくれたんです。一体化していなければ、わたしが死ぬことはないからって」
〝本当にありがとう〟と、リガ。〝でも、わたし一人を置いて逝くような真似は二度としないでください〟
〝わかった〟と、ぼく。
エプスがいう。
「お嬢さんの答えは、少し分かりづらいな。わたしが補足してあげよう。勝敗を分けたのは踏み込みだよ。お嬢さんの巨人は命をかけた。一方のおチビちゃんはかけていなかった。当然だ。おチビちゃんは死ねない立場だからね。その分、おチビちゃんの踏み込みが半歩浅かったんだ。
もっとも、お嬢さんは気合いが乗りすぎて太刀筋が出鱈目だったから、斬ったのは相手の首や胴体じゃなく、腕だったけどね。ほんの少しずれていれば空振ったか、刃の根本が相手に当たり、結果はまるで違っていたろう」
ヤズデギルドは「そうか」とつぶやくと、コクピットのハッチを開いた。
ゆっくりとジズを降り、血まみれの路面に立つ。
彼女は美しい顔で、燃え盛る帝都を眺めた。
「愛する故郷を眺めて逝きたいというわけか」エプスが巨人のコクピットで頷いた。彼の巨人も一緒に頷く。「お嬢さん。その剣で斬ってやるといい」




