表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ソード・ミーツ・ガール  作者: 埴輪庭


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/21

 ■


 バエルは内心で深い憂慮を抱いていた。


 サイラスが家族の虚像にとらわれ、それを妨害しようとする他の者達に敵対しようとしているのではないかと。


 冷たい泥の様な重苦しい殺気がサイラスの背から漏れ出ている。


 バエルは本気のサイラスをただ一度だけ見た事がある。


 その時の業から鑑みて、この場の全員がサイラスの殺刃圏内に在る事を理解していた。


 ビエッタもゴロリもマロも、各々が既に臨戦態勢を取っている。


 三人とサイラスは友好的な関係にあるが、無抵抗で刃を受け止める程の関係ではない。


 サイラスの肩が僅かに動いた。


 ビエッタが前傾姿勢を取る。


 紙がこより状に巻かれていくように、周囲に漂う緊張感が引き絞られていく様だった。


 彼我の距離は3、4mだ。


 ビエッタの速度なら瞬きの数十分の一の時間程もかからないだろう。


 言葉に出来ない何かが破裂するかと思われたその瞬間、その場に妙に明るい声が響いた。


 ・

 ・

 ・


「おいおい、どうした?おっかねえ顔をしてよ。あの石像に何か厭なモンでも見せられたかぁ?」


 振り返ったサイラスはいつも通りヘラヘラしており、やけに陽気な調子で一同に声をかけた。


「俺はよ、あの石像におっ死んだカカァと娘の姿を視た。それが本物じゃないって、偽物なんだって言うのは分かってたが…どうにもなぁ、あんな風に生きている様な姿を見せられるとグッとっきちまうもんだな」


 サイラスの陽気な声は仄かに湿り気を帯びている様であった。


 だが、とサイラスが続ける。


「バエル、何を心配しているのか大方見当がつくが、余計な心配ってモンだぜ。俺はとっくに割り切ってるんだ。リラの奴を弟子に取った時から、俺も前を向いて歩こうと、そう決めたんだよ。あの像には驚かされたけどな。罠か?それとも遺物って奴か?まあ何にしてもある意味危ねぇ代物なのは分かる。こりゃあお宝とは言えねぇな。…これは提案だが、一端帰還しないか?この寺院の場所っていう情報だけでもそれなりに金になると思うぜ」


 サイラスの提案を皆が吟味した。


 そうだな、とバエルが呟き、サイラスを目を正面から見つめた。


 その視線はサイラスの瞳に揺蕩う何かを視通す様に鋭く、そして透徹していた。


 バエルは内心で、サイラスが本当に石像を忘れたのか、それともそれを隠しているだけなのか疑っていたのだ。


「…そう、だな。私もサイラスと同意見だ。まだ余力はあるが、この寺院はあの石像を除いても、どうにも得体が知れない部分がある。一度帰還が良いだろうな」


 バエルの言葉が決め手になったか、一同は帰還をすることに決める。


 帰路。


 魔物とは一匹も遭遇しない。


 荷物にも余裕がなく、少なからず体力を消耗している一同にとって、それは運が良い事の筈だ。


 しかしそれを喜ぶ者は一行には一人もいない。


 何かに視られている気がする。


 何かに追われている気がする。


 皆が皆、そんな気がしてならなかった。


 ただ一人以外は。


 ・

 ・

 ・


 街の灯りが彼らを迎えた。


 皆は大きな安堵の息をついた。そしてビエッタが明るく提案する。


「よし、到着!ちょっとしたアクシデントもあったけど皆生きてるね!よかったよかったっ。という事でさっさと素材を換金して、その次は酒場に行こう!」


 マロがジトっとした目でビエッタを見る。


 彼は酒が飲めないのだ。


 それは未成年だからではなく、単純に不味いからである。

 だからマロとしては酒場よりも、しっかりした料理を出す飯屋のほうが良いという訳だ。


 もっとも、ビエッタ、ゴロリ、マロの三人パーティでは常にビエッタの意見が採用されるが。


 序列云々という話ではない。


 単にビエッタの声が一番でかいからである。


 ■


 ギルドにはエイダとリラが居た。


「あ、サイラス」

「師匠!」


 二人は頻繁に一緒に迷宮を探索している。


 基本的には二人での探索だが、他のパーティと組むこともある。

 そしてエイダとリラはビエッタたちとも顔見知りであった。


「おう、お二人さん。探索帰りか?俺たちもだ。どうだ、一杯やりにいくか?」


 サイラスがくいっと酒杯を傾ける仕草をする。


 酒呑みのエイダは目を輝かせ頷き、バエルの方を見た。


 バエルはやや呆れながらも頷く。


 バエルにとってエイダは優秀で忠実、有用な弟子だが、それでも彼はエイダにも欠点はあると思っている。


 その一つが酒であった。


 エイダという女性はとにかく酒が好きなのだ。


 ■


 エイダとリラを加えた飲み会は明るく、そして賑やかだった。


 マロが果実水を飲み、ゴロリと話している。


 ゴロリが飼っている犬の話だ。


 ビエッタとエイダはまるで競う様に酒を呑みあっている。


 二人は共に酒が好きで、更に酒に強い。


 ビエッタは元暗殺組織の一員という素性もあって、毒物への耐性を訓練でみにつけているのだが、エイダの方は素で酒に強い。


 バエルは黙って静かに酒を呑んでいる。


 機嫌が悪いのではなく、何か考え事があるらしい。


 そういえばさ、とビエッタが話の矛先をその場の者達全員に向ける。


 "こんな事があったんだよ" とビエッタが迷宮での出来事を語り始めると、リラはサイラスに向かって静かに質問した。


「サイラスは何を見たの?」


 サイラスは少しの間を置いた後、亡き妻と娘を見たと告げた。


 しかし彼は念を押すように、「でももう過去は振り切っている」と付け加える。


 それはリラには彼女を安心させようとする優しい嘘に聞こえた。


 ・

 ・

 ・


 やがて飲み会も終わり、ビエッタたちは別々の道を選んで帰路についた。


 サイラスも常宿へと去っていく。


 リラは既にサイラスとは別の宿を取っていた。


 エイダと同じ宿だ。


 同じ部屋ではないが、夜、お互いの部屋を行き来する程度には二人は親しい。


 サイラス、ビエッタ、マロ、ゴロリが去り、その場にはバエルとエイダ、そしてリラが残された。


 それじゃあ御師匠様、とエイダがバエルに別れを告げると、バエルは二人を呼び止めた。


 その表情は夜陰に隠れて見づらいが、発する雰囲気が尋常の話ではない事を二人に悟らせる。


「二人とも、いや、特にリラ。サイラスには気をつけておいてくれ。迷宮の石像がまだ彼の心を捉えているかもしれない」


 バエルはそう告げた。


(あの時、サイラスは異常がないように見えた。それからの言動も不審な所は無かった。石像に囚われたというのは考えすぎなのだろう。私もそう思う。だが、それならばなぜあの様な殺気を放った?)


 あの時、サイラスから放たれた冷たい殺気は、明らかにこちらを意識して、そして排除すべき敵として認知している様に思えた。


 バエルはサイラスと無二の親友というわけではないが、それでもあのような殺気を向けられる程関係が冷え切っているわけではない。


 リラはそれを聞いて静かにうなずいた。


 動揺は小さい。なぜなら彼女もサイラスに小さい違和感を覚えていたからだ。


 彼女の知るサイラスという男は、頼り甲斐があり強く、ぶっきらぼうに見えて実は優しく、そしてひねくれ者なのだ。


 辛い事があり、それをどうしても口に出さないとやっていられない様な時。ひねくれ者のサイラスはどこか婉曲的にそれを言う。


 何事も素直に直接的に言う男ではない。


 悲しい過去があったとして…それを乗り越えた、吹っ切った事をあのように穏やかに、そして明るい表情で話すだろうか?


 リラは内心で首を振った。


 何か確信、確証があっての事ではない。


 しかし、サイラスが何か嘘をついているとリラの女の勘が告げている。


 ■


 夜が深まると、サイラスの部屋の扉が静かに開いた。


 ここはサイラスの常宿だ。


 木陰亭という小さいが小綺麗な宿屋で、閑静な場所に建っている。


 サイラスはこの静けさが好きで長く木陰亭を常宿としている。


 ・

 ・

 ・


 彼は足音を立てないように宿を抜け出し、迷宮へと向かっていく。


 瞳は爛と輝き、しかし瞳に宿る光は健全なモノではない。


 一種の妖気とも言えるなにかをその目に宿し、サイラスは足早に迷宮へと歩を進めていった。


 だが、彼の背後にはリラの姿がある。


 サイラスが気づかぬうちに、彼女は彼の後を追って夜の闇に消えていった。


 そして、そんな2人を草陰から一匹の蛇が見詰めている。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
他に書いてるものをいくつか


戦場の空に描かれた死の円に、青年は過日の思い出を見る。その瞬間、青年の心に火が点った
相死の円、相愛の環(短編恋愛)

過労死寸前の青年はなぜか死なない。ナニカに護られているからだ…
しんどい君(短編ホラー)

夜更かし癖が治らない少年は母親からこんな話を聞いた。それ以来奇妙な夢を見る
おおめだま(短編ホラー)

街灯が少ない田舎町に引っ越してきた少女。夜道で色々なモノに出遭う
おくらいさん(短編ホラー)

彼は彼女を護ると約束した
約束(短編ホラー)

ニコニコ静画・コミックウォーカーなどでコミカライズ連載中。無料なのでぜひ。ダークファンタジー風味のハイファン。術師の青年が大陸を旅する
イマドキのサバサバ冒険者

前世で過労死した青年のハートは完全にブレイクした。100円ライターの様に使い捨てられくたばるのはもうごめんだ。今世では必要とされ、惜しまれながら"死にたい"
Memento Mori~希死念慮冒険者の死に場所探し~

47歳となるおじさんはしょうもないおじさんだ。でもおじさんはしょうもなくないおじさんになりたかった。過日の過ちを認め、社会に再び居場所を作るべく努力する。
しょうもなおじさん、ダンジョンに行く

SF日常系。「君」はろくでなしのクソッタレだ。しかしなぜか憎めない。借金のカタに危険なサイバネ手術を受け、惑星調査で金を稼ぐ
★★ろくでなしSpace Journey★★(連載版)

ハイファン中編。完結済み。"酔いどれ騎士" サイラスは亡国の騎士だ。大切なモノは全て失った。護るべき国は無く、守るべき家族も亡い。そんな彼はある時、やはり自身と同じ様に全てを失った少女と出会う。
継ぐ人

ハイファン、ウィザードリィ風。ダンジョンに「君」の人生がある
ダンジョン仕草

ローファン、バトルホラー。鈴木よしおは霊能者である。怒りこそがよしおの除霊の根源である。そして彼が怒りを忘れる事は決してない。なぜなら彼の元妻は既に浮気相手の子供を出産しているからだ。しかも浮気相手は彼が信頼していた元上司であった。よしおは怒り続ける。「――憎い、憎い、憎い。愛していた元妻が、信頼していた元上司が。そしてなによりも愛と信頼を不変のものだと盲目に信じ込んで、それらを磨き上げる事を怠った自分自身が」
鈴木よしお地獄道



まだまだ沢山書いてますので作者ページからぜひよろしくお願いします。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ